政府の要請も「無視」 「派遣切り」を強行する人材派遣大手の実態とは
厚生労働省は7月31日付で、新型コロナウイルス感染症に関する解雇が4万1000人を超えたと発表した。うち非正規の雇い止め・解雇は、5月25日からのわずか2ヶ月で、1万6000人を突破している。しかも、これらはあくまで労働局やハローワークが相談などで把握している数にすぎず、氷山の一角でしかない。
その非正規の雇い止めの少なからぬ数が、派遣社員である。この続発するコロナ派遣切りに対しては、国も手をこまねいているわけではない。厚生労働大臣は派遣業界団体に対して、安易な雇い止めを控えるよう求め、雇用調整助成金を使うなどして雇用を維持するようにと5月末に「要請」を出している。これに対して、派遣業界団体も「報告」で応じ、派遣社員の雇用維持を力強く宣言している。
この「報告」によれば、派遣業界は「現在の労働者派遣契約の維持・継続を推進いたします」「すぐに新たな派遣先の提供に至らなかったケースにつきましても、一時的な休業の実施や教育・研修機会の提供など、…(略)…政府の助成金などを活用させていただくことも含めて、派遣社員の安定と保護に努めてまいります」ということだ。
だが、これは本当だろうか。筆者が代表を務めるNPO法人POSSEや、全国の労働組合でつくる団体「生存のためのコロナ対策ネットワーク」には、派遣労働者の雇い止めの相談が相次いでいる。
そんな疑念を裏付けるように、今回この「派遣切り」に対して、二つの重大な事実が発覚している。
まず、派遣業界最大手のスタッフサービスにおいても、コロナを理由とした派遣社員の雇い止めが起きていることがわかった。業界最大手までもが、厚労大臣の「要請」に応じていないのである。
さらに、7月末、上記団体による厚労省に対する申し入れが行われ、そこで厚労省が「派遣切り」の実態を深刻には捉えていないことが明らかになったのだ。
本記事では、ますます拡大することが予想される「派遣切り」について、業界最大手の派遣会社や国の認識を明らかにしながら、改めて対抗策を考えていきたい。
派遣最大手のスタッフサービスにすら無視される厚労大臣の要請
株式会社スタッフサービスは、国内の派遣会社において、「業界最多」の求人数を誇る最大手だ。試しに、8月10時点で関東地域に絞って派遣社員・紹介予定派遣の求人数をスタッフサービスグループのウェブサイトで検索すると、3万4550件がヒットし、テンプスタッフのウェブサイト6560件、マンパワーのウェブサイト4750件を大きく引き離している。
また、スタッフサービスは2008年にリクルートホールディングスに買収されており、リクルートグループの傘下にある。リクルートホールディングスは、派遣会社として以前からリクルートスタッフィングを抱えていたが、スタッフサービスも手中におさめ、人材ビジネス業界で国内最大の売上を維持してきた。
しかし、そのスタッフサービスもまた、厚労大臣の「要請」に応じていなかったことがわかった。
関東圏在住の30代の男性Aさんは、昨年8月から金属加工機械メーカーの事務職として派遣先に勤務していた。ところが、今年6月末でコロナによる経営悪化を理由として派遣契約を更新されず、そのまま派遣会社を雇い止めとなった。
スタッフサービスは、7月以降のAさんの派遣先の候補を3件紹介したが、いずれも派遣先側の都合で就労決定には至らなかったという。その後も、コロナを理由として派遣先が減少しているとして、新たな派遣先は紹介されず、Aさんはすでに2ヶ月近く失業状態が続いている。
Aさんは厚労大臣の5月26日付の「要請」の存在を知っていたため、スタッフサービスの担当者に対し、7月以降も雇用契約を更新し、厚労省の要請に応じて雇用調整助成金を利用して休業補償を払ってもらえないかと求めた。
すると担当者からは、予想外の答えが返ってきたという。担当者は「国や人材派遣協会から「こうしなさい」という指示が降りてきているわけではないので、現場サイドとしては特にできない」「雇用調整助成金の受給の基準を満たさない」と返答したのだ。
こうした実態に疑問を感じたAさんは、個人加盟の労働組合・総合サポートユニオンに加入して、7月末にスタッフサービスに団体交渉を申し入れた。
ユニオンの申し入れを受けて、同社の法務担当者は、コロナによる雇い止め以降に対して、雇用調整助成金を利用しての休業補償の支給は一般的に考えていないと説明した。Aさんのケースは例外ではなく、スタッフサービス全体として、厚労大臣の「要請」に応じていなかったということだ。
派遣業界のリーディングカンパニーとしての責任を果たすべき最大手スタッフサービスですら、雇用調整助成金の利用による雇用維持に全社的に消極的であるとすれば、いったいどこの派遣会社が「要請」に対応しているというのだろうか。
厚労省「大臣の要請は派遣会社全部に受理されている」
では、国はこうした実態をどのように捉えているのだろうか。
相次ぐ派遣切りに対して、7月30日、雇い止めされた派遣労働者と労働組合らが、前述の「生存のためのコロナ対策ネットワーク」として、厚生労働省に要請を行った。派遣会社に対して、雇用調整助成金を利用して雇い止めをさせないようにするため、より強い指導をするように厚生労働省に求めたのだ。その場には、スタッフサービスのAさんもいた。
ところが、派遣社員たちが、派遣会社が「要請」に応じていない実態を訴えると、厚労省の担当者は驚くべき答えを口にした。
「(厚生労働大臣の)要請が無視されず、全部受理されるという前提で動いている」
「7月時点での(派遣社員の)契約更新については、経済団体からの報告やヒアリングでは、それほど大きな現状(影響)はないと報告を受けている」
「要請に反する実態があるという声をいただいたが、要請以上に強制力のあることはできない。現時点でできる対応はこれがすべて」
つまり、厚労省は経済団体の声を根拠として、「派遣切り」はほとんど起きていないという認識であり、それは厚労大臣の「要請」が受け入れられているからと考えているということだ。国は、中小企業や中堅の派遣会社はもとより、最大手のスタッフサービスまでが厚労大臣の「要請」に応じていないという実態を、「把握」さえしていないということである。
厚労省には、経営団体の声ばかりに耳を傾けるのでなく、派遣切りの実態を調査した上で、派遣会社に対する実効力のある指導をすることが求められると言えよう。さらにいえば、派遣会社が雇用を維持しないことに対して、制度的な強制力が全くないこと自体に問題があると考えられる。このコロナ危機において、派遣労働という制度のあり方そのものが問われているのではないだろうか。
参考:無責任な派遣会社は「社会悪」 国の呼びかけも法律も無視して「派遣切り」が横行
コロナ派遣切りから、賃金補償を労働組合の力で引き出した実例の数々
一方で、国や企業に頼らず、労働組合で立ち上がった派遣社員たちが、賃金補償を引き出している例も相次いでいる。
販売職として約3年にわたり派遣会社に勤務した40代の女性Bさんは、コロナウイルスによる休業期間中の補償が全く払われなかった挙句に、6月末で雇い止めにあった。彼女は総合サポートユニオンに加盟して、団体交渉や会社への抗議行動を繰り返し、休業期間中の全額補償と、雇い止め後の一定期間の給与補償を得ることができた。
Bさんは、「休業補償を貰えないと知ったときは、不安と焦りでどうしたらいいのかと考えていました。家賃等の支払いすらままならない。生活していけないと思いました。組合全面協力のもと、雇い止め補償・休業補償全額をいただけて、安堵しました。」と語っている。
保育士として勤務し、コロナを理由として派遣会社を6月末に雇い止めされたCさんも、総合サポートユニオンで闘った結果、一定期間の雇用継続と数ヶ月分の賃金補償を認めさせることができた。
飲食業で派遣社員として働いていたDさんは、コロナを理由として5月に中途解約をされたが、総合サポートユニオンで闘ったことにより、中途解約を撤回させ、9月末までの契約期間中の休業補償が100%の金額で支払われることになった。
もちろん、派遣会社と闘っている最中の労働者もいる。スタッフサービスで雇い止めされたAさんや、派遣会社エキスパートスタッフで雇い止めされたEさんもその一人だ。Eさんは派遣先で、派遣社員のみがテレワークを認められなかったため、テレワークを要求したところ、雇い止めを受けてしまった。現在彼女は雇い止めの撤回を求めて、エキスパートスタッフと争議中だ。
これから8月末に向けて、9月末での雇い止めの派遣契約終了と雇い止めの1ヶ月前の通知が相次ぐだろう。4月から半年更新の労働者や、6月になんとか契約更新された3ヶ月更新の労働者が、長引くコロナ不況の影響で大勢雇い止めされることが予想される。
国が「派遣切り」の現状をなかなか直視せず、対策をすぐに講じない以上、彼女たちのように非正規雇用労働者自身が声を上げていくことが重要だ。ぜひ、まずは労働相談をしてみてほしい。
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