“施し”ではない実業貢献型が主流に
セイコー、芸術家の力で「時計好き」以外にアピール
2016/5/10
社会貢献ではなくマーケ戦略
“攻め”のアート連携を始める企業の動きは、ここ数年で目立ってきた。
アート連携を「国内外のより多くのコンシューマーを惹きつけるためのマーケティング戦略」と明確に位置付けているのはセイコーウオッチだ。
2015年3月のスイス・バーゼルの国際時計見本市で、同社の高級ウォッチブランド「グランドセイコー」を3人の日本人写真家が撮影するプロジェクトを発表した。
光の陰影を生かした写真に定評のある田原桂一には、分解した時計のパーツ撮影を依頼。秒針に蓄光塗料を塗って“時の流れ”を可視化した写真を濱田祐史に、時計づくりに携わる同社社員23人のポートレートを野村佐紀子に依頼するなど、アーティストの得意とする表現力で商品世界をイメージ化した。
記念としてまとめた写真集は初版分がすぐに品切れとなり、これまで2300部を超える冊数が配布された。
今年はさらに踏み込んだ企画として、最新コレクション「ブラックセラミックス リミテッドコレクション」で森山大道、荒木経惟という日本を代表するビッグネームを起用し、作品を大胆にプリントしたベルトを展示した。
バーゼル会場に集まった国内外の記者からは、「グランドセイコーといえば静的な濃紺の世界だったのに、今回は赤や緑のアバンギャルドな色彩のブースで足が止まった」と驚きの反応が集まったという。
100のウンチクよりビジュアル
セイコーの時計というと、“実直なものづくり”を前面に打ち出したイメージが浸透しており、「創業以来、精密機器メーカーとしての信頼性を第一に市場開拓してきた」(同社広報宣伝部海外担当課長の松江幸子氏)。
しかし、ここから先の戦略はその殻を破ろうとするものだという。
「技術の高さを打ち出すことで獲得できる顧客はすでにリーチしてきた。しかし、『時計好き』『機械好き』だけに訴えるのでは、世界市場に挑むうえで限界がある。これからはより“感性に訴える商品戦略”が必要であり、そのためにはアーティストの力がカギになる」
100のウンチクよりも、一目で心を動かすビジュアルを──。
いわゆる広告表現ではなく、企業として先進的な表現にあえて挑戦し、冒険する姿勢に評価や注目が集まる時代である。アートとのコラボレーションという話題性から展示の申し出も絶えず、「結果的に広告効果が高まるメリットもある」
アート志向の“上客”を取り込む効果も期待できる。
生活必需品ではないアートにおカネを出す志向のあるコンシューマーは、「自分がいいと感じたものには出費を惜しまない」傾向がある。
「東日本大震災以降、『身につけるこだわりのモノにはおカネをかけたい』という志向が強まっており、20万円超の価格帯が伸びている。この市場環境に乗るためにも、商品の付加価値を高める仕掛けとしてアートの力を借りたい」(松江氏)
本連載で前回リポートしたパナソニックとセイコーウオッチの2社は、「日本人アーティストにこだわってきた」という点でも共通している。
今後、国外のアーティストを起用する可能性は否定しなかったが、「日本のメーカーというアイデンティティを強調した」と口をそろえる。
(取材・構成:宮本恵里子)
*続きは来週月曜日に掲載します。