日本で初めて刑事裁判になる特捜部検察官の取調べ問題を解説・検証する
本日、プレサンス元社長冤罪事件の取調べで机を叩き大声で怒鳴り続けた検察官が、裁判所の決定によって、特別公務員暴行陵虐罪の容疑で刑事裁判に付されることになりました。
後述のとおり本件は検察官が起訴したのではなく、付審判請求という手続によって裁判所が刑事裁判に付したというものですが、通常の起訴の場合と同様に、これからは刑事裁判で検察官の行為についての刑事責任が問われることになります(そのため、現時点で有罪判決が確定しているわけではありません)。
1960年~2009年1月末を対象とした統計では、付審判請求の認容率は0.07%と言われています。最高裁判所によれば、特捜部の取り調べをめぐって検事が刑事責任を問われるのは初めてとのことです。
私はこの冤罪事件の刑事裁判と、検察官を刑事裁判に付するように裁判所に請求していた弁護団の一員です。
私は、ただ徒に検察を批判したいわけではなく、もう二度と同じような冤罪事件を生まないために今回このような請求に参画しました。
冤罪の予防のためには、きちんと過去の冤罪事件の原因を公表して、その再発防止のためのルール作りなどに活かす必要があります。
そこで、今回のこの特捜部検察官による取調べの問題についても正しく情報が皆様に伝わるように解説し、将来のために検証しようと思います。
※この記事に記載することはあくまで私見であり、弁護団の見解を代表するものではありません
冤罪を生んだ大阪地検特捜部の取調べ
2021年10月28日、大阪地方裁判所はプレサンスコーポレーション元社長・山岸忍さんに対して無罪判決を宣告しました(無罪判決はこちら)。
このプレサンス元社長冤罪事件では、山岸さんの無実を裏付ける客観的証拠が複数見つかり、そもそも山岸さんが犯罪に関与する状況がなかった(部下から横領の説明を受けるような状況がなかった)ことが判明しています。
そうであるにもかかわらず、なぜ山岸さんが逮捕・起訴されてしまったのかというと、共犯とされていた部下・取引先社長の2名に対して、大阪地検特捜部の検察官2名が威迫や利益誘導を用いた取調べを行い、検察の見立てに沿う供述を押し付けていたからでした。
部下は元々自身の記憶に沿って、山岸さんに横領のことを話していないと真実の供述をしていました。
しかし、それは山岸さんが有罪だとする検察官の見立てと合わないものでした。
そこで、取調べを担当していた検察官は、部下が嘘をついているなどと指摘しつつ、右手を大きく振り上げて机めがけて振り下ろし、「バアアアアン」と部屋中に響き渡るような大きな音を出して机を叩きました。
そして、検察官は約50分という長時間にわたってほぼ一方的に相手を責め立て、このうちの15分間は大声をあげて一方的に怒鳴り続けました。
問題発言を挙げるとキリがないのですが、例えば、次のような言葉を長時間浴びせ続けました。
「反省しろよ、少しは。(中略)何開き直ってんだ。開き直ってんじゃないよ。何、こんな見え透いた嘘ついて、なおまだ弁解するか。なんだ、その悪びれもしない顔は。悪いと思ってんのか。思ってんのか。悪いと思ってるんですか。私は何度も聞いた、嘘を一つもついていないのかと。明らかな嘘じゃないか。何でそんな悪びれもせずそんなことを言えるんだ。なぜですか。なぜだ。大嘘じゃないか。」
「もうさ、あなた詰んでるんだから。もう起訴ですよ、あなた。っていうか、有罪ですよ、確実に。これまでの捜査で、一体弁護士さんと何相談してるんです。(中略)いや、あなたこの罪、もう逃げられないよ。でも、まだ嘘ついて、心証どんどん悪くして、一体何がしたいの。いや、どっちみち、仕事なんかできっこないよ、あなたの言ってたとおり、無理ですよ。一部上場企業がこんな横領に加担した人間を雇い続けるわけがありませんよ。山岸さんがどうなろうとかかわらず。何を保証されてるのか知りませんけれど、無理だよ。最終的にどういう量刑になるかは知りませんよ、量刑の相場は弁護士さんに聞いてください。起訴するかしないかは、裁判にかけるかかけないかは、私達が決めることだから、で、もうあなたも確定してるから、確定してるから、逮捕されて、ここにいるんだから。逃げられると思ってるの、まさか。(中略)もうあなたはもう終わってるんだから、頑張っても無理。無理です。」
「あなたの評価、検察庁の中で日に日に悪くなってるよ。全然しゃべらなくて嘘ばっかつくから。それでいいの。それ、覚悟してるってことですよね。よもや、それを覚悟してないということはないよね。いや、それだってちゃんと自分の責任を取ってもらわなければ、当たり前でしょ。子供だって知ってます、嘘ついたら叱られる、お仕置きを受ける、当たり前のことです。小学生だって分かってる、幼稚園児だって分かってる。あんたそんなことも分かってないでしょ。(中略)いっちょまえに嘘ついてないなんて。かっこつけるんじゃねーよ。ふざけんな。」
「俺たちはそんないい加減な仕事はできないんだよ。人の人生狂わせる権力持ってるから。こんなちっぽけな誤審とかで人を殺すことだってできるんですよ、私らは。だから、慎重に慎重を重ねて、証拠を集めて、その上であなたほどの人間を逮捕してるんだ。失敗したら腹切らなきゃいけないんだよ。命賭けてるんだ、こっちは。だから、絶対失敗しないように証拠を集めて、何百人の人から話を聞き、何千点という証拠を集め、何万という電子ファイルを見て、何十万通ものメールを見て、これをしてあなた達を逮捕しているんだ。命賭けてるんだよ。検察なめんなよ。命賭けてるんだよ、俺達は。あなた達みたいに金を賭けてるんじゃねえんだ。かけてる天秤の重さが違うんだ、こっちは。金なんかよりも大事な命と人の人生を天秤に賭けてこっちは仕事をしてるんだよ。なめるんじゃねーよ。必死なんだよ、こっちは。私はあなたの人生を預かる人間として、ここに来てるんだ。そのあなたに嘘をつき続けさせることにはいかないんだよ。」
それでも自身の思い通りの供述をしないと分かるや、翌日には、刑事責任や民事責任を仄めかして脅すようになりました。
「そうすると、プレサンス側でこの事件に関係している人間として一番いけなかったの誰?ということになると。【部下】さんということになるけど、それで合っているの。」「端からあなたは社長を騙しにかかっていったってことになるんだけど、そんなことする、普通。」「それはもう自分の手柄が欲しいあまりですか。そうだとしたら、あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ。」「会社とかから、今回の風評被害とかを受けて、会社が非常な営業損害を受けたとか、株価が下がったとか言うことを受けたとしたら、あなたはその損害を賠償できます?10億、20億じゃ、すまないですよね。それを背負う覚悟で今、話をしていますか。 」
このように刑事責任と民事責任を仄めかされ、部下も遂に山岸さんの関与を認めてしまいます。
これらの取調べは全て録音録画によって記録されておりました。特に12月8日の長時間怒鳴り続ける取調べは気が狂ったかのような文字だけでは伝えきれないような異常なものでした。
弁護団はこの録音録画映像を保有しているものの、後述の開示証拠の目的外使用禁止規定という悪法によって公表することができず、現在、その規定に抵触しない文書提出命令によって得られた12月9日の机を叩いたりしていない部分のみが公開されています。
大阪地検特捜部はこの部下の供述をもとに山岸さんを逮捕・起訴しました。
我々弁護団は取調べの録音録画によって検察官の供述強要を明らかにしたうえ、客観証拠をもとに山岸さんの無実を証明しましたが、人質司法も相まって、山岸さんは合計248日間の身体拘束を受けました(刑事裁判に関する山岸さんの体験記「負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部」参照)。
裁判所も無罪判決において、取調べの問題について次のように批判しています。
「このような検察官の発言は,【部下】に対し,必要以上に強く責任を感じさせ, その責任を免れようとして真実とは異なる内容の供述に及ぶことにつき強い動機を生じさせかねない。そうすると,検察官の上記発言が, その後にみられた変遷の一因になった可能性を否定することができ(ない)。」
無罪判決後、私は冤罪の研究をはじめて「冤罪学」という書籍を出版しました。その中で特に問題視しているのは、同じような原因に基づいて冤罪事件が繰り返されているということです。
プレサンス元社長冤罪事件も、検察官が関係者に利益誘導等で見立てに沿った供述を押し付けて冤罪を作り出してしまうというのは、約10年前に大阪地検特捜部が作り出した冤罪事件である厚労省元局長冤罪事件(村木事件)と全く同じ構造でした。プレサンス元社長冤罪事件は「第2の村木事件」と呼ばれています。
二度と同じような冤罪事件を生まないためには、過去の冤罪事件で何が起きていたのか、そしてなぜ冤罪が起きてしまったのかということを正しく検証しなければなりません。
当時、大阪地検特捜部で何が起きていたのか
取調官は部下に対して次のように漏らし、強引な取調べをしていないという言質を取ろうとしていました。
「そういうの(録音録画)を見ている人からするとですね、全員。別に大勢が見ているわけじゃないんだけど、まあ見た人が言うにはね、私が【部下】さんにその供述を無理強いしているんじゃないのか、って言うんですよ。まだ【部下】さん、実は心の中では罪を認めていなくて、頭下げる気もなくて、私が最初の方結構大きな声出して叱ったりしたじゃないですか。」「なんていいますか、自発的にすらすら当時の事実関係を話している場面っていうのが確かにそんなに多くあるわけではないので、記憶喚起、色々な証拠を示したり、この人がこういう話をしているよっていうことをしたりして、それならこういう事実ですよね、ってちょっとずつ進んできて、ここにまで来ていると私は思っているんです。ただ、私の聞き方が、あなたに供述を強いているというか、そうだろう?ってね、なんかこう押し付けているっていうか、誘導しているっていうか、無理やりね、あたかもね、ように見えるっていうことをおっしゃる方がいるみたいなんです。」
このやりとりから、大阪地検特捜部の中でもこのような取調べは問題視されていたことが分かります。
しかし、国家賠償請求訴訟において、取調官は上司から供述を強いていると注意されてはいない、複数人ではなく特捜部長一人だけから「自発的に供述させた方がいい」などと注意されただけだと弁解しています。
また、この事件の捜査に関しては、横からチェックをする総括審査検察官という役割の人がいました。主任検察官によれば、その総括審査検察官は「大声で怒鳴ったり、机を叩いたりする場面があった」「ただ、それは明らかにうそをついている場面のみだった」「任意性に問題があるものではない」と報告していたそうです(明らかな嘘をついている人に対しても供述を強要したら任意性は欠けてしまうので、この報告内容自体が法律的に誤っています。)
いずれにしても、特捜部長と総括審査検察官という複数の人物が取調べを問題視していたということは変わりません。
要するに、大阪地検特捜部は組織的として取調べの問題を把握しながら、それが問題ないものと判断して山岸さんを起訴したのです。
なぜ供述強要に及んでしまったのか
犯罪学領域では不正のトライアングル理論というものが提唱されており、これによれば不正行為は、
①動機:不正行為を実行することを欲する主観的事情
②機会:不正行為の実行を可能ないし容易にする客観的環境
③正当化:不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情
の3つの不正リスクが揃った時に発生すると言われています。
今回の取調官は、大阪地検特捜部の見立てと矛盾する供述をしている部下の取調べを担当することになったところ、特捜部が扱うような大規模事件の解決を望む功名心や正義感のほか、上司からの命令や捜査上のスケジュールによってプレッシャーを感じていたことが考えられます。また、自分が有罪との確信を抱いている状態で、それと矛盾する部下の供述に対面したとき、間違えているのは自分ではなく”嘘”をついている部下の方であって、その矛盾を解消したいという欲求を有することになります(認知的不協和)。これらが部下の供述を大阪地検特捜部の見立てに沿う形に変えようと思ってしまう動機になったと思われます。
この事件では取調べが録音録画されており、通常であれば人に見られている(監視されている)という状況は不正行為を行う機会がなくなるはずです。しかし、日本の取調べは世界的にも非常に長く、その録音録画を全て弁護人や裁判官が確認するとは言い切れない状況にあります。そのため、見られているという状況が揺らぐことによって、供述を強要してもばれないという不正行為の機会を作ってしまっていました。職場環境がそれを許すようなものであったということもこの不正行為の機会に寄与していたと言えるでしょう。
そして、取調官は山岸さんが有罪だと思い込んでいたことに加えて、特捜部型事件の巨悪かつ困難な捜査において取調べの相手方に供述させるためには多少の逸脱もやむをえないものと考え、威迫等の問題行為を自身で正当化してしまった結果、供述強要を行ってしまったのだと思われます。
特に言いたいのは、今回の取調べ問題は「この取調官に検察官の素質がなかった」「大阪地検特捜部はやはり異常な組織だ」などという形で原因を矮小化すべきではないということです。どんなに優れた取調官であったとしても、どんなに注意していたとしても、冤罪事件の取調べでは常に動機・機会・正当化の3つの要素が揃ってしまう危険があり、常に違法取調べの危険があるのです。だからこそ、今回の取調官だけでの問題ではなく、全国の取調官が本事例のようにならないように学ぶ必要があります。
繰り返される取調べでの供述強要
取調官は国家賠償請求訴訟の証人尋問において、机を叩き長時間怒鳴るような取調べをした理由について次のように語りました。
「(取調べの相手が)まずそもそもきちんと事実をしゃべろうという意思もなく、取調べにも向き合おうという意思がないように見受けられましたので、まずはきちんと私の話に正面から向き合ってもらえるように、そういうことをする必要があるという自覚を持ってもらえるようにする必要があるというふうに思いました。」「弁解を重ねるような態度に出たので、これはもう全くその嘘であることの確たる証拠を突きつけられても全くその供述態度を改めるというかそういった姿勢はなかったので、しんしにあるいは誠実に向き合ってる姿勢がないなと。これでは全く取調べがしっかりできないなと思いました。そこで私はここでもきちんとその嘘を嘘ということをきちんと認めさせるなどしないと、【部下】からしっかりした供述は得られないと思って、そういった姿勢をきちんと持ってもらうために、このような行為に出ました。」「なめんなよというのは本当に不穏当な言い回しなんですが、そういった言葉を使って本人にとにかくしんしに取調べに向き合ってほしいって思いでこういった言葉を言いました。」
また、本件の主任検察官も過去に別の事件で同じような机を叩く取調べを行っていたことが判明しました。主任検察官は、当初、机を叩くような取調べを過去に行ったことはない、そのような記憶はないと証言していたのですが、弁護団から過去の事件の記録を突き付けられて「今、丁寧に見せていただいたので、思い出しました」などと過去の取調べを認めました。
「【取調べ相手】の方が、投げやりな態度といいますか、事件と向き合ってちゃんと、きちっと事実を思い出していこうという姿勢を見せていないというか、いいますかという感じの態度が何度かありましたので、きちっと事件と向き合ってほしいということで、もう、いいかげんにしてくださいということで、こちらも真剣に向き合ってるんだからということを分かってもらうために、大きな声を出したり机をたたいたことはありました。」
総括審査検察官から取調べの問題について報告を受けていたにもかかわらずそれを問題視しなかった主任検察官は、過去に似たような理由から似たような取調べをしたことがあったということです。
過去の事件の際、裁判所は主任検察官の取調べによって得られた供述の任意性を否定しています。しかし、結局、主任検察官は何もとがめられず、その後に部下が同じような取調べを行い、供述強要が繰り返されているというのです。
弁護団による刑事告発
無罪判決後、弁護団は検察官の取調べについて、証人威迫罪及び特別公務員暴行陵虐罪で刑事告発を行いました。
そして、この取調べの実質的な被害者の一人である山岸さんの被害について、きちんと事情聴取して欲しいと担当検察官に申し出ました。しかし、担当検察官は「検察官はサービス業ではない」と述べ、不起訴処分としました。
検察の不起訴処分を覆すには2つ方法があります。それは、①検察審査会への申立てと、②裁判所への付審判請求です。
まず、①検察審査会への申立てというのは、市民から選ばれた検察審査会が不当な不起訴について審査をして強制起訴をすることができるというものです。私たちも検察審査会に申立てを行いましたが、証人威迫罪の時効が切迫していたため山岸さんの事情聴取も行われず、拙速に起訴をしないという判断を下してしまいました。
次に、②裁判所への付審判請求というのは、特別公務員暴行陵虐罪などの犯罪は捜査機関が身内をかばって起訴しないおそれがあるため、裁判所が刑事裁判に付すことができるというものです。検察審査会への申立てと並行してこの付審判請求もしていたところ、大阪地方裁判所は情状に照らせば不起訴処分は結論において相当という、要するに起訴猶予すべき事案だとして刑事裁判に付しませんでした。
この大阪地裁決定は、検察官の取調べについて特別公務員暴行陵虐罪の嫌疑を認め、「録音録画された中でこのような取調べが行われたこと自体が驚くべき由々しき事態である」と判示した点において画期的なものでした。
しかし、冤罪を作り出した罪が起訴猶予で果たして相当なのかという問題がありました。特に、実質的な被害者である山岸さんの被害については何も触れられていないという重大な問題がありました。
そこで、私たちは抗告をして、大阪高裁に判断を求めました。
大阪高裁による付審判決定
2024年8月8日本日、大阪高等裁判所(村越一浩裁判長、畑口泰成裁判官、赤坂宏一裁判官)は次のとおり決定しました。
「事件を大阪地方裁判所の審判に付する」
要するに、検察官を刑事裁判に付するということです。付審判決定については国や被告人は不服申立てができないため、大阪地裁で刑事裁判が開かれることが確定しました。
そして、その判断理由として次のとおり述べました。
「検事の取調べは、机を叩き、大きな声を上げて詰問するなどの威圧的な言動、【部下】を嘘つき呼ばわりし、嘘をついても謝りもしない非常識な人間などという人格を傷つける侮辱的な言動、検察官は人の人生を狂わせる権力を持っている、【部下】の人生を預かってるのは自分なんだと述べる脅迫的な言動を約50分間にわたって行っている。このような検察官の言動は、捜査対象となり、身体拘束されて取調べを受けている被疑者を畏怖させる程度が相当に高く、被疑者に対し、自己の処分がどうなるかについて不安を抱かせ、公訴官でもある検察官に迎合する虚偽供述を誘発する危険性が大きい。その侮辱的な言葉は、それ単体だけを捉えても人格攻撃というほかないもので、身体拘束下でこのような言葉を強いロ調で言われれば、弁解を述べようとする気力も奪われ、上記虚偽供述を誘発する危険性を一層高めるものである。検事によるこのような一連の言動は、脅迫としても態様や程度は著しいものがあり、陵虐行為に該当するといえる。」
このように大阪高裁は12月8日と12月9日の取調べの両方について特別公務員暴行陵虐罪の嫌疑を認定しました。
そのうえで、大阪地裁が不起訴処分相当とした情状について、大阪高裁は次のように判示しました。
「検察官は、独任制の官庁として、必要があれば自ら犯罪を捜査することができる(刑訴法191条) とともに、公訴権を独占し(同法247条)、広範な訴追裁量を有する(同法248条) など、刑事司法において強大な権限を有しており、その権限は法令に忠実に則り行使されなければならず、その責務は特に重いと言わなければならない。検事は、8日の取調べの際には、本来であれば、被疑者から話を聞くべき場であるのに、被疑者である【部下】が話そうとするのを遮るなどして、約50分間にもわたり、机を叩き、怒声ともいえる大声を上げ、威圧的、侮辱的な言動を一方的に続けており、相手に与える精神的苦痛の程度には軽視できないものがある。しかも、翌9日にも、【部下】に前日の取調べによる心理的影響が残っているとみられる中、前日に引き続いて侮辱的な発言に及び、また、両日にわたってその職務権限を背景に、検察官に迎合する虚偽供述を誘発しかねない言動に出ている。このようなことからすれば、本件の犯情が軽いとは到底いえない。原決定は、捜査官の取調べには様々な手法による裁量が認められるなどというが、本件のような言動は、取調官の職権行使の範ちゅうに収まらない不法なものであることは明らかである。検事は、9日以降の取調べにおいて、声を荒げたことを気にしている言動を【部下】に対して示す態度こそみられたものの、少なくとも大変なことをしてしまったという態度は示しておらず、自己の言動の問題の大きさについて、深刻に受け止めていた様子はうかがわれない。本件取調べは、録音録画されており、検事も、取調べ開始のたびに録音録画がされている点を【部下】に繰り返し説明するなどしており、事後的に検証されることを十分理解している中で、このような言動が行われている。そして検事の取調べについての録音録画をしかるべき時期に確認したであろう他の検察官も、本件取調べについて問題視し、検察庁内部で適切な対応が取られた形跡はうかがえない。この点、原決定が、「録音録画された中でこのような取調べが行われたこと自体が驚くべき由々しき事態である。」と述べているのは、当裁判所も同じ問題意識を持っているが、更に言えば、検事個人はもとより、検察庁内部でも深刻な問題として受け止められていないことがうかがわれ、そのこと自体が、この問題の根深さを物語っている。もとより、検事に本件陵虐行為についての違法性の意識がない、あるいはこれが乏しいということがあったとしても、検察官の職責の重さを考えると、少なくとも犯情を軽くするものでないことは明らかである。また、取調べを受けた被害者である【部下】の受け止めについてどう考えるかについては、前記のとおり、本罪の本質は、公務の適正とそれに対する国民の信頼を保護することにあり、【部下】による告訴等やその前提となる処罰意思が表明されていないからといって、手続的に問題があるわけではない。申立人は、検事による陵虐行為の直接の被害者ではないものの、検事による【部下】への陵虐行為後に得られた【部下】供述が、申立人に対する一連の刑事手続に大きな影響を与えたことは明らかである。前記のとおり、取調べに関する【部下】供述をそのまま信用できないことに照らせば、【部下】本人が告訴等を表明していないことで犯情が大きく軽くなるというわけではない。」「本件取調べは、被疑者をして検察官に迎合させ、虚偽供述が誘発されかねない危険性の高いものであり、このような取調べは今後繰り返されないようにすべきであるという一般予防の要請も高いものがある。」「本件取調べに関し、検察庁内部で検事に対し、何らかの指導や処分があったことは記録上うかがわれず、特捜部内部、ひいては検察庁内部において、本件取調べがどの程度問題視されたかについても明らかではない。録音録画により、取調べの際の言動が正確かつ子細に確認できるようになっている現状において、本件につき付審判請求を認めないことの意味は、原決定が考えるよりも大きいものがある。」「以上のとおりであって、陵虐行為該当性の嫌疑が認められる本件事案においては審判に付すべきであり、これとは異なる原決定の判断は失当である。」
この決定文について、特に注目されるべきは裁判所が「補論」を書いたことです。これは担当裁判官らの思いが詰まった文章であり、ぜひ多くの人々に読んでいただきたいです。
「補論(1) これまでに付審判請求が認容された事例をみると、本件とは類型を異にするものがほとんどである。その背景には、捜査官による取調べは真実追及の場面であり、厳しく被疑者に迫るのは当然のことであるとの考えが、捜査の一翼を担い、被疑者取調べを担当する検察官に根強く残っており、そのことが、公訴官としてこの種事犯を立件、起訴する場面での意識の低さにつながっていたように思われる。より大きな要因としては、取調べ状況の録音録画が導入される前は、取調べにおける捜査官の言動が、往々にして言った言わないの「水掛け論」になり、非言語的なニュアンスも含め、取調べでのやり取りを正確に把握することがかなり困難であったということも、犯罪の成否に関し、公判立証に耐え得る程度の嫌疑の存在を認める上でのネックになっていたと考えられる(その意味では、録音録画制度の導入の持つ意味は大きい。) 。(2)かつて大阪地検特捜部における一連の事態を受け、「検察の在り方検討会議」が立ち上げられ、平成23年3月に、「検察の再生に向けて」という提言が取りまとめられたが、その中では、検察官の職権行使に関し、次のような指摘がされている。検察官は、捜査活動を通じて真相を解明する捜査官としての権限と、起訴・不起訴を決し公判活動を行う公訴官としての権限とを併せて有しているところ、いずれの権限をも、おろそかにすることなく、公正かつ適切に行使しなければならない職責を負っている。このような職責を全うするためには、検察官が自ら捜査活動に従事する過程で、捜査官として処罰の実現を追求するあまり、公訴官として期待されている冷静な証拠評価や法律問題の十分な検討等の役割を軽視してはならない。検察官は、警察等からの送致・送付事件においては、警察等の行う捜査をチェックしつつ自ら捜査・公訴提起を行うのに対し、特捜部の独白捜査においては、捜査の初めから公訴提起までを特捜部に所属する検察官のみが担うため、いわば「一人二役」を兼ねることとなる。そのため、特捜部の独自捜査では、検察官の意識が捜査官としての側面に傾きがちになって捜査に対する批判的チェックという公訴官に期待される役割が軽視されるという危うさが内在していると考えられる。取調べは、それが適正に行われる限りは、真実の発見に寄与するものであり、被疑者が真に自己の犯行を悔いて自白する場合には、その改善更生に役立つとの指摘もある。しかし、その一方で、取調べには、取調官が自白を求めるのに熱心なあまり過度に追及的になったり、不当な誘導が行われたりして、事実とは異なる供述調書が作成される結果となる危険性も内在する。特に、社会状況や人々の意識の変化により、取調べによって供述を獲得することが困難化しつつある中において、検察官が証拠獲得へのプレッシャーを感じ、無理な取調べをする危険がより高くなっており、今般の事態は正にその危うさが露呈したものにほかならない。(中路) 一般の国民が裁判員として刑事裁判に参加するようになりたことなどを含め、検察、ひいては刑事司法を取り巻く環境は大きく変化した。人権意識や手続の透明性の要請が高まり、グローバル化、高度情報化や情報公開等が進む21 世紀において、「密室」における追及的な取調べと供述調書に過度に依存した捜査・公判を続けることは、もはや、時代の流れとかい離したものと言わざるを得ず、今後、この枠組みの中で刑事司法における事実を解明することは一層困難なものとなり、刑事司法が国民の期待に応えられない事態をも招来しかねない。このような提言等も踏まえ、法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会が設けられて調査審議が行われ、その結果に基づき、その後の刑事司法制度改革が進められた。その中で、取調べの録音録画の導入が決定され、検察官独自捜査事件については、取調べの全過程が録音録画の対象となったものである(刑訴法301条の2第1項3 号、4項)。立案担当者の解説によると、その趣旨は、「被疑者の取調べ等が専ら検察官によって行われるため、被疑者の供述が異なる捜査機関による別個の立場からの多角的な質問等を通じて吟味される機会に欠けることとなり、取調べ等の状況をめぐる争いが生じた場合、裁判所は、その判断に当たり、異なる捜査機関に対する供述状況を踏まえることができず、司法警察員が送致し又は送付した事件と比較して判断資料が制約されることとなる」とされている(法曹時報70巻2号76頁参照)。今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである。」
私が今まで受けた判決や決定の中で一番魂に触れた決定文でした。
弁護団や山岸さんの思いが裁判所に伝わったのだと思います。
全国で問題のある取調べが次々に発覚する中、大阪高裁が「あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と判示した意義は大きいと思います。今後の取調べの在り方を変えるかもしれない日本の刑事司法の歴史に残る決定文だと感じています。
この検察官にも推定無罪が及んでいるためこれ以上の詳細なコメントは控えますが、問題のある取調べに関して何も処分がなされなければ、「問題のある取調べをしても処分されない」という状況自体が不正のトライアングルの機会を形成してしまうため、冤罪防止の観点からも適切な処分がなされる必要があると考えています。
再発防止策と残された課題
私は、再発防止策の第一歩として、このような取調べや捜査の実態をきちんと公表すべきだと考えました。
日本には真面目に取調べをしている警察官や検察官がたくさんいます。彼らが同じような失敗を繰り返さないように、きちんと今回の冤罪事件の教訓を届けなければなりません。
また、取調べには供述強要の危険があるという具体例を示すことで、黙秘や弁護人立会いが必要であることを一般市民の皆様にも広めなければならないと思っています。
加えて、取調べの可視化はその対象が全事件の約3%にとどまっており、可視化対象事件でも全過程の一部が録音録画されるにすぎません。全事件・全過程の可視化が必要です。取調べが長すぎると他の人たちが録音録画を確認することも現実的には困難になりますので、取調べ時間を短縮し、取調べ依存型捜査から脱却する必要があります。
他にも、取調べに関するガイドラインを整備しなければならないと思います。日本では取調べ技術がOJTによって伝承されており、どのような取調べが良くてどのような取調べが悪いのかという点については全く疎かにされてしまっています。あわせて、取調べに関する研修や研究も、公開のもと、現在よりもより活発に行われるべきだと思います。
更に、このような違法な取調べが行われたとしても、冤罪当事者や弁護士がその録音録画映像を公表すると処罰されてしまうおそれがあります。これは、開示証拠の目的外使用禁止規定(刑事訴訟法281条の4・5)という悪法があるからです。私たちは刑事裁判で録音録画を入手しましたが、それをメディアに公表したり冤罪原因の検証に使うこともできなければ、山岸さんの損害回復のための民事裁判(国家賠償請求訴訟)で使うこともできません。国が犯罪に当たるような取調べをしているのに、それを公表すると私たちのほうが犯罪になってしまうというのです。法治国家として非常に不健全な法制度が存在しており、早急な法改正が必要です。
開示証拠の目的外使用禁止規定の数少ない例外として、民事裁判で文書提出命令を求めるという手法があります。要するに、国が民事裁判で提出した証拠については私たちが使ったり公表することができるということです。
しかし、国は本件の録音録画の提出に強硬に反対してきました。大阪地裁はこの文書提出命令を認めて約19時間分の取調べ録音録画の提出を国に命じたものの、大阪高裁はその大半を削って48分間のみの提出を命じました。これにより、取調官が「大罪人だ」「損害賠償は10憶20億では済まない」と発言している12月9日の取調べは公開することができましたが、机を叩いて大声で怒鳴っている12月8日の取調べについては闇に葬られようとしています。
私たちは大阪高裁の文書提出命令に係る決定について、現在、最高裁に許可抗告・特別抗告という不服申し立てをしています。大阪地検特捜部の捜査官が取調べ録音録画を実際に見ていた以上、この録音録画を取り調べなければ逮捕・起訴の違法性を正しく判断することはできません。この事件で文書提出命令が認められなければ、将来似たような違法取調べも隠蔽されてしまうかもしれないのです。
そして、このプレサンス元社長冤罪事件について、検察庁は謝罪も検証もしていません。
犯罪に当たるような取調べを組織的に把握しながら問題視されなかったことについて、きちんと原因検証がされなければならないと思います。
今回刑事裁判に付された取調官本人も反省や謝罪をしておらず、無罪判決の感想については次のような証言をしています。
「非常に残念な判決だと思いました」「少なくとも私の心証とすれば起訴、そして有罪を維持するにも十分ではないかという私なりの感覚はございましたので、後は公判検事がしっかり立証してくれるんだろうというふうに思っていましたが、そこは私が取調べを担当した【部下】さんが証言に出て、そこでも取調べ段階の供述に沿う事実を証言したにもかかわらず、その信用性を否定され無罪判決が出されたということについてです。」
このような状態では、また同じような冤罪事件が生まれてしまうでしょう。
将来の冤罪防止や法改正、そして最高裁による文書提出命令を得るためには、読者の皆様の協力が必要です。
ぜひこの記事や今回のニュースを拡散して、刑事司法の改善にご協力をお願いいたします。
プロフィール
西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官
プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。
今回の記事の参考文献
参考文献: 山岸忍「負けへんで」、西愛礼「冤罪の構図 プレサンス元社長冤罪事件」(季刊刑事弁護)、西愛礼「冤罪学」、佐賀弁護士会2009年3月4日付「付審判決定に関する会長声明」。なお、記事タイトルの写真については Getty ImagesのIlya Ginzburgの写真。
コメント
注目のコメント
プレサンス元社長冤罪事件で机を叩き長時間怒鳴り続ける取調べを行った検察官について、大阪高裁が付審判請求に基づき特別公務員暴行陵虐罪で刑事訴追しました。決定文には裁判所の補論が付されており、我々の思いが届いた刑事司法の歴史に残る決定だと思います。冤罪の予防のためには、きちんと過去の冤罪事件の原因を公表して、その再発防止のためのルール作りなどに活かす必要があります。そこで、今回のこの特捜部検察官に対する刑事訴追についても正しく情報が皆様に伝わるように解説し、将来のために検証しました。
本件、西先生は付審判請求で刑事裁判の土俵に引きずり込むことができましたが、これは神業中の神業です。
付審判請求の決定がなされることは極めて稀で、統計上は0.07%、件数でいえば歴史上わずか22件です(『2009年佐賀県弁護士会会長声明』『令和5年版犯罪白書』参照)。しかも、これを検察官相手にやってしまう剛腕にしびれます。
これは、あえて比較をさせていただくと、直近10年における第一審無罪獲得率の統計上の割合が0.159%(『令和5年版犯罪白書』参照、総終局処理人員数43,517名に対し無罪が69名)、再審請求認容率が0.4%(『最高裁判所事務総局刑事局「令和3年における刑事事件の概況(上)』参照)となっており、西先生が切り開いた付審判請求の道は、無罪や再審請求認容を勝ち取ることよりも、遥かに険しく稀有な功績です。
やはり間違いなく西先生は日本で最高の刑事弁護人です。