藤原和博氏が語る、リクルートのこれから(下)
リクルートは世界でも勝てる、超のつく珍しい会社だ
2014/10/17
10月16日に上場を果たしたリクルート。今後、リクルートがさらに成長するためのカギはなにか。リクルートは世界でも競争に勝てるのか。そして、これまでどおり、イノベーティブな人材を輩出し続けることができるのか。その質問をぶつけるのに、藤原和博氏ほどの適任はいない。1978年にリクルートに入社後、東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任し、江副体制下のリクルートの成長を牽引した、「ミスターリクルート」ともいえる存在だ。著書の『リクルートという奇跡』はリクルートという会社を知るための必読書と言える。リクルートを知り尽くした藤原氏に、これからのリクルートについて話を聞いた。
前編:リクルートが「10兆円企業」になるための戦略
次の社長は、インド華僑系の日本人とのハーフがいい
――これからリクルートは、グローバルで勝負すると宣言しています。リクルートは海外でも成功できると思いますか?
今の峰岸社長を中心とする経営陣は、世界デビューを果たしたところが、それ以前とは決定的に違う。リクルートの現在の売上高の内、海外の割合は2割強だが、これが逆にならないといけない。日本が2割、海外が8割にするべきだと思う。
ただ今の役員には、外国人や女性がいない。これから変わっていくと思うが、リクルートの実態を見れば、まだまだ中身は「男性社会なんじゃないの」「日本人社会なんじゃないの」というところがある。
峰岸社長の次、第6代目の社長は、インド華僑系の日本人とのハーフで、英語、日本語、中国語ペラペラのテレジェニックな女性がいいと私は思う(笑)。メチャメチャいけてる30~40代で、1兆円くらい親族が資産を持っていて、おカネ動機では動かない人。そういう人が、日本初でリクルートを世界に発信していけば面白い。
ただ、それまでは、英語を公用語化するとかグローバル人材とか、みんなが叫ぶ常識的なことを言わないで、ど田舎出身の帰国子女でもない変わったヤツを、リクルート流マネジメントで鍛えてから海外に続々と送り込むのもいいと思う。小さな子会社経営を任せて人材を育てる。英語が勝つか、リクルート精神が勝つか、勝負って感じで(笑)。
女性の活躍については、編集長系で何人か目立った人がいたおかげで女性が活き活き働いているように見えているが、まだまだ男の世界ではないか。国際的な人事や募集PR、人材派遣、教育事業領域では、女性の躍進がもっと過激であっていいだろう。
――経営という面で、リクルート独自の強さはありますか。
リクルートは、1人の天才オーナーによって率いられているフェイスブックやグーグル、アップルのような会社ではない。同族でもない。文字通り社員が運営する「超」のつく珍しい会社だ。
サラリーマン経営者でベンチャーなんて他にないでしょう。株主構成をみると、筆頭株主が社員持株会で11.19%。これは世界的に見ても歴史的に見ても異常なことだと思う。なんでもっと研究者がリクルートを研究しないのか、不思議なくらい。たぶん、リクルート事件が学者を遠ざけてしまったのだろう。
そして、リクルートの最大の強みはリクルートマンシップ。つまり「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という精神。これに泥を塗ったら、リクルートはアッという間に終わってしまう。特許に守られていない、工場の生産設備に守られていない会社ですからね。逆にいえば、この精神を絶やさないように、薪をくべて火が燃えたぎるようにしていれば、まだまだ行ける。
――逆に、リクルートの弱み、苦手な部分は何ですか。
リクルートは代々、在庫を持つビジネスが苦手。最初は英会話やFortranなどのコンピューター言語教育のカセットコーダー事業で会社が潰れそうになった。最高の営業マンを投入したが結局売れず、組合が発生するキッカケに。さらに、リクルート出版の書籍や、2000億円投じた通信事業も同じ。
そして、極め付きはリクルートコスモス、つまり、不動産。リクルートは在庫を持つビジネスは今後もやってはダメじゃないかと思っている。
――なぜリクルートは、在庫ビジネスが下手なのでしょうか。
在庫を持つと、メーカー思考になってしまう。リクルートは結局、生産と消費のマッチングという感覚が弱い。トヨタみたいな綿密な生産計画ができない。過去のことだから、できなかったと言うべきかな。
その意味で、もし打診があっても、テレビ局を買うのはやめた方がいい。なぜなら、テレビは、24時間の広告在庫をどう売るかというビジネスだから。
ただ、在庫でつまずくというのは江副さん時代のクセだから、峰岸社長の時代には、在庫ビジネスが得意な人も出てくるかもしれないので、どう変わるかわからない。
いい加減なことを言えば、リクルートがソニーを経営するとどうなるかは見てみたい気がする。というのも、かつてリクルートが不動産事業の失敗で共倒れしそうになったとき、支援先としてソニーはどうかという噂があった。当時はソニーが今みたいになると思っていなかったので、俺たちはソニーとかヴァージングループの方がかっこいいと思っていた。(すいませんが)ダイエー、かんべんしてくれよと(笑)。
半沢直樹のような世界とは無縁
――リクルートが、世界で競争に勝つために、大事なポイントは何ですか。
もし日本でやったように、この分野でも世界一の「採用」ができれば、海外でも勝てる。リクルートは「採用費」に世界一お金をかける会社であるべき。『リクルートという奇跡』でも強調したように、教育よりも、採用のほうが大事だということ。
1985~1986年に新卒を1000人規模で採用したが、うち500人の技術者の採用に対して、1年だけで70億円もお金をかけていた。おそらく当時、IBMですら世界での採用費にそんな額はかけていなかったはずだ。採用に対しては、そういうバカみたいな投資の仕方をしてほしい。
江副さんのもっていた象徴的なイメージを一言でいうと、「採用狂」。これだけは引き継いで、世界で最高の人材を採る会社という目標を貫き通し続けられるかは大きい。つまり、何年経っても、2020年になっても、世界で一番採用費をかけている会社であり続けなければならない。
――最近は、中途採用も増やしています。
グーグルやアクセンチュアに行って、また出戻ったりする人間もいる。素晴らしいと思う。
実例として、3年前にIT企業から中途採用で平社員として入ったヤツが、RINGという30年以上続くアイディアコンテストでグランプリをとったことがキッカケで投資を受け、昨年には分社化された会社の執行役員になった。その間に、年収は3倍くらいにはなったはずだ。こんなストーリーが、1兆円規模の会社になってもあるところが面白い。
リクルートには、私が知る限り、他人の足を引っ張るヤツとか、派閥をつくるヤツはいない。半沢直樹のような世界とは無縁。いまだに学閥はないし、組合はないし、とにかく反・半沢直樹の世界だと言える。
自分の仕事が楽しいから、人の仕事の足を引っ張ったり、悪口を言ったりする暇がない。上司の悪口は健全に酒を飲んだときに出るけれど、暗躍とか暗闘とか怪文書とかってことは聴いたことがない。そうしたカルチャーを売上高10兆円まで維持できれば、スゴいことになるだろう。
「学習の神様」としてのリクルート
――リクルートOBの一部には、今のリクルートは保守化して、大企業病に陥っているという人もいます。
これは余計なお世話。少なくとも江副さん時代のOBとは、現在の経営陣や若手は優秀さが異なる。システムとして(装置として)強くなければ収益は生み出されないので、泥臭さが消えてシステム思考になるのは無理もない。つまり、野武士集団ではなく、システマチックに収益を目指すようになった。多くの先輩達には申し訳ないが、今のリクルート、というよりここから10年のリクルートでは(私も含めて)通用しないだろう。
ちょっと情報処理的な能力が強くて、「情報編集力」つまり正解がひとつではないことを試行錯誤しながら、ゼロから作り上げていくタイプが多いとは言えないかもしれない。システム屋っぽい感じの人材が増えた。それは当然だと思う。つまり、ガムシャラ営業軍団のカルチャーだけではなくなって、社会システムの装置になれたということ。事業は「情報編集力」側で産み出すものだけれど、それを無限に情報処理力側にドンドン振っていって、誰でもできるようにシステム化していかないと収益は出てこない。
また、リクルートは、ビッグデータ解析がかなり有効に利きそうな会社でもある。その意味では、従来は採用されなかった学者肌のオタクなど、一風変わった人材が巨額の利益を稼ぎ出すかもしれない。じつは無敵とも言える入社テストであるSPI事業は、ある意味ではデータ分析システム事業だ。
総合的に言って、ここからは、今の10倍規模を目指すことになるだろう。日本人が1億人、英語圏15億人、新中間層が世界ですでに23億人もいる。もしかしたら、そのときには、リクルートは「派遣の神様」としてではなく、「世界の果てまで最高の授業と教育機会を届けよう」という「学習の神様」としての存在感のほうが大きくなっているかもしれない。