NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

『週刊現代』のジレンマ

以前、マスコミからのインタビューに対する報酬について話題になった(■「孤独のグルメ」久住先生が報酬・校正無しの取材を断った件で浮上した、『無償による真実性』という原則とそれに対する疑問の声 - Togetter)。私も、ときにメディアから取材やインタビューの依頼を受けるが、報酬は発生したりしなかったりする。これまでの経験では、週刊誌系メディアでは報酬が発生するのに対し、新聞系メディアでは発生しないことが多い。

無報酬を原則とする言い分も理解はできる。あくまで私の経験の範囲内だが、平均すると、無報酬のメディアのほうが質の高い記事が多い。謝礼を払うと、謝礼目的の有象無象の情報が集まりやすいという面はあろう。週刊誌の医療記事では、「お前はいったい何の専門家だ」と問い詰めたくなるような「常連」のコメンテイターが記事の質を下げている。記事を書く方にとっては都合のよい「専門家」のコメントが得られ、コメントする方にとってはお手軽にお小遣いを稼げるというWin-Winの構造ができあがっていると私は思っている。

無報酬原則に則れば、この手の小遣い稼ぎ目的の連中は排除できる。メディアに信用があれば、たとえ報酬がなくても読者に正確な情報を伝えるために協力してくれる専門家はいるだろう。おそらく、これまではそれでうまく回っていたのが、近年はメディアの信用が落ち、あるいは、メディアに頼らずにSNSなどで専門家が自分で情報を発信できるようになってきたために、無報酬の原則が疑問視されるようになってきたのではないか。付け加えて、アカデミックな場では相手にされないようなトンデモ本や根拠の乏しい高額な自費診療クリニックを宣伝して欲しい自称「専門家」に対して無報酬原則は脆弱である。

私個人については、報酬の有無はあまり気にしていない。また、多少怪しい企画であっても、私が協力できそうな内容なら積極的に取材を受けるようにしている。その結果、まるで私が病院を出入り禁止になったかのように見える支払明細書が送られてきたりする。

病院に行ってはいけない名取宏氏


以前「『週刊現代』のジレンマ」という概念を提唱したことがある。



医師などの専門家にインタビューして、専門家の言葉を不適切につなぎ合わせてデタラメな記事を書くメディアがある。最近の例は「飲み続けてはいけない薬」のシリーズを掲載している週刊誌「週刊現代」。そのようなメディアに対して専門家は取材を断る、という選択肢がある。しかしながら、まともな専門家すべてが取材を断ったとしたら、デタラメなことを主張するデタラメな自称専門家のみがそのようなメディアに登場することになる。ならば、多少は主張を捻じ曲げられることを承知の上で、相対的にまともな情報が掲載されるよう、メディアに協力するという選択肢もある。そこにはジレンマがある。

医療関係について不正確な記事を書いているのは週刊現代に限らないのだが、たまたまこの時分に週刊現代が立て続けに「飲んではいけない薬」の特集を掲載していたことによる。

なお、医療の専門家として取材を受けているときは、少なくとも自分の発言部分周りの事前のチェックは必ずさせていただけた*1。この点は、たとえば政治家に対するインタビューとは決定的に異なる。理想を言えば、取材を受けた人以外の第三者の専門家のチェックが欲しいところだが、週刊誌の記事ではそこまでコストはかけられないのは理解できる。

多くの医療関係者の中から私を選ぶだけあって、ほとんどの場合、私に取材した記事の内容の質は高く、事前チェックも細かい用語の訂正ぐらいで済む。だが例外もあって、私が言ってもいないことを言ったかのように書かれることもまれにはある。週刊誌の場合は文字数が決まっているので、その範囲内で修正案を出さなければならない。一例を挙げよう。がん検診に懐疑的な週刊誌の記事に取材協力したとき私が以下の発言をしたことになっていた。



修正前:「実は症状が無い人の場合、がん検査を受けたところでがんを見つけらないことが多いのです。たとえば、腫瘍マーカー検査も、前立腺がん以外のがんを発見できる有効性は確認されていません」

私はそんなことは言っていない。問題点はざっと3つ。「公的に推奨されているがん検診まで読者が避けることがないようにしたい」「がん検診の有効性はがんの発見ではなくがん死亡率の減少で評価する」「PSA以外の腫瘍マーカー検査でもがんを発見できることはあるが、がん死亡率の減少は証明されていない」。これらを踏まえて、字数制限の範囲内に収まるよう、修正案を出した。



修正案:「公的に推奨されている以外のがん検診の多くは、がん死亡率の減少が証明されていません。たとえば、腫瘍マーカーによるがん検診は、PSAによる前立腺がん検診を除いて、有効性は未確認です」

PSAによる前立腺がん検診も専門家の間では議論があるのだが、そこは割愛せざるを得ない。修正案は採用され、最終的にはそこそこよい記事になったと思う。週刊誌の記者は、自分の専門外のさまざまな分野で締め切りに追われて記事を書かなければならないので大変だ。自分が望んでではなく、編集部の方針として、あまり興味ない分野の記事も書かなくてはならないこともあろう。

その中でもプロフェッショナルといえる編集者もいた。新型コロナウイルス感染症の流行のはじめごろ、サージカルマスクが不足しているとある大学病院でマスクを使いまわしていることについてコメントを求められた。「公的なガイドラインでは『マスクは再利用しない。一回使ったらすみやかに廃棄する』となっている。しかし、そんなことは承知の上でやむを得ず苦肉の策で使っているのだろう」などと答えた。結果的にこのコメントは採用されたのだが、おそらくは締め切りの直前、電話で『『公的なガイドライン』とは具体的にどのガイドラインなのか」と聞かれた。誌面に載せる以上は、裏を取る必要があると判断したのだろう。「週刊文春」だった。

「週刊ダイヤモンド」の健康診断・検診の特集も多くの専門家に取材しており、質が高かった。たとえば線虫検査をはじめとしたリキッド・バイオプシーの記事では、感度・特異度が過大評価されている問題が指摘されていた。ほとんどの場合、宣伝されている感度・特異度は「すでにがんと診断された患者集団」と「すでにがんではないことがわかっている健常者集団」という二つの集団から求めた“two-gate design”研究から算出されており、がんであるかどうかがわかっていない自覚症状がない一つの集団を対象にした“single-gate design”の研究は行われていない。私の知る限りでは一般向けの記事でこの問題点を最初に指摘した記事である。このような質の高い記事が増えて欲しいのだが、やはりコストに見合わないのであろう。


*1:事前チェックが反映されず校正漏れが生じたことはある