中退・不登校の人の個別学習塾を運営・山口真史さんにインタビュー
- 2024/06/06
選択肢の広がった時代だからこそ
学校に行く行かないによらず
人としての成長をサポートしたい
「せっかく普通の学びに違和感を持ったのだから、学校ではなく自分を軸に考えて、新しい学びへと踏み出してほしい」と考える山口真史さん。塾を立ち上げた経緯や子どもたちへの思いを聞きました。
この記事は、2024年6月1日サンケイリビング新聞社が発行した冊子「リビングセレクション2025 不登校・中退生の進路 保護者のための学校選び」に掲載されています。
山口真史さん
1981年生まれ、奈良県出身。奈良工業高等専門学校中退、関西学院大学卒業、同大学院教育学修士取得。中学・高校の教員を経て、2013年に一般社団法人new-lookを設立し、TOB塾を開校。
学校の枠に閉じ込めず自由に
近鉄学園前駅すぐの民家に、「TOB塾(とぶじゅく) 奈良校」を構える山口真史さんを訪ねました。同塾は、主に高校を中退した人や不登校の人を対象に、高卒認定の資格取得、大学・専門学校への進学、就職のための準備をサポートする個人学習塾として2013年にスタート。現在は、西宮・奈良・京都の3カ所で運営されています。
山口さんの前職は、中学・高校の教員でした。「その学校は子どものさまざまな事情に柔軟に対応しようとするところだったのですが、それでも辞めていく子どもはいました。その子たちがそのあとどうしているのかが気になって、学校の中のことはたくさんいる先生方にお任せし、自分は学校の外でできることをやってみようと、この事業を始めました」
「TOB」には、“Think Outside the Box (型にはまらないで考えよう、常識を打ち破ろう)”という、自分らしさを応援するメッセージが込められています。
「私自身、高専を中退しているのですが、そのころ出会った高校中退の人たちは、行動力があり過ぎたり、発想力が豊か過ぎたりと、既存の学校の枠には収まらない人が多かったです。それを良しとしてそのまま育てていくことができれば、本人も生きやすいですし、社会全体にとってもよいことですよね」
周囲の熱意に圧倒され高等専門学校を中退
山口さんに、工業高等専門学校を中退した理由について尋ねてみました。
「高専に進学したのは、高校と専門学校が一つになったような形態が合理的でいいなと思ったこともありますが、学校の先生や母親に勧められたこと、推薦がもらえたことが大きくて。ものづくりがしたい、と強く思っていたわけではなかったんです。ところが入学してみると、周りは、『バイクをいじるのが好きだからここで学びたい』『本気でガンダムを作ります』と熱い気持ちを持って、遊びも勉強もしっかりやる子ばかり。そこまでの興味がない自分は、ちょっと違うなと。1年生の6月か7月には、辞めたいって言ってました(笑)」
加えて授業の進むスピードが速く、中学では理科や数学が得意だった山口さんでもついていくのが難しかったと言います。それでもすぐに辞めなかったのは、幼いときに父が亡くなったあと、一人で育ててくれた母への気持ちからでした。
「当時は一人親家庭という言葉もなく、母子家庭への偏見が残っている時代でした。中退することに私自身は抵抗はなかったのですが、母親としては、将来の就職や結婚で不利になることがないように、と思っていたようです。あまり勉強もせず籍だけ置いているような状態でしたが、高卒資格を得られる4年生まではとがんばり、母にも退学を納得してもらいました」
その後は、1年間の受験勉強を経て見事大学に合格。社会人を経験したあと、再び大学院で教育学を学びました。
将来のため、自身の課題とも向き合えるように
高卒認定試験のために勉強したい人をはじめ、通信制高校の課題をサポートしてほしい人、大学受験を目指す人、休みがちな学校の勉強を見てほしい中学生、転職するために勉強したい社会人など、幅広い世代が通うTOB塾。その学習指導には、自身の高専での経験も生かされています。
「型にはめずに、一つ一つしっかり理解して着実に先に進むことを心がけています。英語が苦手な人には、構文を暗記させるよりも日本語の文章を分析して英語との違いに気付かせたり、英文和訳では正解例の文章が唯一の答えではないことを伝えたりします」
さらに、テストの点を上げる、レポートをきちんと提出する、といった目先の結果を求めるだけでなく、「この先の社会で経験するであろう失敗や葛藤もここで経験してもらえたら」と話す山口さん。大学に進学したものの、自分と向き合う経験の少なさから適応できず通えなくなる、形だけ大学を卒業したけれど就職でつまずく、ということにならないためです。
「まずは講師が一人一人の塾生をよく知り、“この人はうそをつかない、自分に役立つことを言ってくれる人だ”と感じてもらえるような信頼関係を築くことが大切です。そのうえで、進路について、本人の興味や希望に沿った可能性を提示しながら、考えられるリスクや懸念についても伝えるようにしています」
例えば、通信制高校の生徒で栄養に興味を持ち大学進学を考えている塾生に、「大学ではいろいろな成分の名前を覚えないといけないだろうから暗記の力も鍛えておこう」と提案しても、「嫌だ、できない」と拒まれるのはよくあること。それでも、必要性を考えながら声をかけます。「バランスが難しいのですが、きれいごとで済ませず、自分自身の課題と向き合う一歩を後押ししたいですね」。
勉強に取り組めるようになって一般的な塾に替わる生徒もいれば、“生きる能力を身に付けたい”と通い続ける全日制高校の生徒もいるのだそうです。
民間・行政の受け皿が増加
“中退したら終わり”ではない時代に
「10年ほど前は、学校は必ず行くべきもので“中退したら人生終わり”とでもいうような風潮。決して終わりじゃない、本人の気持ち次第でさまざまな道が開けることを知ってほしい、必要な情報や知識を伝えたいという思いでTOB塾を立ち上げました。それが今では、通信制高校やサポート校が一般的な存在となり、“不登校や中退なら通信がある”という雰囲気に変わっています」と、社会の変化を実感する山口さん。「以前は西宮で夜回りの活動もしていたのですが、今は警察の指導もあって、今まで出会っていた定番の場所をうろつくような子どもは、ほぼ見かけなくなりましたね(笑)」
また、近年は、教育支援センターや学びの多様化学校(不登校特例校)の設置などの施策が推進され、子どもがフリースクールに通う家庭に自治体が補助金を出す動きもあります。
「民間・行政問わず、受け皿が増えることでより多くの人が救われるようになりつつあります。今後は、これらの新たな枠組みの中で自分らしい成長をどうサポートするか、そこからもこぼれてしまう人にどんな支援ができるか、考えていきたいと思っています」
学校選びは多くを求めず目的をしぼって
同塾の相談窓口には、学習や進路のほかにもさまざまな相談が寄せられます。引きこもっている子どもにどうすればよいかという、保護者からの相談も多いそう。
「外から働きかけて子どもの気持ちを動かすのは難しいことです。さまざまな道筋は調べておくけれど、押し付けるのではなく、本人が自分の意志で情報に触れられるようにできるといいですね。心配だと思いますが、全部を子どもの方に向けてしまわず、保護者は保護者で自身の好きなことをして外の風を取り入れることも大切、とお伝えしています」
通信制高校を選ぶときのポイントは、“多くを求めすぎないこと”という山口さん。「まずは何のためにその学校に行くのか、目的をしぼりましょう。一番の目的は、高卒の学歴がほしいのか、学校生活で思い出を作りたいのか、例えば興味のあるゲームを学びたいのか。今の通信制高校はいろいろな体験ができるところが増えていますが、あれもこれもと希望をふくらませていくと、抱えきれずしんどくなってしまうこともありえます。保護者としても最善の1校を選ばなければと意気込んでしまいがちですが、失敗してもOKというくらいの気持ちでいた方が、本人も気が楽かもしれません」とアドバイスしてくれました。
「学校選び以外でも、全てのニーズを満たすものが見つかるまで動かないというのではなく、不完全でもよいので何か一つを求めて動き出してみることです。それを続けていくと、気付いたときにはずいぶん先に進んでいた、ということになるのではないでしょうか」
【取材協力】TOB塾
定期的な通塾のほかにインターネットコースも。相談窓口も設置。
DATA
西宮本校=西宮市高木西町14-6
奈良校=奈良市学園南1-1-18
京都南教室=城陽市寺田庭井1-6
Web=https://www.new-look.jp
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