タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない 労働者たちが怒っているわけとは?
先日、東京都内を中心にタクシー事業を展開するロイヤルリムジングループが、新型コロナの影響による経営状況の悪化のため、グループ会社の従業員約600名を解雇するというニュースが大きく報じられた。
会社側が「休ませて休業手当を支払うより、解雇して雇用保険の失業給付を受けたほうがいいと判断した」「感染拡大の影響が終息すれば再雇用したい」などと説明したため、世論は会社の対応を好意的に受け止めたようだ。「従業員のことを考えた、会社の良い判断」というような反応が多くみられた。
しかし、私たちの労働相談窓口には、その後、解雇を通告された従業員から次々に相談が寄せられている。実際に話を聞くと、いくつもの問題点がみえてきた。
従業員たちによれば、会社から事業を一時休止する旨が突然発表され、配布された退職合意書にサインするよう求められたのだという。「解雇」と報道されているが、実態としては「退職勧奨」の形式が取られたようだ。
会社が解雇(一方的な労働契約の解約)をする場合、少なくとも30日前に予告する必要であり、即時解雇の場合には30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが義務づけられる。
しかし、退職(合意にもとづく労働契約の解約)の場合、このような義務は生じない。解雇を退職にすり替えるのは「ブラック企業」の常套手段であり、会社は、労基法の「労働者保護の規定」をかいくぐることに成功しつつあるようだ。
再雇用の約束についても、再雇用される時期が不明確であり、履行される保証はない。仮にそのような合意を交わしていたとしても、法的な有効性は定かではない(しかも、再雇用を約束して雇用保険を受けることは認められず、同社の労働者は雇用保険を受けられない。 参考:ロイヤルリムジン、全乗務員一時解雇し失業保険勧める→労働局「受給資格を満たさず」)。
アメリカの「レイオフ」と同じで合理的なのだ、との意見も見られるが、日本では職場に戻す制度がなく、アメリカのように戻れる保障もない。また、「戻れる人と戻れない人」をアメリカでは労組があらかじめ決めている場合が多いが、日本にはそのルールもなく、仮に復職させる際にも、会社の側が復職させる人を「選別する」形になるだろう。
さらに、戻すときには「元の労働条件」ではなく、低い賃金に買い叩かれる可能性も否定できない。これらについてもし何かの約束をしてたとしても、それが法律上有効になるのかは不透明だ。つまり、「何の保障もない」のである。
さらに、従業員のなかには、勤務期間が短く、そもそも失業手当の受給要件を満たしていない者さえいたという。そのような当事者には「美談」どころか、解雇予告手当不払いの、不当解雇と受け止められても仕方がない。
そして、何よりも問題なのは、今後、類似した解雇や退職勧奨が全国に広がる恐れがあることだ。すでに私たちのもとには、この手法を模倣した企業に従業員全員が解雇されたという相談が寄せられている(記事の末尾に無料労働相談窓口、コロナ相談ホットラインも紹介している)。
この一件は、断じて「美談」として終わらせてよい話ではない。
自由な意思の形成を阻む不当な退職勧奨の恐れ
今回のロイヤルリムジングループの対応について、2つの観点から検証が求められる。
一点目は、退職の合意が従業員の自由な意思にもとづくものであったかという観点だ。事業を休止することを伝えて従業員を動揺させた上で、その心理につけ込み、不利な内容の退職合意書にサインさせていないかを検証する必要がある。
「即時退職、金銭的補償なし」という退職条件は、考えられうる「最低の退職条件」である。経営状態が悪く、人員削減が必要な場合でも、退職金を上積みするなど、労働者が納得できる条件を提示した上で「辞めてもらう」のが通常だ。
退職の条件について従業員と誠実に話し合うことなく、また、適切な情報を与えることもなく、辞めなければならないと思い込ませて、退職合意書にサインさせたのだとすれば、労使間の情報力格差を利用した不当な退職勧奨だといえよう。
確かに、会社が主張するとおり、休業状態が長引いてから退職し、失業手当を受けた場合、受給できる手当の額が下がってしまうということはあり得る(被保険者期間のうち、最後の6か月の賃金の総額をもとに計算されるため)。
だが、私たちが話を聞いた複数の従業員によれば、会社は従業員に対して失業手当等に関する具体的な情報を与えた上で判断を委ねたわけではなく、また、判断をするための時間的猶予を与えることもなく、その場でサインさせようとしたようだ。
これは労働者の自由な意思の形成を阻害するものであり、正当なやり方とは言えない。失業手当や再雇用といった労働者にとって有利と思われる話を持ち出して、退職に合意するよう誘導した点についても、それが労働者の自由な意思にもとづく合意だといえるのかが検証される必要があるだろう。
実際、納得をしていない従業員が、撤回を求めて団体交渉を始めている。
〔参考〕運転手が「全員解雇」の撤回を要求 都内のタクシー会社(2020年4月11日 朝日新聞DIGITAL)
整理解雇・退職勧奨の前に雇用調整助成金の活用を
二点目は、人員削減を回避するための努力を怠っていないかという観点だ。
新型コロナの感染拡大に伴い、政府は雇用調整助成金の特例措置を拡大し、支給要件を緩和するなどしている。雇用調整助成金は、企業が労働者を休業させるなどして雇用を維持した場合に、休業手当相当額の一部(最大で9割)が企業に助成される制度だ。
現在、各企業には、こうした公的制度を活用することによって労働者の雇用を守ることが求められている。加藤厚生労働大臣も、4月10日の閣議後の会見で「企業は制度を活用して、雇用を維持するよう最大限努力してもらいたい。大量解雇があった場合には適切に指導を行っていく」と述べている。
なぜロイヤルリムジングループは、雇用調整助成金を活用し、従業員の雇用を確保しようとしなかったのだろうか。制度の利用を検討せずに、一斉の退職勧奨に踏み切ったのであれば、企業に求められる社会的役割を放棄し、労働者の生活を無視した無責任な対応だと言わざるを得ない。この点からも検証が求められる。
背景にある雇用調整助成金の問題点
この1ヶ月ほど、「会社が助成金を利用してくれない」という労働相談が非常に多い。例えば、臨時休業した店舗で働いていた労働者が、「雇用調整助成金を申請して賃金や休業手当を支払ってほしい」と求めても会社から拒否されるといった事例だ。
残念ながら、労働者の生活を守るための制度が整備されても、企業がそれを利用しないために、労働者が制度の恩恵を受けられないという構図ができてしまっている。労働者個人が直接申請することができないことが根本的な要因だ。
各企業には、政府の助成制度を利用して、新型コロナの影響によって労働者が被る不利益をできる限り小さくする努力が求められる。このような努力をしない企業は社会的責任を問われるだろう。
一方で、企業ばかりを責められない事情もある。雇用調整助成金の手続きには多くの書類が必要であり、資金繰りに奔走する中小企業の経営者にとって申請作業は大きな負担となっている。
また、申請をしてもすぐに支給を受けられるわけではないため、支給されるまで経営資金がもたないという問題もある(労働者を休業させた後に支給申請をし、通常、申請から概ね2ヶ月程度で支給される)。
こうした状況を受けて、厚生労働省は、つい先日、手続きの簡素化や迅速な支給に向けた制度の改善を図っている。4月10日に発表された資料によると、記載事項が大幅に簡略化され、必要な添付書類が削減されるなど、申請する際の負担が軽減されている。
〔参考〕厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ雇用調整助成金の特例を拡充します」
〔参考〕厚生労働省「雇用調整助成金の申請書類を簡素化します」
支給時期についても、審査の人員を増やし、申請から1ヶ月程度で支給を受けられるようになると報じられている。
〔参考〕雇用調整助成金、申請から1カ月で支給へ 手続き簡素化(2020年4月10日 朝日新聞DIGITAL)
この制度は、労使双方にメリットのある制度だ。会社は積極的にこの制度を活用すべきだし、労働者は、自分たちの生活を守るためにこの制度について学び、会社に利用するよう求めるべきだ(次のリンク先は最新のガイドブックである。申請に必要な書類などはこちらで確認してほしい)。
雇用調整助成金の活用事例
雇用調整助成金を用いて休業や解雇を撤回させた画期的な事例もある。
新型コロナの影響による売上の低迷を理由とした賃金保障なしのシフト削減が一方的になされた都内の居酒屋では、6名のホールスタッフアルバイトが、個人加盟の労働組合・飲食店ユニオンに加入し団体交渉を行った結果、シフト削減が全面撤回された。
その後も、新型コロナの影響が拡大するにつれて店舗の売上は下がっていったが、ユニオンは、雇用調整助成金を活用することを経営者に提案し、それによって従業員の賃金全額を保障するよう求めたのだ。その後は、労使間で協議しながら休業の準備を進めているという。
また、埼玉県内の会社に勤める正社員は、新型コロナの影響によって業績が悪化した会社から退職勧奨を受け、それを拒否したところ、解雇を予告された。この方は総合サポートユニオンに加入し、団体交渉を行い、解雇を撤回させ、雇用調整助成金を活用することによって雇用を維持することを会社に認めさせたという。
このように、助成金制度を活用することによって、経営者は解雇をすることなく、労働者の生活を支えることができる。一方で、労働者も、会社に対して雇用調整助成金の活用を促すことにより、会社と自分たちの生活を守ることができる。
なお、雇用調整助成金を申請する場合、労使間で定める休業手当支払率は100%にすることを追求すべきだ。労働基準法26条の60%というのは最低限の基準に過ぎない。
雇用調整助成金の受給額は、原則として、当該事業所の前年度の1人1日当たりの平均賃金額に、事業所の「休業手当支払率」を乗じることによって算出した休業手当相当額に助成率を乗じて計算される。
休業手当支払率を100%にすれば、労働者には賃金全額が保障され、会社もその分多くの助成金を受給することができる。もちろん支払率が高くなれば、会社が負担する金額(労働者に支払う休業手当の総額と受給する助成金との差額)は大きくなるが、休業によって労働者が被る不利益を少しでも少なくするために、できるだけ高い支払率を設定するようにしていただきたい。
先ほどのタクシー会社が本当に「従業員のため」を思っているならば、100%の休業補償を行い、最大限の雇用調整助成金を申請することが、もっともよかったはずだ。
「みなし失業」導入の必要性
このように、雇用調整助成金をうまく活用することによって、企業も労働者も現在の危機を乗り越えられる可能性がある。
ただし、上述したとおり、このような取り組みには、あくまで企業が助成金の申請を行うことが前提となる。世の中には、労働者から求められても対応しようとしない企業がたくさんあるから、これだけでは問題の解決にはならない。
「会社が申請しない限り制度を利用できない」という仕組みを変えなければ、救済を受けられない労働者が必然的に出てきてしまう。労働者個人が直接申請できるような制度を早急に構築しなければならない。
そこで対案となるのが、「みなし失業」ともいうべき、雇用保険の特例措置だ。一時的に休業している方に対し、実際に離職をしていなくても失業手当を支給するという特例を実施すれば、ロイヤルリムジングループのように解雇をしなくても、労働者に一定の収入が保障されることになる。
そんなことができるのかと思う方もいるだろうが、これは東日本大震災のときに実際に実行された措置だ。地震や津波の被害を受けた事業所に雇用されていた労働者を救済するため、実際には離職していなくても失業手当を受けられるようにしたのだ(なお、昨年発生した台風の時などにも同様の措置が取られている)。
〔参考〕厚生労働省チラシ「東日本大震災に伴う雇用保険失業給付の特例措置について」
失業手当を受けるためには、事業主から交付された「休業票」をハローワークに提出する必要があったが、当時の厚労省のQ&Aには「確認書類がない場合でも、御本人のお申し出等で手続を進めていただくことができます」とあり、柔軟な対応が取られていたことがわかる。
もちろんこれは激甚災害法にもとづいて取られた措置であり、今回とは状況が異なる。しかし、このような制度枠組みを応用することで今回の危機に対応することができるのではないだろうか。
企業からすれば、ハローワークに「休業証明書」を提出し、「休業票」を労働者に交付するだけで、煩雑な手続きをすることもなく、大切な人材を失わずに、その労働者に最低限の収入を確保させることができるということだ。労使双方にメリットがある制度だといえる。
また、何らかの事情により会社から「休業票」の交付を受けられない労働者についても、東日本大震災の時と同じように柔軟な対応によって救済を図ることにより、「会社が申請しない限り制度を利用できない」という課題を克服することができるものと思われる。
政府は、緊急事態宣言をしておきながらも、その間の労働者の生活保障や事業者の支援について有効な策を打ち出していない。このことが問題の根本にある。新型コロナの感染拡大の影響を受けて、仕事を失ったり、生活に困窮してしまったりする方がこれ以上出ないよう、政府は早期に効果的な施策を打ち出すべきだ。
【労働組合による新型コロナウイルス関連労働相談ホットライン】
日時:2020年4月11日(土)13時~17時、4月12日(日)13時~17時
電話番号:0120-333-774
※相談料・通話料無料、秘密厳守
共催:
総合サポートユニオン
首都圏青年ユニオン
介護・保育ユニオン
私学教員ユニオン
美容師・理容師ユニオン
飲食店ユニオン
無料労働相談窓口
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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です