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なぜリベラルの声は中間層に届かないのか?

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
東大プレスリリースより

Scientific Reportsという論文誌に"Japanese conservative messages propagate to moderate users better than their liberal counterparts on Twitter"という論文が掲載されました.

日本国内の話ですので,折角だから解説したいと思います.

今北産業

安倍政権時代の安倍晋三元首相に関する1億2千万件以上の大量ツイートを分析した結果,保守派のツイートの方がリベラル派のツイートよりも穏健な中間層によく届いていることが明らかになりました.

もうちょっと詳しく

東京大学・豊橋技術科学大学・香港城市大学の国際共同研究グループは、1億2千万件を超える安倍元首相に関するツイート(「安倍」または「アベ」が含まれるツイート)を解析し,保守派のツイートの方がリベラル派のツイートよりも穏健な中間層によく届いていることを明らかにしました.

党派的な傾向の弱い中間層に対して保守派とリベラル派のどちらの方がよりよくリーチできているかは,ソーシャルメディア上の政治コミュニケーションの有効性を理解する上で重要です.本研究の知見は,ツイッター上の党派的言説の拡散において保守派の方がリベラル派よりもより効率的なコミュニケーションを行っており,このことが現実の政治におけるリベラル派の苦境の一因となっている可能性を示唆しています.

方法論的には、大量のデータをマイニングすることで社会科学的知見を導く計算社会科学の手法を用いており,社会ネットワーク分析,自然言語処理などを組み合わせることで,これまで知られていなかった新規性の高い知見を得られました.

さらに詳しく

どんな研究?

一般に,ソーシャルメディア上での政治コミュニケーション(に限らないですが)は,党派的に同質な人々の間で行われる傾向があり,エコーチェンバーを生み出して極端な意見を持つクラスタを生み出すと考えられています.

しかし,政治に強い関心を持つ人々,特にツイッターなどで積極的に政治の話をする人の絶対数は日本では他国と比べても少ないため,強い党派性を持つ人々のコミュニケーションがクラスタ内にとどまり,数の多い中間層にまで届かないのであれば,その影響は限定的になります.

実際には,党派的なクラスタから発信されるメッセージの一部はエコーチェンバー内にとどまらず,中間層に流れ出し一般層の意見や行動に影響を及ぼしていると言われています.しかし,これまでの研究では党派的なクラスタがいかに分断化されているか(つまりエコーチェンバーの存在とその分断の程度)に注目しているものが多く,そうした党派的なクラスタから流れ出すメッセージがどの程度中間層に届いているかについては研究されていませんでした.

それに対して,この研究は党派的なクラスタから発信されるメッセージが中間層にどの程度届いているのか,そのリーチに党派性による違いがあるのか,あるとすればどのような要因によって違いが生まれているのかを分析しました.

どんなデータを使ったのか?

2019年2月10日から2020年10月7日まで,ツイッターから「安倍」あるいは「アベ」を含む129,639,061ツイートを収集し,分析に利用しました.

そこから党派的なツイートのリツイートユーザの類似性に基づくツイートネットワークを構築し,安倍政権に対して好意的なツイート群と,批判的なツイート群を抽出することに成功しました.それぞれのツイート群を10回以上リツイートしたアカウントを保守派アカウントとリベラル派アカウントとみなし,それぞれ88,709アカウントと134,855アカウントを抽出しました.また,これらの強い党派性を持つアカウント群以外を穏健な中間層とみなし,この穏健な中間層への情報拡散を評価していきます.

保守とリベラルどちらのツイートが中間層に届きやすいのか?

保守,リベラル両クラスタが拡散したツイートが党派性の薄い穏健な中間層(党派性の強いツイートに積極的に関与しないユーザ群)に届いている程度を分析しました.その結果,保守系のツイートの方がリベラル系ツイートよりも多く中間層によってリツイートされている,すなわち中間層に届いていることが明らかになりました.具体的には,保守派のツイートは23.23%が中間層によって拡散されているのに対し,リベラル派のツイートは6.46%が中間層によって拡散されていることが分かり,保守派のツイートを中間層が拡散する割合はリベラル派のそれと比較して約3.6倍多いことがわかりました.

中間層へのリーチの差.左がリベラル系ツイート,右が保守系ツイート(論文より)
中間層へのリーチの差.左がリベラル系ツイート,右が保守系ツイート(論文より)

内向きと外向き~社会ネットワーク分析からわかる拡散の方向性

次に,なぜこのような現象が生じるのか明らかにするために,リベラルクラスタと保守クラスタの違いを分析しました.

まず,各クラスタに属するアカウントのフォローフォロワー関係を社会ネットワーク分析の視点から掘り下げました.その結果,保守派とリベラル派のクラスタは内部のネットワーク構造では大きな差が見られないのですが,外部との関係に大きな違いがあることが分かりました.

保守派の方がリベラル派よりも中間層からのフォローを返報しやすく(中間層からフォローされた場合にフォローし返す割合が高い),保守派が中間層をフォローした場合の方がリベラル派よりも中間層からフォローの返報を受けやすいことが明らかになりました.

社会ネットワーク的に言えば,保守派の方がリベラル派よりも中間層と相互に接続されメッセージが届きやすくなっていることを意味します.

中間層からフォローバックされないのは仕方がないにしても,リベラル派が中間層からフォローされた時にフォローバックする割合(51.0%)が保守系のそれ(61.8%)より低いのは,内向きな証拠であることを示唆しています.

簡単に言えばリベラル派のアカウントは「身内に向かって発信している」割合が高いと言えそうです.

保守リベラルのネットワークの特徴(プレスリリースより)
保守リベラルのネットワークの特徴(プレスリリースより)

言い方で変わる拡散力

次に,ツイートに使われている語彙について自然言語処理技術を用いて保守派・リベラル派・中間層ごとに特徴的な語彙を抽出し,それらの類似性を分析しました.

その結果,保守派の方がリベラル派よりも「嫌悪」などの拡散を促進するとされる感情語が多く含まれていました(誤解が多いので追記しますが:逆ではないことに注意).

また,保守派,リベラル派,中間層で比較すると口語的な形容詞の使用が最も類似しているのは保守派とリベラル派だが,保守派の方が中間層と似ている(つまり保守派の方がどちらかといえば中間層と似たような言葉遣いを用いている)ことがわかりました.こうしたツイートの特徴が保守派と中間層につながりをもたらしているのかもしれません.(ここも誤解が多いので追記しました)

保守リベラルの言葉遣いの特徴(プレスリリースより)
保守リベラルの言葉遣いの特徴(プレスリリースより)

分析から得られる結論

ソーシャルメディア上で保守派の方が中間層にリーチしやすいということは,いわばネット上での無党派層の獲得競争において保守派の方が有利な立場にあることを含意しているといえます.

現代の政治キャンペーンにおいてソーシャルメディア上の論争は無視できない役割を果たしています.もっといえば,どのような言説が多くの支持を集めるかどうかが選挙における投票行動にも影響を及ぼしえるでしょう.この点において,日本のソーシャルメディアでは保守派の方が言説の拡散能力においてリベラル派を上回っており,より効率的に中間層を説得できる立場にあるようです.2012年の政権交代以降,自民党一強の状態が続いていますが,こうしたソーシャルメディア上での党派的非対称性もその一因なのかもしれません.

リベラル派がソーシャルメディア上での影響力で保守派と対抗するためには,内輪に向けた発信ではなく,より中間層に受け入れやすいようなコミュニケーションを志向する必要があるのではないでしょうか.

具体的には、党派的な「内輪」だけで通用する言葉づかいではなく中間層に受け入れやすい言葉を用い,より戦略的に中間層とのネットワークを構築していく必要があるのではないかと思われます.

限界

・この論文では,ボットの影響については調べられていません.ただし,ボットの影響は十分小さいであろうことは示されています.また,J-NSCによる組織的な行動の影響がある証拠は示されませんでした.

・保守派と中間層のつながりが強いのが意図的なものかどうかはわかりませんでした.

・この論文における「保守派」と「リベラル派」は,安倍元首相への態度によって便宜上分類したものであることに注意が必要です.また,首相がリベラル派になった時も保守派の方が中間層にリーチしやすいかどうかは不明です.

今後の展開

この研究では情報の拡散という観点から対立する2つのクラスタのリーチの違いを明らかにしました.同様の手法を用いることで,例えば新型コロナウイルスのワクチンに対する賛成派と反対派のせめぎ合いを描き出すことができると期待できます.今後も民主的な意思決定においてソーシャルメディア上でのコミュニケーションは重大な役割を果たすと考えられます.本論文のような分析は意思決定を支援するコミュニケーションをよりよくするための一助になると考えられます.

もっと,もっと詳しく知りたい!

論文を読んでみてください.

Yoshida, M., Sakaki, T., Kobayashi, T., Toriumi, F. Japanese conservative messages propagate to moderate users better than their liberal counterparts on Twitter. Sci Rep 11, 19224 (2021).

この論文はおかしい!

これはデータ分析に基づく学術的な論文ですので,同じくデータに基づく学術的なご意見がいただけると嬉しいです.論文を読んだうえで,できるだけエビデンスに基づく反論,ご意見をお寄せいただければ議論が深まると思います.

追記(2021-10-06)

この記事で「おかしい!」と思ったところが論文中では説明されているところもありますので,本当は論文を読んでもらえると嬉しいです.

ちなみに,多くお寄せいただいた批判は「保守リベラルの定義がおかしい」ですが,これに関しては記事中にもある通りこの論文の限界として認識しています.

可能であれば「真の保守,リベラルの定義」について議論した上で,どうすればそのようなデータが取れるのかについて一緒に検討できれば幸いです.

追記2(2021-10-07)

多数のご要望をお寄せいただいた(n≧0)のでツイートデータを公開しました.

https://doi.org/10.5281/zenodo.5552534

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会前編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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