腰痛の科学:正しい対処法と予防策
腰痛は多くの人にとってとても身近な問題です。実際、成人の8割以上もの人が腰痛を経験すると言われています(1)。
一方、巷には、腰痛クッションやマッサージ機など様々な腰痛対策グッズがあふれ、何が本当に必要なのか掴みにくいかもしれません。今回のニュースレターでは、なるべく科学的な根拠に忠実に、何が真実に近いのかに迫っていきたいと思います。
腰痛の最も多い原因とは
我々医師は腰痛を、よく時間軸を使って考えます。例えば、昨日から急に発症した腰痛と6ヶ月前から慢性的に続いている腰痛では、考える原因が少し異なるのです。
一般に、発症してまだ1ヶ月以内しか経過していないものを急性腰痛、逆に3ヶ月以上経過したものを慢性腰痛と分類しています。その間のものは、亜急性腰痛などと呼ばれることもあります。このように時間軸で整理することで、まず少し原因が絞れてくるのです。
今回は急性腰痛の原因について考えていきたいと思います。インターネットを検索していると、腰痛の原因として、骨折、感染症、がんなど、怖い病名が並びます。しかし、実際には腰痛の8割から9割が、身体に大きな異常の見つからない筋肉や靭帯由来の腰痛であることが分かっています(2)。いわゆる「ぎっくり腰」もこれに該当すると考えられますが、重い荷物を持ち上げたり、慣れない姿勢をとったりすることで、背中の筋肉に負担がかかり、傷がつき、痛みを出します。
これは、「とても重いものを持ち上げた後」のように、大きな負荷が一度にかかれば、分かりやすく「あれが原因だ」と気がつくことができますが、寝ている間にとった姿勢で生じたり、小さな負荷の積み重ねで起こったりした場合には、痛みを起こしたきっかけに気づくことができません。このため「原因もなく腰痛が出た」ということになりますが、それでもやはり多くの場合には筋肉痛なのです。
人には癖や傾向というのもあります。腰痛に悩んでいるという場合、自分の癖を冷静に振り返ってみることも大切かもしれません。仕事で座っているときの姿勢は、どうでしょうか。例えば、足を組んだ姿勢で長時間座ったり、背中が常に前屈みになっていたりしないでしょうか。その時その時の負担は小さくても、積み重ねによって筋肉にはダメージが生じうるのです。
若い人にも多いヘルニア
また、それ以外の腰痛の原因には、比較的若い人にも多い病気として腰椎椎間板ヘルニアという病気も挙げられます。
背骨は、重い体を支える支柱でありながら、体幹のしなやかな動きも生み出さなければなりません。このしなやかさを出し、クッションの働きをしているのが、「椎間板」と呼ばれる構造です。
この椎間板は、椎体と呼ばれる頑丈な骨の間、間にサンドイッチされる形で挟まっていて、柔らかいジャムが中に入ったマシュマロのような構造をしています。普段はマシュマロの皮がしっかりとジャムを包んでいますが、何度も潰したり伸ばされたりを繰り返しているうちに、マシュマロの一部が破れてしまうことがあります。そうすると、中身のジャムがこぼれ出してしまいます。こぼれ出したジャムは、近くを走っている神経を圧迫してしまい、痛みを出すことになります。
ただし、この場合には、足に向かう神経が刺激をされるので、太ももや足の方にも痛みが出たり、痺れ、力が入りにくいなどの症状を出したりすることもあります。このような点で、筋肉から来る腰痛と区別していくことになります。
その他の原因は?
この他に、腰の骨の感染症やがんの骨への転移でも同様の痛みが出ますが、実際にこれらの原因が見つかるのは、腰痛を持つ方全体の1%にも満たない確率です(3)。また、これらの場合、前者なら、発熱や悪寒といった症状が出たり、後者なら、意図しない体重減少などといった症状が出たりしますので、そういった症状から区別していくことになります。
ご高齢の方の場合には、骨粗しょう症を背景とした腰椎の骨折というのもありえます。特に、転んだ後、尻餅をついた後から腰の痛みが出て、痛みがなかなかひかないという場合には要注意です。ただし、30代や40代で起こることは考えにくく、もし万が一骨折が見つかった場合には、むしろ先のがんなどの原因を考えます。
腰痛の診断と検査
腰痛の診断は、これまでご説明してきたような腰痛のストーリーを分析し、身体診察を追加することで行っていきます。病気の診断というと、「検査が必要なのでは」と思い浮かべる方も多くいらっしゃいますが、急性腰痛の場合には、多くのケースで検査は不要です。筋肉の傷を証明できるような血液検査や画像診断というのはなく、ストーリーが最も大切ということになります。
検査が必要になる可能性があるのは、痛みが数週間以上続いている場合、痛みがとても深刻で休んでいても良くならない場合、痛みが足の方にまで広がっている場合、足の痺れや力の入りにくさを自覚する場合、意図しない体重の減少がある場合、発熱がある場合、転んだあとに痛みが続く場合などです。
これらの症状に該当する場合には、ヘルニア、感染症、骨折といった原因が考えられるため、X線検査やM R I検査などを行う必要があります。
よく「がんや骨折が心配なので、X線だけでも撮ってください」とお願いを受けることがあるのですが、30代や40代で骨折するということは余程の事故にでも遭わない限りは考えにくく、むしろX線によって不要な被曝を受けることになってしまいます。
また、がんはX線では分からないことが多く、がんの場合には先にご説明したような体重の減少といった他の症状も生じることが多いため、やはりまずは症状を振り返ってみることこそが大切です。
そして、繰り返しのX線検査やCT検査による被爆こそ、発がんのリスクになりえます。一つ一つは小さくても、積み重ねでリスクは大きくなります。必要な時には躊躇せず検査を受けることが大切ですが、不要な検査は避ける。そのバランス感覚がとても大切です。
腰痛を改善する方法
それでは、いざ腰痛が出てしまった時に、どう対処すれば良いでしょうか。
まずは先に説明したような腰痛以外の症状がないかを確認してください。繰り返しになりますが、足の症状や体重減少といった症状があれば、ぜひ医療機関にご相談ください。
また、足の力が急に入らなくなった、尿や便を漏らすようになってしまった、高熱が出ている、などの症状があれば緊急性が高い可能性があるので、すぐにでも医療機関に問い合わせていただく必要があります。
これらの心配な症状がない場合には、自宅でいくつかの方法を試すことが可能です。
まず、急性腰痛は昔から「横になって休めば治る」と言われていましたが、今ではそれは否定されています。
むしろ、これまでの研究から、ベッドで横になって休む方が痛みは悪化しやすく、回復までの時間が長期化することが示唆されています(4)。
このことから、痛みが出た場合にも、痛みの耐えうる範囲で日常生活を続けることが大切です。仕事がある場合には、腰に負担のかかるようなものを避け、業務量を軽くして続けるような調整が可能であれば、仕事を続けながら治癒を目指すことができます。
痛みに対しては、湿布薬や温めるのが有効です(5)。両者を兼ねた温湿布でも構いません。また、それでも痛みが強ければ、生理痛や頭痛に使われるような痛み止めの飲み薬を使います。
その他に、マッサージや鍼治療、整体などが有効な可能性もあります。これらはいずれも劇的な効果が示されているわけではないものの、わずかに有効性が示唆されている治療法です(6,7)。
特定のマッサージ法や整体の施術を「他で治らない腰痛も治る」と誇大広告しているケースも見られますが、そういった特定の方法が科学的に有効と証明されているわけではないことにも注意が必要です。腰痛はそれほど多くの人の抱える問題なので、商売にもつながりやすいのです。
腰痛の有効な予防法とは?
また、そもそも腰痛は「予防」することもできます。
まず、腰痛を持ちやすい人の共通点として、日頃運動をしていない人、肥満のある人、タバコを吸う人、仕事上のストレスを抱えている人などが知られています(8)。
逆に言えば、日頃の運動やダイエット、禁煙、ストレスマネジメントが腰痛の予防になります。この予防の領域でも「腰痛に効く」などとしてマッサージ機や靴、マットレスなどが紹介されているケースも目にしますが、やはり必ずしも科学的に証明されたものではないことに注意が必要です。
運動は、体操、ヨガ、ストレッチ、あるいはウォーキング、水泳、太極拳などでもよく、自分に無理なく続けられる、自分と相性の良いものを選ぶことが大切です。
ここに書いた運動法は全て腰痛の予防に有効であることが科学的に示唆されていますが、単一の方法が他より優れたことを示すデータはありません(9,10)。友人がやってよかった方法や有名人が紹介する方法が自分に合うとも限らないので、自分に合った方法をぜひ選んでください。
また、日常生活の中で、立ち方、座り方、持ち上げ方に気を配るのも有効です。
立っている時、座っている時、重いものを持ち上げる時というのは、いずれも体の支柱である背骨に負担がかかるものです。
背骨の負担を軽くする上で、姿勢を良くするというのはとても大切なことです。小さな頃から両親に教わってきたことは、こんなところでも役に立っているのです。また、じっと同じ姿勢を維持するのではなく、時々姿勢を変えることで負担のかかる場所を変えることができます。
椅子には、アームレストや背もたれがあるもの、回転するようなものを選ぶことで腰への負担を軽減できます。背もたれに丸めたタオルや枕を入れ、背骨の自然な弯曲を保つのも腰痛対策に役立ちます。
また、重い荷物を持ち上げるときは、胴体をかがめて持ち上げるのではなく、背中を伸ばしたまま膝を曲げて低い姿勢をとり、太腿を使って持ち上げるようにします。体をかがめて持ち上げると、その重量が背骨にかかってしまいますが、膝を曲げて持ち上げれば、背中への負担を軽減することができます。
このように、腰痛は避けることのできる痛みでもありますから、色々工夫をしてみてください。長年悩まされてきた腰痛が、思わぬことで解消できるかもしれません。
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参考文献
1 Deyo RA, Tsui-Wu YJ. Descriptive epidemiology of low-back pain and its related medical care in the united states. Spine (Phila Pa 1976) 1987. DOI:10.1097/00007632-198704000-00013.
2 Deyo RA, Weinstein JN. Low back pain. N. Engl. J. Med. 2001. DOI:10.1056/NEJM200102013440508.
3 Deyo RA, Rainville J, Kent DL. What Can the History and Physical Examination Tell Us About Low Back Pain? JAMA J Am Med Assoc 1992. DOI:10.1001/jama.1992.03490060092030.
4 Dahm KT, Brurberg KG, Jamtvedt G, Hagen KB. Advice to rest in bed versus advice to stay active for acute low-back pain and sciatica. Cochrane Database Syst Rev 2010. DOI:10.1002/14651858.cd007612.pub2.
5 French SD, Cameron M, Walker BF, Reggars JW, Esterman AJ. Superficial heat or cold for low back pain. Cochrane Database Syst Rev 2006. DOI:10.1002/14651858.cd004750.pub2.
6 Paige NM, Miake-Lye IM, Booth MS, et al. Association of spinal manipulative therapy with clinical benefit and harm for acute lowback pain systematic review and meta-Analysis. JAMA - J. Am. Med. Assoc. 2017. DOI:10.1001/jama.2017.3086.
7 Eisenberg DM, Post DE, Davis RB, et al. Addition of choice of complementary therapies to usual care for acute low back pain: A randomized controlled trial. Spine (Phila Pa 1976) 2007. DOI:10.1097/01.brs.0000252697.07214.65.
8 Skovron ML, Szpalski M, Nordin M, Melot C, Cukier D. Sociocultural factors and back pain: A population-based study in belgian adults. Spine (Phila Pa 1976) 1994. DOI:10.1097/00007632-199401001-00002.
9 Ferreira ML, Smeets RJEM, Kamper SJ, Ferreira PH, Machado LAC. Can we explain heterogeneity among randomized clinical trials of exercise for chronic back pain? A meta-regression analysis of randomized controlled trials. Phys Ther 2010. DOI:10.2522/ptj.20090332.
10 Searle A, Spink M, Ho A, Chuter V. Exercise interventions for the treatment of chronic low back pain: A systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. Clin. Rehabil. 2015. DOI:10.1177/0269215515570379.
初出/WEBマガジンmi-mollet(講談社)
コメント
注目のコメント
腰痛に関して科学的な根拠をもとに書かれた記事です。腰痛はビジネスパーソンが多く抱える問題であり、若年者から高齢者まで幅広い年齢層の方が悩まされる疾患です。急性に発生する腰痛の多くは筋骨格系の問題による痛みですが、中には尿管結石や感染症など他の原因によるものもあります。足がしびれる、発熱があるといった症状がある場合には他の原因がある可能性もあり、注意が必要です。
「急性腰痛は多くの場合、筋肉痛」
論文などでエビデンスを重ねる先生からは少し意外な明言に、逆に心がスッキリしました。
対策として、背筋・腹筋のような筋トレがメインかと感じていましたが、「ストレスマネジメント」も腰痛予防になるのですね。
今回もありがとうございました。次回もまた楽しみにお待ちしています。
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逆に言えば、日頃の運動やダイエット、禁煙、ストレスマネジメントが腰痛の予防になります。
運動は、体操、ヨガ、ストレッチ、あるいはウォーキング、水泳、太極拳など。ここに書いた運動法は全て腰痛の予防に有効であることが科学的に示唆されています
また、日常生活の中で、立ち方、座り方、持ち上げ方に気を配るのも有効です。20 代後半ぐらいの頃、デスクワークが祟って腰痛に苦しんでいた時期があります。当時はカイロプラクティックやマッサージなどに熱心に通っていましたが、効果が出ず。あるとき、たまたまチラシを受け取った Dr. ストレッチに行ってみたところ、劇的に腰痛が改善しました。もう数年ずっと通い続けてますが、今では腰痛とは無縁です。ストレッチおすすめ。
https://doctorstretch.com/