経営にとってデザインとは何か
明和電機がオタマトーンを生み出した仕組み
2015/11/26
明和電機
1993年に結成された明和電機。何やら不思議な機械を身にまとい、作業着姿で音楽を奏でているのを、テレビで見た人は多いだろう。また、近年では、電子楽器おもちゃ「オタマトーン」が、大人も引かれるおもちゃの代表格として広く知られている。
その活動領域は国内にとどまらず、海外でも数多くの展覧会やライブを行い、その評価も高い。
今回は、明和電機の社長、土佐信道氏に明和電機における「デザインと経営」について聞いた。
明和電機は擬態
──明和電機は、それぞれつくるものに対して細やかに、ネーミングをしたり、ロゴをつくったりと、企業のブランディングとほぼ変わらないようなことをしていますよね。どうして、そこまでこだわるのでしょうか。
土佐:明和電機の基本は「ナンセンスマシーンをつくる」という芸術活動なんですが、その大衆化のプロセスで、プロダクトデザイナーをやったり、グラフィックデザイナーをやったり、ミュージシャンをやったりしています。
でも、どれも本業ではありません。明和電機とは、芸術家がそれらに「擬態」したスタイルなんだと思うんです。
──制作しているナンセンスマシーンも、魚をモチーフにした「魚器シリーズ」から、ポエティックな「EDELWEISSシリーズ」、そして最近の声をテーマにした「ボイスメカニクスシリーズ」など、さまざまなブランドがありますね。
それを説明するには、ピカソを例に出すのがわかりやすいかもしれません。
芸術家というのは、モードがあるんですよね。ピカソだって、20代には「青の時代」を描き、30代では新古典主義に傾倒したりしています。
時代に応じて、モチーフや、テーマが変わっていったわけです。
僕も背景には、年齢ごとに興味のあるテーマがあるんです。でも、それがかたちになった製品だけを見ると、世界観が変わるので、ブランドが変わっていくように見えるんです。
すべてを吐き出すことで見えてくる
──明和電機の本業はなんなんでしょうか。
ベースは絶対芸術家です。芸術という自分の中の情念を「ゲーー」って吐き出すのが第一であって、それがないと、そのあとの擬態ができません。
僕の場合、「まずは箱を決めて、その中に入れていく」というつくり方じゃない。なんだか、わからないけど、自分の中にある情念を、機械化して「ゲーーー、ゲーーー」とまず吐き出す。
その後、離れて見て、「ここ何かくくれるんじゃない?」と後からブランディングを決めていくというやり方です。
──まずは自分の中のものを外に出すのですね。
生物学でいうと、「フィールドナチュラリスト」と、「キャビネットナチュラリスト」というのがいるんですよ。
ダーウィンは最初、船に乗ってビーグル号で世界を回ったときに、やたら島で標本を集めました。そのときは、「フィールドナチュラリスト」で、分類のこととか考えずに、片っ端から集める。
そして、イギリスに戻って、キャビネットに向かって「これとこれはグループになるかな、いや、違うかな」と並べていって、その結果「うぉーーわかった!」と、論理的にカテゴライズをするんです。これは「キャビネットナチュラリスト」です。
それと一緒で、最初は「ゲーゲー」ってフィールドナチュラリスト的に吐き出して、集まったものを、今度はキャビネットナチュラリスト的に論理で整理していく。
結果的には、ブランディングしているように見えますけど、試行錯誤の結果ですね。
オタマトーンの裏側
──土佐さんのつくる製品には、それぞれに独特のネーミングが付いていて、ロゴもつくっていますが、一つひとつはどういった作業になるのでしょうか。
たとえば、ネーミングを考えるときは、それを最も表している端的なものを探すんです。ネーミングは、やっぱり、世界観を強くしていくということだと思うんです。そして、ロゴはもう一歩強い世界観をつくる。
たとえば一般の方が、オタマトーンにおもちゃ屋さんで出合っても、見たことがない商品だから、それが何かわからないと思うんです。
でも、ロゴがちょっと楽器メーカーのように見えたら、「あ、楽器なんだな」てわかる。
──オタマトーンはどのような発想で生まれたのでしょう?
オタマトーンの最初のアイデアは、「くすぐると笑うボール」でした。
そこから「くすぐると笑うロボット」になって“Mロボ”と呼んでいたんです。そのMロボをくすぐる“Sロボ”も考えて、「売り上げ倍増!!」と。
でも、共同開発をしているオモチャ会社さんから、「面白いけれどマニアックすぎる」というご指摘があり、ボツになりました。
そして今度は、歌うボールならどうだろう、と、音程を変えるときにスライドスイッチを使うことにして、ボールにくっつけたら、「おーーオタマジャクシじゃん!!!!」とひらめいた。
これが明和電機がつくってきた商品の中で、最大のヒットになりました。
──アイデアがひらめいた瞬間ですね。
でも、この後に商品の名前について、問題が発生するんです。
最初は、このアイデアを「オタマ」って呼んでいたんです。海外で売りたいのでシンプルな名前がいいと。「ヤマハ、フジヤマ、オタマ!」みたいに。
でも調べたら、すでに商標を取られていることがわかって
そこからいろいろ考えました。「オタマジャクソン!」とか。
あと、「オンプー」はどうかと。かわいいし、これはいいじゃん!って。
でもよくよく考えたら、「プー」がうんちなので、「Let’s Play オンプー♫」っていったら、「うんちで遊ぼうー♫」ってことになるので、これもボツ。
悩みに悩んで、最終的に「オタマトーン」がポンっとでてきました。
気分は詐欺師
──社会の一般企業では、土佐さんが行っているようなアイデア発想から開発、ブランディング、そして広告戦略といったプロセスは、30人くらいでやります。でも、土佐さんは1人でやってしまいますよね。
一般的なデザインの仕事は、クライアントのイメージにできるだけ近いものを探してきて、いろんな解をどんどん見せていく。そして、そこから絞り込んでいって、着地点を見つける。
そこの答え合わせがどれだけ早く、うまくできるかがデザイナーの力量なんだと思います。
でも僕は根っこが芸術家なので、そうじゃない。はじめから1個を見つけている気がする。自分がつくったものにピッタリ合うものを探している。探しているものがひとつだから、A案、B案、C案ということはない。
その探求の結果が、明和電機のいろんな「世界観」をつくっているのだと思います。
──そういった世界観をつくっていく作業って、どんな感覚なんでしょうか。
詐欺をやっている気分です(笑)。
たとえばオタマトーンは、楽器のおもちゃとしてユニークですけど、さらにその世界観を濃くするために、ロゴやネーミングを考えます。
この作業って、詐欺師がスーツを着て、眼鏡をかけて、なんだか信頼できそうな人物になっていくみたいなことに似ている。
本質的に、そういうのが好きだというのがあります。そもそも、明和電機は電機屋じゃないですからね。でも、やっていくと、シミュレーションだから、ごっこ遊びだから燃えると。
設計までできるか
──土佐さんはかなりの部分を自分でやっていますが、自身がどこまで手を入れて、どこで人に預ける、というような線引きはあるのでしょうか。
もしかすると、設計というのがあるのかもしれないです。
スケッチの次の作業に、「設計」という作業があって、それには、機械を使うんです。
芸術表現の出発点には情念が絶対ないとダメで、それを外に出すための一番簡単なステップは絵を描くこと。そこまでは自分のテリトリーだし自分から剝ぎとれないものなんです。
でも、その次のステップの「設計」では、その情念という「ナンセンス」を理性という「コモンセンス」でたたいていくプロセスになる。そのときには論理を使うんですね。
工作機械は論理じゃないと動かないし、歯車は論理的に組み合わせないといけない。
このプロセスにたどり着くと、そのあとは僕がつくらなくても、設計を発注すればできるし、僕が死んでも製品はできる。
これは、自分から出てきたものを普遍性でたたくことで、強度がより増していくということです。
伊勢神宮じゃないけど、構築と解体をくりかえしても、本質が永遠に残っていくものを見たいという思いがある。
人は感動に対して、今度はおカネを払う
──最近は、設計する段階までいかず、情念の時点、つまりビジョンの時点でおカネを集めるようものが、Kickstarterなどを筆頭するクラウドファンディングに出ていますが、土佐さんはどう見ていますか。
僕にとって、商品をつくるときの一番重要なポイントは、「相手の物欲をそそらせること」だと思っているんです。
モノを手にしたときの感動に対して、おカネを払うということをする。それが商品づくりだと。
でも、情報端末では商品のビジュアルしか伝えられない。手にとれない。モノがもっているフェティッシュなものというのが、そこがどうしても欠落している。
どちらかというと、クラウドファンディングで重要なのは、モノづくりよりも、コトづくり。
もちろん「モノをつくるお祭りに参加した」でもいいんだとは思いますよ。でも、僕はそのタイプではない。
商品をつくる面白さは、おカネが返ってくるところにあるんです。
すごくシンプルな話で、路上で絵を描いて売っているのと同じです。やっぱり絵描きになりたいという感覚がずっとあって、自分がつくったものをぽんと出してナンボで返ってくるというシンプルな関係が大好きなんです。
人は感動したときに、褒めたたえることもできるけど、次はおカネを出すことしかアピールできない。
おカネが返ってきたってことは評価されたということ。それが次の投資になってグルグル回るっていうサイクルがつくれる。そういった関係性が好きなんですよ。
不可解だから飽きない
──そういったところでは、明和電機はそのサイクルが長く続いていますよね。
どうして、明和電機22年も続いているのかと考えたときに、不可解だからだと思っているんです。
不可解ほど、みんな飽きないというか。すべてを整理整頓しても、100%は整理できない。
僕が自分に対して100%整理できていたら、明和電機は多分終わっていると思います。
だけど、僕もよくわからない、えたいの知れないものがあって、それを整理しつつ、いつも、はみ出るものがある。
それを追いかけていくということをやっている。
これはいわば、「不可解エンターテインメント」なので、おカネを出してくれる人も「わかんないけどちょっと、期待しちゃうな」みたいなとこもある。それによって、続いている気がしますね。
似てるところがあるとすれば高野山
──一般論としてやっぱり不可解なものと、論理的に積み上げていくものというのは、別のものであるようなイメージがあるのですが、そういった人って他にいるのでしょうか。
科学者はみんなそれを探求しているんじゃないですかね。
神の話は絶対してはいけないというのを前提にして、不可解を論理性を使って探求している。
論理性があるから、答えをみんなで共有できる。芸術家もやっていますけど、芸術家はもうちょっと感覚的にやっているんで、自分しかわかっていない場合があります。
──明和電機と似たような会社はあるんでしょうか。
うーん……どうかな。
高野山とかですかね。
宗教って不可解なものが中心にあって、祭りをやって、人を呼んだり、お札をつくって売ったりするじゃないですか。それって明和電機とよく似ているんです。
明和電機も中心に「ナンセンスマシーン」という不可解なものがあって、それを見せる展覧会やライブというお祭りで人を集める。そして、そこでオタマトーンのような商品を売る。
──確かに似てますね。
十字架ほど世界で売れてる単純なマスプロダクトないですからね。聖書はベストセラーですし。
「不可解のエンターテインメント」というのがやっぱりいいのかもしれません。
*続きは明日掲載します。
本連載は、ほぼ日刊イトイ新聞とCOMPOUND、NewsPicksの共同企画です。各媒体が取材したい企業を選び、取材した記事を、それぞれ制作・公開します。
取材先は以下の通り
ほぼ日刊イトイ新聞:三和酒類
COMPOUND:明和電機
NewsPicks:里山十帖
明和電機のそれぞれの記事はこちら
ほぼ日刊イトイ新聞:芸術家+経営者+デザイナー=?
COMPOUND:デザインの魂のゆくえ:第1部「経営にとってデザインとは何か。」(2)明和電機篇