「ホワイト企業」宣伝のワタミで月175時間の残業 残業代未払いで労基署から是正勧告
またしても労基法違反、過労労災‥ ワタミは変わらなかったのか
今年9月15日、元参議院議員の渡邉美樹氏が代表取締役会長及びCEOをつとめる「ワタミ株式会社」に対して、高崎労働基準監督署から残業代未払いに関する労働基準法37条違反の是正勧告が出された。
労基署に申告したAさんは、「ワタミの宅食」で正社員として勤務し、長時間労働によって精神疾患に罹患して現在休職中だ。Aさんの長時間残業は、精神疾患に罹患する直前の1ヶ月前である6〜7月には、過労死ラインの2倍となる月175時間に及んでいたという。Aさんはすでに高崎労基署に労災を申請済みだ。
2008年の新入社員の過労自死事件を機に、「ブラック企業」批判が相次いだワタミは、「ホワイト企業大賞」(実際には応募した企業のほとんどが何らかの賞を受賞している。詳細は下記の記事を参照)の特別賞受賞をアピールするなど、対外的に労働条件の改善を宣伝することに邁進している。しかし、渡邉美樹氏が昨年10月にCEOに返り咲いて1年足らずで、長時間労働で労働者を使い捨てにする「ブラック企業」ぶりを改めて露呈することとなった。
参考:ワタミは「ホワイト企業」になったのか? ホワイト認定と「無反省」の実際を探る
かつて「ブラック企業」の象徴的存在とされたワタミ。いまやその中心事業であるワタミの宅食で、一体何が起きていたのか。なぜ、ワタミは結局変わることができなかったのか。本記事では、当事者のAさんのヒアリングをもとに、これらの実態を明らかにしていきたい。
1軒たった100円台の「報酬」で働く「ワタミの宅食」の配達員
はじめに、「ワタミの宅食」について説明しよう。ワタミの宅食事業は、主に高齢者を対象として、ワタミの工場で製造した日替わりのお弁当や惣菜を、一週間ごとにまとめて予約を受けて、毎日配達員が直接自宅まで届けるというサービスを行っている。
このワタミの宅食事業を支えるのが、個人事業主の配達員だ。ワタミは宅食事業において「食と職を提供する」というスローガンを掲げ、高齢者や子育て中の親に、空いた時間で自由に働けるとうたいながら、この個人事業主の仕事を「社会貢献」の一環として打ち出している。
しかし、配達員は労働基準法の適用される労働者として扱われず、最低賃金が適用されていないため、「報酬」は非常に低い。利用者の家を1軒回るごとに支給されるのは122円。これに地域ごとの「地域手数料」などが上乗せされるが、それでも1軒あたり200円にも満たない。3〜4時間ほどかけて20〜30軒を回っても、せいぜい3000〜5000円ちょっとの稼ぎにしかならない。
商品の宅配は配達員だけでは運営できない。この配達員たちをまとめる役割の労働者が必要である。それが営業所の「所長」であり、その業務がまさにAさんを長時間労働に追いやったのである。
2つの事業所を任され、たった一人で20人以上の配達員を管理し、自らも配達へ
Aさんは、「ワタミの宅食」の営業所で、3年間に渡り所長を務めてきた。なぜAさんは、月175時間もの長時間残業に追い詰められ、精神疾患を抱えるまでになってしまったのだろうか。その業務の実態を見ていこう。
所長の業務は、配達員の管理、商品の管理、販促キャンペーン等の取り組みの準備・周知など多岐にわたる。営業所の清掃、コピー用紙やトイレットペーパーの補充まで担当する。
一つの営業所ごとに所属している配達員は10〜10数人。営業所には、所長のほかに正社員は一人もいない。しかも、Aさんは2つの事業所を掛け持ちで担当させられ、計20人以上の配達員の管理を同時に行っていた。
まず、会社のパソコンが片方の事業所にしかないため、Aさんは朝7時台、早ければ6時台に片方の営業所に出勤する。前日夜に業者から届いた数百個ある弁当・惣菜の検品を行ったあと、会社からの連絡を確認し、配達員に周知するための書面を作成して両営業所に共有する。
次に、朝8時半ごろに続々と出勤した配達員たちが、配達の準備を終えると、所長は朝礼を行う。配達員は配達時間ごとに出勤時間がグループで分かれているため、所長は、この朝礼を4回ほど繰り返すことになる。
朝礼を終えると配達が始まるが、「道がわからない」など、配達員が質問待ちで所長の前に列を作る。車で配達に出てからも、配達員から電話がかかってくる。これらの対応を所長が一人で行う。
営業所間の往復も頻繁だ。Aさんは二つの営業所での朝礼を隔日で交互にしていたため、二日に一回は7時台に片方の営業所に出勤した後、8時半までにもう一方の営業所に車で通う。Aさんは、週2日は営業所間を自動車で3往復(往復1時間)していた。
さらに所長を苦しめるのが、「代配」だ。配達予定をキャンセルする配達員が出てしまうのである。よく起きるのが、子育て中の親の配達員の「子供が熱を出したので配達できない」という事態だ。連絡もないまま営業所に姿を見せない労働者も少なくない。
この場合、所長が「代配」をせざるをえない。その配達員が抱えている1回30軒ほどの配達を自ら引き受け、100km以上も車を運転する。配達員の日常的な対応は、配達の合間に電話で受け付けるしかない。
大量に客を抱えていた配達員が辞めてしまい、穴埋めのために所長が「代配」に入ることもある。Aさんは普段の営業所の所長業務に加えて、今年6〜7月には、土日を含めて毎日「代配」を行い、多い日には40軒ほど回っていたという。利用者から「午前中まで」などと配達時間が指定されるため、所長自ら車を走らせなければ間に合わないのだ。
夜や休日まで、配達員のフォローに追われる
配達員のフォローも膨大な業務だ。そもそも、ワタミには配達員に十分な研修を行う仕組みがなく、所長にも研修をじっくり行う余裕はない。自分が担当する配達のルートは自分で地図を調べ、順番を考え、覚えなくてはならない。それらが不得意な配達員のために、所長が一緒に地図を見て教えることもある。
研修以前に、お金の計算や配達の道筋を決めることが得意でなく、それらを間違えてしまう配達員も少なくない。ワタミが「職」の提供をうたっているため、採用のハードルは著しく低い。Aさんは所長であるにもかかわらず、適任ではないと思った求職者の採用についても、基本的にストップをかけることはできないという。
ワタミが配達員に十分な研修の時間すら用意しないため、所長が常に業務中、フォローに入ることになってしまうのである。
クレーム対応も所長の仕事だ。配達員が配達する弁当を間違えたり、訪問時の身なりの不衛生さを指摘されたり、ひどい場合は配達員が客から代金を「着服」するなどの問題も起きるため、客からのクレームがコールセンター経由で所長に回ってくる。電話対応だけでは済まない。「夜謝りに来い」「土日なら話を聞いてやる」などと言われ、Aさんは、客の家に月数回は謝罪に訪れていた。
あまりの業務の多さに、上司であるエリアマネージャーに相談すると、「配達員の教育がなっていない」と、むしろAさんの管理能力のせいにされてしまったという。
このようにワタミの宅食は、たった一人の正社員に、低コストを追求した配達の責任を「丸投げ」することで成り立っているのである。
深夜も休日も「24時間365日働け」で、月給26万円
配達員が退勤した後も、所長には業務が待っている。会社からのメールを確認し、本社が提案するキャンペーンを確認して、配達員が利用者に配るためのキャンペーンのチラシを自ら作成することもある。
21時頃にエリアマネージャーから電話がかかってきて、そこから1〜2時間、業務の話を聞かされることもたびたびあった。退勤時間が23時台を回ることは珍しくなく、休憩時間もないまま、1日6~7時間の居残り残業は日常的だった。
帰宅してからも仕事は終わらない。配達員から突然、翌日の配達ができないという電話がかかってくることもあり、代配の対応を深夜に行うこともある。深夜に営業所に商品の納品業者が来て、冷蔵庫の温度上昇や水漏れなどが見つかったときは、深夜2時でも所長に電話がかかってくる。その際には所長は事業所に出勤して確認しなければならない。
加えて、Aさんの営業所は、平日だけでなく、土曜・日曜にも配達する「7日間コース」のある営業所だった。土日は所長の休日のはずだが、土日の配達を担当する配達員からの電話応対や代配に、誰が対応するのかといえば、結局は所長以外にいない。このため、Aさんは週7日働いていた。
あまりの過酷な業務に、Aさんが「土日の電話を切りたい」と上司に相談すると、「お客様第一主義だから」と冷たくあしらわれたという。
こうして、かつて渡邉美樹氏が言ったように、「24時間365日、死ぬまで働け」をAさんは実践し、月175時間もの残業をしていた。Aさんはいま、「あのままだと私は死んでいた」と振り返っている。
なお、何時間働いても、残業代は固定されており、追加で払われることはなかった。これだけの業務量にもかかわらず、Aさんの給料はわずか月26万円だった。
コロナで売上を伸ばすワタミの宅食、その犠牲になったAさん
ワタミの外食部門はコロナ禍により大きな打撃を受けている。しかし、ワタミの宅食事業は、コロナで悪化したわけではない。むしろ、コロナ禍を挟んだ宅食事業の急成長のために、Aさんは使い潰されたと言った方が適切だろう。
そもそもワタミの宅食事業は、コロナ禍より前から、「ミライザカ」「三代目鳥メロ」などを中心としたワタミの国内外食を、利益で超えていた。ワタミの事業には「国内外食」「宅食」「海外外食」「環境」「農業」がある。そのうち、国内外食と宅食で売上の9割を締めているが、すでに昨年10〜12月の時点で、国内外食の利益は4億2800万円、宅食16億4200万円と差がついていた。
Aさんの事例を見ていると、最低賃金以下の個人事業主と、長時間労働・残業代未払いの所長の存在が、宅食事業の高い利益率の源泉なのではないかと考えざるを得ない。
しかも、ワタミの宅食事業は、コロナ禍の中でも、売上を伸ばしている。コロナ禍の今年4〜6月においても、商品のお届け数は1539万7000食(前年同期比106.7%)、売上高は89億円(前年同期比105.7%)と、コロナ禍前の前年同期よりもむしろ売上が増加しているのだ。
ワタミの宅食がコロナ禍を機に配達数を増やしたのは、幼稚園・小学校・中学校・高校等の休校によって、子供が家にいる世帯向けの低額キャンペーンを行ったことが理由の一つだ。ワタミの宅食は高齢者だけではなく、コロナ禍をビジネスチャンスとして、子育て世帯をもターゲットに拡大していく方向に舵を切っている。
このように、ワタミの収益の中心は、すでに外食ではなく、宅食にある。ワタミはいまや居酒屋の会社ではなく、宅食の会社なのである。しかも、コロナ禍によって売上を伸ばしている。その中で、今回の過労労災事件は起きた。ワタミは、またしてもその「自社の成長」のなかで、労働者に犠牲を強いてきたのである。
今回、Aさんから筆者のFacebookに告発があり、ワタミの宅食の実態が明らかになった。その後、私たちはAさんの労基署への申告等を支援している。こうした企業の労働問題の実態について告発したい方は、筆者や筆者が代表を務めるNPO法人POSSEにぜひ連絡してほしい。
また、「ブラック企業」の被害にあわれた方は、下記の相談窓口からぜひ、早めの相談をいただきたい。
無料労働相談窓口
03-6699-9359
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。
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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。