「そういうことじゃないんだけど」と苦笑したくないすべての人に……
人と話をしていて、「話が噛み合わない」「話が通じない」ということはよくあることです。雑談であれば、噛み合わなくても大きな問題に発展することはありませんが、ビジネスにおける交渉や議論のときに噛み合わないと、物事を前に進めることができません。話が噛み合わない理由はいくつかあり、そのうえで最も大きな原因と言えるのは「前提条件」の相違です。「前提条件」としては、
1)スタンス
2)知識
……の2種類があります。そして後者の「知識」については、
● 話の「論点」に関わる知識
● 「話し手」本人に関わる知識
の2つがあり「話し手本人に関わる知識」については、SNS利用による「ソーシャル疲れ」を回避するコミュニケーションのとり方にて解説しました。今回は「話の論点に関わる知識」についてを考察していきます。
話というのは、複数の単語(ワード)が繋がって構成されています。しかし、その一つ一つのワードの知識さえあればいいということではなく、前後の文脈によって微妙に意味は変化していくものですから、そういった知識をお互いが共通認識していないと、うまく話が通じないものです。話がうまく通じないと、ついつい出てくる言葉が、
「そういうことじゃないんだよね」
「そういう簡単なものじゃないんだけどね」
……といったもの。話が通じない相手とはもどかしい気持ち――まさに「隔靴掻痒」の感を抱くことでしょう。自分や自分がいる世界では「当たり前/常識」のことなので、「うまく説明できないけれど、そういうことじゃないんだ」と、言いたくなるのです。たとえば、
A:「ねえねえ、Bさんて株をやってるんでしょう? アベノミクスの影響でボロ儲けできたんじゃないの?」
B:「いや、そういう簡単なものじゃないから……」
Aさんは株の運用について、ほとんど知識がありません。しかしBさんは知識も経験も豊富ですので、「アベノミクスの影響でボロ儲けできたはず」とAさんに言われると、「知らないからそんなことが言えるんだ」という感想を持ってしまいます。正しいか正しくないかは別にして、もしも同じ知識レベルの人と話をすれば、話は噛み合ってしまうものです。
A:「ねえねえ、Bさんって株をやってるらしいよ。アベノミクスの影響でボロ儲けできたんじゃないかな」
C:「へえ。Bさんって株の運用をしてるんだ。だったら今ごろは大金を手に入れてるのかもね」
このように話が噛み合います。問題は「前提知識」に相違があるかどうかなのです。
D:「そういえば、あなたの旦那さんってシステムエンジニアでしょう? スマホを買ったんだけど、使い方がわからないから教えてもらえないかしら」
E:「え、どうして、うちの旦那が?」
D:「だってコンピュータのエンジニアじゃない。だったらスマホの使い方なんて簡単に決まってるでしょう」
E:「……」
私も以前、日立製作所でシステムエンジニアをしていましたから、よく言われました。「新しいプリンター買ったんだけど、うまく印刷できない。どうすればいい?」「パソコンって、どこのメーカーが一番いいのかな?」……など等。友人や家族から、こういった質問をぶつけられるたびに、「システムエンジニアだからといって、パソコンやプリンターについて必ずしも詳しいとは限らない」と説明するのに、毎回骨が折れました。私がやっていた仕事は、情報システムを活用することでお客様の業務フローをどう効果効率化できるかを設計することでした。したがって仕事といったら打合せや会議ばかり。パソコンを修理したり、プリンターの設定をしたりといった実務をしたことはほとんどありません。
高度情報化社会となり、多くの人が本来の言葉の意味を知らずに使用することも増えてきています。たとえば次の会話文を読んでみてください。
F:「先日、1時間以上も仕事をさぼってお喋りしている新入社員がいたから、ガツンと言ってやったよ」
G:「おいおい。今どきそんなことしたら、パワハラだと言われるぞ」
H:「この前、会社から2日も休日出勤してくれって言われた。ひょっとしてブラック企業なのかな?」
I:「たかが2日の出勤で、ブラック企業って、お前……」
「パワーハラスメント(パワハラ)」や「ブラック企業」という、これまで身近な存在ではなかった言葉を使うとき、人は過剰な反応を見せるものです。言葉の定義を正しくとらえずに使用すると、多くの誤解を人に与えることになります。
そして、経営コンサルタントである私が、今回のコラムで最も主張したいのは、「精神論」「心掛け」に関する「前提知識」です。ビジネスの現場で多くの方が「精神論」「心掛け」を使用します。使用してもよいのですが、これらの言葉に関する知識(経験則)がずれていると、会話もずれていきます。そして物事が前に進まなくなる原因となるので注意が必要です。よくある上司と部下とのやり取りを書いてみましょう。
上司:「もっと業務効率化を徹底してくれよ」
部下:「私は徹底してやってるつもりです」
上司:「私には、徹底してやっているようには見えないんだがね」
部下:「何を言ってるんですか。私が徹底している、と言ってるんですから、徹底しているんです」
上司:「どこが徹底しているんだ。自分で徹底していると胸を張って言える事柄があるなら、具体的に言ってみたまえ」
いわゆる「水掛け論」です。こんな応酬をしていても埒があきません。「徹底する」という言葉の定義が定まっていないため、話が平行線をたどるのです。
先輩:「もっと練習を頑張ってやろう」
後輩:「先輩、私なりに頑張ってるつもりです」
先輩:「もっと練習に打ち込んでいこう、という意味だ」
後輩:「練習に打ち込んでいるつもりですって」
先輩:「本番と同じつもりでプレーしてくれと言ってるんだよ」
後輩:「本番と同じつもりでプレーしてますって、先輩!」
先輩:「ああああ、どう言ったらいいんだっ!」
後輩:「私も先輩が言っていることが全然わかりません」
「頑張る」「努力する」「気合を入れる」「謙虚になる」「誠実になる」「徹底する」「積極的にやる」……といった「精神論」や「心掛け」だと、人によって解釈の幅が大きすぎるのです。「再現性」もありません。ですから私たちコンサルタントは、行動を分解して数値表現し、指標を決めて計画へ落とし込もうとします。誰がどう見ても、同じ解釈になる「数字」で物事を評価することが、結果を安定的に再現させるうえで重要だからです。
私も個人的には「精神論」や「心掛け」は大好きです。苦しい時期が訪れると、口癖のように「気合で乗り切ろう」と心で唱えています。このように、自分との対話では使えるかもしれませんが、他者とのコミュニケーションだと、話が噛み合わなかったり、話が前に進まなかったりします。
精神論以外でも、ビジネスにおいては、用語の統一をしたほうがいいケースもあります。特にマネジメントに使用される「活動プロセス」や「行動指標」といった項目に共通認識がないと、管理者と部下との話が噛み合わなくなっていきます。コンサルティング現場では、とても気をつけなければならないポイントです。
マネジャー:「君、新規来店客が月間4890名と書いてあるが、コレ本当にそうなの?」
部下:「はい。一か月間で新規に来店したお客様ですよね」
マネジャー:「新規に会員となったお客様の数だよ」
部下:「ええ……。だって『新規来店客』って書いてあるじゃないですか」
マネジャー:「ネットで申し込んで会員になるお客様もいるから、来店して新規会員になったお客様を区別してるんだ」
部下:「そういうことですか……」
マネジャー:「来店したお客様をすべてカウントしたって意味がないだろう」
このように、組織で独特な言葉を作ったり、解釈を変えたりするケースがあるため、言葉だけを見ても、その意味がわからないケースがよくあります。新しいメンバーがやってきたときなどは、正しい用語の定義を伝えることはとても重要です。用語の統一化もできていないようであれば、「組織一丸」とはなっていません。ゼロにはできませんが、先入観や思い込みが多すぎると、一所懸命、組織に貢献しようと働いても、それぞれが空回りしてしまうことがあります。「空回り」ということは、組織の「歯車」が噛み合っていない、ということです。組織運営を司る人にとっては、特に気を付けたい部分ですね。