黄金の花を咲かせる植物「シルフィウム」は、古代ギリシャの勃興前からローマ帝国の最盛期まで、地中海世界で最も愛された食材のひとつだった。
腹痛からイボの除去まであらゆる症状に効く万能薬とされたほか、レンズマメを煮込む際に香辛料として使われたり、最高級のフラミンゴ料理に添えられたりもした。ユリウス・カエサルがローマに君臨した時代には、黄金とともに500キロ以上のシルフィウムが宝物庫に貯蔵され、その苗には銀と同等の値がつけられたという。(参考記事:「古代ローマで大人気、万能調味料「ガルム」とは」)
シルフィウムに関する最古の記録は、紀元前638年のもの。北アフリカ、現在のリビアがあるキレナイカの沿岸で「黒い雨」が降った後にこれが生えたという。ところがそのわずか700年後、シルフィウムは古代の地中海世界から姿を消した。紀元1世紀にローマの博物学者、大プリニウスが著した『博物誌』にはこうある。「見つかったのはたった1本。そしてそれは、皇帝ネロに献上された」
中世以降、古代の文献の記述に刺激を受けた植物学者たちが、この驚くべき植物を探し求めて3つの大陸を巡り歩いたが、発見できた者はいない。歴史家たちはこれを、最古の「絶滅の記録」と見なし、人間の飽くなき食欲が一つの種をこの世から消し去ってしまうという教訓だと考えている。
しかし、シルフィウムは本当に絶滅したのだろうか。トルコのある大学教授は、40年近く前の幸運な出会いと、その後の数十年に及ぶ研究の結果、1000年以上前に歴史書から消えた幻のシルフィウムの生き残りを再発見したのではないかと考えている。しかも、それは元々あった場所から1300キロも離れた場所でひっそりと生えていた。
化学物質の宝庫
トルコのイスタンブール大学教授で生薬学を専門とするマームット・ミスキ氏は、38年前、博士号取得後の研究中にその植物に出会った。当時、ミスキ氏は助成金を得てセリ科オオウイキョウ属(Ferula)の植物の標本を集めていた。セリ科の植物には、ニンジンやフェンネル(ウイキョウ)、パセリなどがあり、様々な病気に効く化合物を含むことで知られている。
1983年の春、トルコのカッパドキアにある小さな村に住む2人の少年が、険しい土の道を行き、その先にあるハッサン山の斜面へとミスキ氏を案内した。少年たちの家族は、ここで大麦とひよこ豆を作り、細々と生計を立てていた。そこでミスキ氏が見たのは、異常に背が高く、茎が太いオオウイキョウ属の植物だった。
茎からは、辛味のある樹脂が滲み出ていた。その後の調査により、これと同じ標本は、ハッサン山から東へ240キロ離れた場所で1909年に採取されたものがただ一つ存在するだけであることがわかった。この植物は後に新種記載され、フェルラ・ドルデアナと名付けられた。
フェルラ・ドルデアナは化学物質の宝庫なのではないかというミスキ氏の予感は当たった。根の抽出物を分析した結果、30種もの二次代謝産物が含まれていることが明らかになったのだ。二次代謝産物は、植物の成長や繁殖に直接貢献するわけではないが、何らかの優位性をもたらすとされている。
こうした化合物の多くは、抗がん作用、避妊の効果、炎症を抑える効果があるが、なかでもシオブノンは脳のガンマアミノ酪酸(GABA)受容体に作用し、フェルラ・ドルデアナが発する独特なにおいに関係している可能性があるという。ミスキ氏は、さらに分析を続ければ、ほかにも医学的に興味深い未知の化合物が数多く発見できるかもしれないと期待している。
驚きの共通点
フェルラ・ドルデアナに医学的可能性が秘められていることはわかったが、古い植物学の文献で読んだ幻の植物シルフィウムとの関連性についてミスキ氏が考え始めたのは、2012年に再びハッサン山を訪れたときだった。フェルラ・ドルデアナの世話をしていた若者から、ヒツジやヤギによく葉を食べられるという話を聞いて、大プリニウスによる『博物誌』のなかの、ある記述に思い当たった。
そこには、ヒツジがシルフィウムを食べて肥え太ったと書かれていたのだ。さらに、フェルラ・ドルデアナの樹液に引き寄せられた昆虫たちが交尾を始めているのを見て、シルフィウムには媚薬効果があるという言い伝えがあったことも思い出した。
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