人間や犬や猫のような高等動物だけでなく、タコ、魚、昆虫など、さまざまな生き物が痛みを感じている可能性が明らかになってきています。カニを石にくくりつけて、目や爪の間などを酢やブラシで刺激するという実験により、甲殻類の脳が体組織の損傷を認識する侵害受容器の存在が示唆され、痛みを感じている可能性があることが確かめられました。

Putative Nociceptive Responses in a Decapod Crustacean: The Shore Crab (Carcinus maenas)

https://www.mdpi.com/2079-7737/13/11/851

Brain test shows that crabs process pain | University of Gothenburg

https://www.gu.se/en/news/brain-test-shows-that-crabs-process-pain

Scientists Confirm Crabs Really Can Experience Pain After All : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/scientists-confirm-crabs-really-can-experience-pain-after-all

カニ、エビ、ザリガニなどの甲殻類が痛みを感じる可能性があることはこれまでも知られていましたが、痛みの刺激に反応する「侵害受容器」の存在に関する情報は限定的です。

そこで、スウェーデン・ヨーテボリ大学の動物生理学者であるリン・スネドン氏らの研究チームは、ポルトガルのリア・フォルモサ自然公園で生け捕りにしたヨーロッパミドリガニ(Carcinus maenas)を用いた実験を行いました。

実験ではまず、捕獲したカニが呼吸できるように海水に浸しつつ、輪ゴムで石に固定してからドリルで甲羅に穴を開け、露出した中枢神経系に微小電極をとりつけました。また、カニが暴れないようにするために、神経筋遮断薬を注入しました。神経筋遮断薬を使用すると、カニの爪と脚部は動かなくなりましたが、口は動いていたとのこと。



そして眼、触角、爪の間の軟組織など約30カ所に化学的刺激と機械的刺激が加えられました。化学的刺激にはさまざまな濃度の酢酸が、機械的刺激には痛覚の検証に用いられるフォン・フレイ毛という繊維状の器具が使用されました。

その結果、目などの軟組織を刺激するとカニの中枢神経系に有意な反応があることがわかりました。

以下は、上から海水、フォン・フレイ毛、酢酸で刺激した際のカニの反応のグラフで、刺激を加えた瞬間は赤い縦線で示されています。実験の結果、海水では特に何の反応もない一方で、酢やフォン・フレイ毛には確かに反応があることが確かめられました。



by Kasiouras et al., Biology , 2024

目に酢酸を塗布する実験では、酢酸の濃度が濃ければ濃いほど強い反応がありました(左図)。一方フォン・フレイ毛を目に当てる実験では、毛の硬さによる反応の違いはあまり見られませんでした(右図)。



by Kasiouras et al., Biology , 2024

カニの目は数十万個の光センサーで構成された複眼であり、繊細で損傷を受けやすいため機械的刺激の閾値(いきち)が低い可能性があると、研究チームは指摘しています。

歩行脚(aとc)および爪の節間膜(bとd)の実験では、組織に加える機械的刺激(下段)の圧力と反応が一緒に増加することが観察されました。一方酢酸(上段)の濃度が高いと、かえって反応が低下しました。これは、酢の濃度が高すぎると受容器が損傷して反応が鈍くなったからではないかと考えられています。



by Kasiouras et al., Biology , 2024

全体的な傾向として、機械的刺激は酢酸に比べてより短く、より強い神経活動を引き起こしました。

動物が痛みを感じていると定義するには、単なる受容器の反応だけでなく、その反応が脳の特定の領域で処理されたり、動物が刺激を回避しようとしたり、ネガティブな反応を見せたり、刺激から身を守ることを学習したりといったさまざまな条件を満たさなければなりません。

そのため、まだカニが痛みを感じていることが証明されたわけではありませんが、今回の研究はカニに侵害受容器と思われる器官が存在し、それが中枢神経系の反応につながることを示す研究の最初の1歩だと評価されています。



この研究はまた、将来的に甲殻類を動物福祉の対象に含める必要性がある可能性を提起しています。

スネドン氏は「甲殻類を食べ続けるには、より苦痛の少ない方法を見つける必要があります。というのも、甲殻類が痛みを感じ、それに反応するという科学的証拠があるのです」と主張しました。