お湯が冷たい水より先に凍ってしまう。この現象の起きる理由はなんなのか?
お湯が冷たい水より先に凍ってしまう。この現象の起きる理由はなんなのか? / Credit:depositphotos
chemistry

お湯が冷水よりも早く凍る「ムペンバ効果」は本当なのか?物理学が答えを出せない理由

2020.08.12 12:23:33 Wednesday

point
  • お湯が冷たい水よりも先に凍るムペンバ効果の原因は物理学永遠の謎だった
  • しかし謎は解明され温度のむらが原因だと判明する
  • 温度にむらがあるとき局所的に高温になった物質は低温の分子状態に素早く移行できる
  • ムペンバ効果を現実の熱システムに応用できれば温度革命が起こる

お湯は冷たい水よりも先に凍ります。

この直感に反した不思議な現象について、最初に言及したのは2300年前のアリストテレスと言われています。

彼は著書において「お湯を早く冷ますには、まず日なたに置くべきである」と記しています。

しかしアリストテレスは「ウナギは泥から発生する」など現代ではとても科学的とは言えない記述も残しており、「お湯を冷ます前にまず温めろ」との言葉も、賢者の世迷言として長い間、忘れられてきました。

しかし1963年にタンザニアに住む13歳の少年、ムペンバ君は、熱い水のほうが冷たい水よりも早く凍ることを発見し、学校で研究成果を発表しました。

これははじめは学校中の生徒と先生に笑われましたが、物理学者が実際にムペンバ君の主張が正しいことを確認すると流れは一転。

熱いもののほうが冷たいものより早く凍るこの現象は「ムペンバ効果」と名付けられ、様々な研究が行われて来ました。

しかし、意外なことに小学生の少年が発見した、この単純な主張は今日に至るまで誰も仕組みを解明することができていないのです。

今回はカナダのサイモンフレイザー大学の研究者たちが発表した単純な粒子の冷却を用いたムペンバ効果の検証実験を紹介し、なぜこの現象の説明が難しいかについて解説していきます。

研究の詳細は、2020年8月5日付で学術雑誌「Nature」に掲載されています。

A new experiment hints at how hot water can freeze faster than cold https://www.sciencenews.org/article/physics-new-experiment-hot-water-freeze-faster-cold-mpemba-effect
Exponentially faster cooling in a colloidal system https://www.nature.com/articles/s41586-020-2560-x

この記事の動画解説はコチラ↓↓

物体の状態は温度が決めているのではなかった

画像
熱いビーズのほうがぬるいビーズよりも先に冷却される/Credit:nature

ムペンバ効果が発見されてから様々な実験が行われてきた結果、熱いモノのほうが冷たいモノより早く冷却するという現象は、水以外にも磁気系、クラスレート水和物、ポリマー、ナノチューブ共振器、量子系、低温ガスなどでも起こることがわかってきました。

そこで研究者らは、水やポリマーよりも遥かに単純なシステムで、ムペンバ効果を再現することができれば、その解明に大きく近づけると考えました。

具体的には、小さなビーズを水分子に見立てて、ビーズをレーザーで熱し、そして水で冷却しすることで、ビーズ内部のエネルギー(電位)が減少していく過程を観察したのです。

結果、ビーズの冷却という単純なモデルであってもムペンバ効果があらわれることがわかりました。

すなわち、高温に熱したビーズのほうが、低温で熱したビーズよりも早く冷却水の中で冷めることが確認できたのです。

画像
特定の条件(温度のむらの大きさ)では熱いビーズはぬるいビーズより10倍速く冷める/Credit:nature

さらに特定の条件下では、高温のビーズは低温のビーズよりもかなり早く、時には指数関数的な速度で急速冷却されました。

一例を示せば、ある低温のビーズは冷却に20ミリ秒かかった一方で、高温のビーズは同じ温度までの冷却に2ミリ秒しかかかりませんでした。

画像
ビーズ内部の温度のむらが最適な時にムペンバ効果は最大になる/Credit:nature

そして研究チームは得られたデータを分析した結果、「熱い物体が冷却されるためにはまず、ぬるくならねばならない」という直感的な常識が、現実世界では通用しない事実を発見したのです。

現実の世界では必ずしも冷却という現象は理想通りに進まず、かなり「むらのある冷却」が起きます。

そしてこの、むらのある冷却が起きているときには、熱い部分が局所的に、低温に移行しやすい構造に再配置する現象も発見します。

これは、むらのある冷却において高エネルギー領域は、低エネルギーの分子構造にいち早く変化できる近道になることを意味します。

研究者はこの奇妙な結果について「目的地から遠いヒッチハイカーのほうが条件によっては、目的地に近いヒッチハイカーよりも早くたどり着ける」ことに似ていると話します。

温度変化はヒッチハイクの旅行に似ている
温度変化はヒッチハイクの旅行に似ている / Credit:canva

ヒッチハイカーにとって移動距離は必ずしも到達時刻の決定要因にはなりません。目的地が一致していて、気のいいドライバーをいち早く見つけることが重要です。

今回の結果に関して言えば、高温の場所ほど気のいいドライバーが多く、低温の場所には乗せてくれないドライバーが多いということになるでしょう。

同じように高温から低温への変化も「元の温度」は必ずしも決定要因にはならず、他の要因が介在しているようです。

現在のところ、このヒッチハイカーに例えた要因が、物理的な温度変化における何に当たるものなのかは解明できていません。

どうやら身近だと思っていた冷却現象は、直線的な温度変化として説明がつくような生易しい現象ではなかったようです。

次ページムペンバ効果の応用は革命を起こす

<

1

2

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

化学のニュースchemistry news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!