ロシアが超音速爆撃機部隊増強を表明 米軍に匹敵する規模へ
モスクワ上空のサプライズ
先月、ロシアで開かれた対独戦勝式典の模様についてお伝えした小欄(ロシア 対独戦勝記念日を巡るポリティクスと「愛国」の風景)で、書き漏らしたことがある。
戦車などの車両行進に続いて行われる飛行展示での、ちょっとしたサプライズだ。
ロシアの戦勝記念パレードは大体「型」が決まっており、まず国旗や軍旗を翻したヘリコプターの編隊、その他の武装ヘリコプターの編隊、さらには戦闘機、大型輸送機、爆撃機などが続くことになっている。
ところが今年、先頭を切ったのは、ソ連末期に生産された超音速大型爆撃機Tu-160であった。
それも、機体は電子機器等を入れ替える近代化改修を受けたTu-160M型の1号機で、操縦桿はボンダレフ空軍総司令官本人が握った。空軍総司令官自ら機体を操縦してパレードに参加したのはこれが初めてで、ロシア空軍の熱の入れようが分かる。
さらに5月28日、空軍のアシュルク演習場を訪れたボンダレフ総司令官は、Tu-160Mの生産を再開して50機以上配備すると述べて注目を集めた。すでに生産ラインの閉じている巨大爆撃機を再び50機以上も生産するというのだから、これもまた熱の入った話である。
希少な「白鳥」
Tu-160は、現在のロシアが保有する最も強力な爆撃機である。
マッハ1.87の超音速を発揮可能であるとともに、空中給油無しでも1万数千kmの航続距離を発揮し、最大45tもの爆弾やミサイルを搭載できる。米国も含め、世界にはTu-160よりも武装搭載重量の大きな爆撃機は存在しない。
核爆発に備えて白い熱反射塗装が施されていることと、機首を長く突き出した形状から、「ベールイ・レーベジ(白鳥)」と通称される。
しかし、その生産中にソ連が崩壊したため、Tu-160はわずか35機(うち8機は試作機)しか生産されなかった。この結果、ロシア空軍爆撃機部隊の主力は、旧式のTu-95MSで占められることとなってしまった。
さらに悪いことには、生産された35機のうち19機はウクライナの基地に配備されていたため、ソ連崩壊後はウクライナ政府の所有となった。つまり、試作型を除けば、ロシアには8機のTu-160しか残らなかったのである。これでは戦力にならない。
そこでロシアは2000年代からTu-160の戦力化を目指し始めた。当時、ウクライナでは、戦略兵器制限条約(START)の規定に従ってTu-160の破壊作業が始まっていたが、ロシアはウクライナとの交渉によってまだ無傷だった8機のTu-160を入手することに成功したのである。
さらに2008年には、製造工場に残っていた予備部品を組み立てて、もう1機のTu-160を取得。これによって、ロシアは、どうにか14機のTu-160を実戦配備に就けることができた(残りは訓練・研究用や非稼働機)。
生産再開に向けた動き
この頃からロシアはTu-160の生産再開を考えていたようで、製造元のカザン航空機工場(KAPO)にラインを再開して3年に2機のペースでTu-160を生産するなどとしていた。ただ、すでに治具なども廃棄されているであろうラインを一から再開するのはさすがに現実的ではなく、この話はしばし忘れられていた。
ところが、今年4月、KAPOを訪問したショイグ国防相がTu-160の生産再開を検討すると述べたことで、にわかに注目が集まった。そこへ来て報じられたのが、本稿冒頭のボンダレフ空軍総司令官の発言である。
ショイグ国防相はあくまでも「検討する」と述べていたのに対し、ボンダレフ総司令官は、この生産再開計画は最高司令官(つまりプーチン大統領)や国防相の承認を受けて実行に移されるであろうと述べている。また、ボンダレフ総司令官は、新たに生産されるTu-160は全て改良型のTu-160Mとなり、既存の機体についても2019年までにM型に改修するとした。
再生産分は「50機以上」であるから、既存分と含めると、ロシアは70機近い大型超音速爆撃機を近く保有することになる。
前述したTu-95MSや中距離超音速爆撃機Tu-22M3も合わせると、米軍の現有爆撃機部隊を上回る規模だ(Tu-95MSやTu-22M3についても近代化改修が予定されている)。
ロシアの「長い腕」
陸軍国であるロシアは、伝統的にそれほど強力な爆撃機部隊を保有してきたわけではない。ソ連時代も、もちろん現在に比べればはるかの多数の爆撃機を保有してはいたものの、米国に比べるとその規模は小さかった。
それが今になって爆撃機部隊の増強を図っている背景ははっきりしないが、近年の傾向から、次の2点が考えられよう。
第一に、ロシアは米国との関係が悪化し始めた2007年から爆撃機による空中パトロールを再開しており(ただし核兵器は搭載していないとしている)、最近では欧州や日本、さらには米国付近にまで進出させている。我が国の航空自衛隊のスクランブル回数が昨年、冷戦期の水準にまで達したことは大きく報じられたが、中国軍規の活動活発化だけでなく、こうしたロシアによるパトロール飛行の活発化もその背景のひとつだ。
ロシアは明言しないものの、ウクライナ危機などで国際情勢が緊迫化するたびに爆撃機が西側諸国周辺で活動を活発化させる傾向があり、ロシアによる軍事力誇示のツールとなっていることが伺われる。
第二に、ロシアの核ドクトリンとの関連が挙げられる。ロシアは近年、自国周辺での紛争に対する西側の介入を抑止するために核戦力の役割を強調しているが、戦術核兵器(射程500km未満)と戦略核兵器(射程5500km以上)の間に位置する戦域核兵器(中距離核戦力)については、1987年の中距離核戦力全廃条約によって、地上発射型弾道ミサイルや地上発射型巡航ミサイルの配備を禁じられている。そこで条約の制限を受けない空中発射型の核戦力の役割が相対的に高まっている可能性が考えられる。
同時進行でステルス爆撃機も
さらにロシアは、PAK-DA(長距離航空軍向け将来型航空機コンプレクス)の計画名で新型爆撃機の開発も進めている。
開発はTu-160と同じツポレフ設計局が担当し、米国のB-2のような全翼式のステルス爆撃機になると伝えられている。実戦配備が開始されるのは2020年代になる見込みで、この頃には老朽化が限界に達すると見られるTu-95MSやTu-22M3を代替する計画だ。
だが、高度なステルス製を持つB-2爆撃機は、米軍でさえ20機しか調達できなかったことで知られる。おそらくPAK-DAも相当に高価な爆撃機となるだろうが、同時にソ連時代の超音速爆撃機まで生産再開するとなれば、その費用は途方もないものとなろう。
しかも、これはロシアが進めている軍備プログラムのごく一部に過ぎない。経済状況が決して良好とは言えない中でこれほどの軍備増強を進めるのは、やはり筆者には異様に感じられる。
ただ、ボンダレフ総司令官は「PAK-DAの開発もTu-160と並行して続ける」としか述べておらず、開発が予定通りに進むかどうかは明らかにしていない。