『ネットワークパワー 日本の台頭  「失われた30年」論を超えて』  by ミレヤ・ソリース

『ネットワークパワー 日本の台頭  「失われた30年」論を超えて』 
ミレヤ・ソリース 
上原由美子 訳 
日経BP  日本経済新聞出版 
2024年7月17日 1版 1刷
JAPAN’S QUIET LEADERSHIP (2023)

 

日経新聞 2024年9月21日  朝刊の書評 で紹介されていた本。 記事では、日本の強みとして
(1)ポピュリズムに流されない政治的強靭(きょうじん)性/社会的一体性
(2)制度改革による政治指導者の統率力強化
(3)インド太平洋地域における連結性の追求
があげられ、
”本書は、我が国の実像に新たな視点をもたらした研究書として、今の日本へ勇気を与えてくれる実に頼もしい一冊である。”とあった。

 

私自身、 最近ずっと気になっていたのが、 何で日本はアメリカやヨーロッパ各国のように  強烈なナショナリズム 、ポピュリズムが台頭してこないのだろうか?、ということ。極端な二極化には陥っていないことが、不思議だなぁ、と思っていた。

もちろん 自民党派、反自民党派というのはあるけれど、 それが極端な二極化で対立し合うという社会全体の構造は見えない。政治論で友人関係が気づまりする、ということはあまりない。もともと、政治と宗教の話はするな、、、っていう風潮もあるとは思うけど。

 

著者のミレヤ・ソリースは、 ブルッキングス研究所東アジア 政策研究センター所長。 日本の対外経済政策、国際貿易政策、米国のアジアにおけるエコノミックステートクラフトの研究を専門とする。 ニューヨーク・タイムズ、 ファイナンシャル・タイムズ、 ワシントン・ポスト、日本経済新聞、フォーリン・アフェアーズ誌などに寄稿。

 

表紙裏の説明には、
” 「失なわれた30年」という常套句とは裏腹に、日本はポピュリズムの波にも呑まれず、国際的には「インド太平洋」構想をリードし、連携のダイナミックスを通じてより重大な役割を担う存在として地位を高めるに至っている。 なぜ、このようなことが可能になったのか。

外国人労働者問題に象徴される「開国」、 小泉政権・ 安倍政権・ 岸田政権のマクロ政策や労働市場改革、農業改革などの経済面での変革、選挙制度改革、官邸機能の強化、ポピュリズムに蝕まれない民主制など国内政治の変化と特質、企業によるグローバルサプライチェーンの構築。および TPP 協定での主導的性の発揮をはじめ、中国の台頭に応じた地経学・地政学戦略の展開。そして日本の強靭性(レジリエンス)、社会的な安定性、変化に対応する柔軟性ーー。 本書は バブル崩壊以降、現在に至る 日本の変貌を変化と適用のストーリーとして描き出す。

米国の日本研究の大家が、日本の政治経済における変化をビビッドに捉え、 日本が展開するステートクラフト、 新たなリーダーシップの背景と意義を明らかにするとともに、 人口減少、格差問題、中国・韓国との関係 など、 切迫する国内外の課題も示す。”とある。

 

目次
日本語版序文
序章  停滞を語る声に背を向けて
第1部  グローバル化
  第1章 経済グローバル化の中での安定
  第2章 日本の外国人労働者
第2部 経済
 第3章 「失われた30年」の失敗、そして成功 
 第4章 アベノミクスの登場 
 第5章 日本再興への道
第3部 政治
 第6章 日本の政治における変化と継続性 
 第7章  ポピュリズム時代における日本の民主主義
第4部 地経学
 第8章 ルールにもとづく秩序における連結性主導者としての日本
 第9章 日本のエコノミック・ステートクラフトの明瞭な強み
第5部 地政学 
 第10章 安全保障の役割をどう担うか、深まる苦悩 
 第11章 より有能な日本 
 第12章 「万人の万人に対する闘争」が広がる世界で、その手綱を取れるか 
終章 分断した世界におけるネットワークパワーとして

 

感想。
う~~ん、、、、微妙。。。私の中の疑問、なぜ日本はポピュリズムが台頭しないのか?の答えは、政治に無関心だからか?!?!、、そういっているようにも聞こえる。全般に日本に対して期待を込めて本書が記されたというトーンは伝わる。だがしかし、、、ずいぶん表面的なものの見方ではないか?と、反発を思えなくもない・・・。小泉政権、安倍政権、岸田政権を手放しに評価しているわけではないけど、、、基本的には政治改革が成功した、というトーンに聞こえる。う~~ん、イマイチ、私にはしっくりこなかった。それ、あなたは日本で暮らしたことないでしょ、ってつっこみたくなるような、、、感じ。かつ、自民党を褒めて、野党の失策を非難しているような、、感じが否めない。失策はあるよ。それから学ばないというのが本当の失策だ・・・。

 

また、全体に、日本のことを記しているというよりも、 日本の世界の中での立ち位置を記すために、世界の流れを描いている本として読んだ方が、楽しめる。そういう視点で見ると、近代史の勉強になる。

 

著者は、 日本社会の一体性は、生活水準の高さ、交通インフラが整っていること、公教育の質の高さ、防災・治安の良さに支えられているという。
たしかに、それは、そうかもしれない。

 

公教育の質の高さは、 エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』でも、語られていた。 今の教育についてはたくさんの課題があるにせよ、80年代でも、2020年代でも、他国に比べると 日本の公教育というのは、質が高いらしい。。 。 

megureca.hatenablog.com

 

コロナパンデミックのなかでの日本のワクチン接種率の高さ、 人口当たりの新型コロナウイルス関連死の少なさ、といったことも日本らしい安定といっている。まれに、ワクチン陰謀論を口にする人はいるけれど、多くの日本人は一定の良識を以ってワクチンを接種していた。そういう、自己判断ができるのも公教育の成果なのかもしれない。


気になった点を覚書。
・失われた30年につながった三つの失策
 1. 不良債権に対して 早期 たる断固たる対策を取らなかったこと
 2. 日本銀行が状況のハンドリングに対してあまりにも 消極的であったこと。 1999年に試したゼロ金利政策は短命。 2001年から2003年にかけての量的緩和も徹底したものではなかった。
 3. マクロ経済政策と財政政策の食い違いが頻繁に生じたこと。 緊縮財政と構造改革を一緒くたにして日本経済の再生を目指したこと。

 

・ 企業統治改革は、安倍政権日本再興プログラムの要だった。その時導入された「 コーポレートガバナンス」が功をそうしている。

 この主張に私は共感できない。従来ながらの日本企業では、配当金と短期的な収益性指標を優先する株主資本主義ではなく、役職者は 内部から昇進させ、株式を持ち合う、 関連企業や下請け会社との密接な結びつきと連携を重視するという 傾向があった。著者は、それが 企業の意思決定へのマイナス影響があったというのだが、はたしてそうだろうか???

どちらかと言えば、コーポレートガバナンスが、「社外取締役」という無責任ポジションをうんでいないか?と感じている。もちろん、正しく機能している社外取締役もあるだろうが、、、。

 

・政治家に対する著者の表現。「小泉純一郎:テレビ映えがして有能。鳩山由紀夫: 陰気で無能。」
 やや、「お前に言われたくないよ!」という気がする・・・。仮にそうだとしても、失礼だ。

 

・政治に関して、日本の首相のリーダーシップパワーは、安倍政権で実現した、と。う~~ん、、これも、微妙。
そして、
” 強固な執行力を備えたリーダーシップは、デフレ経済との戦いと、 より先手を打った外交戦略の式という点で、 確かに 日本に恩恵をもたらしている。 しかし実力ある中道左派政党がいないせいで、与党の自民党に対するチェック&バランスの力が弱い。 この状況は、当の自民党がいささか不吉な響きを持つ 「この道しかない」といったスローガンを掲げて選挙運動を展開している様子や、自らを「決断と実行。」の党と謳っている様子にもよく表れていると言える。”
この与党と野党のバランスに関する指摘は、妥当かもしれない。

 

・TPPが アメリカ離脱でとん挫しても、 日本のリーダーシップにより CPTPPが実現した。 「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)においても、日本がリーダーシップを発揮している。


・” 日本の国家的傾向の表現としてより適しているのは 絶対的反戦主義(パシフィズム)から現実主義(リアリズム)へというよりも、プラグマティズムではないだろうか。”

 プラグマティズム: 「実用主義」「実際主義」「行為主義」

ちょっと、わかる気がする。

 

・ 著者が評価する日本のリーダーシップ。
1  グローバル化への適用、社会的一体性、民主制の安定を通じてポピュリズムの波に飲まれない強靭性があること。
2  制度 行政改革があり 巧みな 政治マネジメントを進める時期があったことで 政治 指導者の意思決定力が強化されたこと。
3  経済・安全保障のパートナーシップ構築とルール形成を通じた影響力の獲得など、 総力を上げてネットワーク外交戦略を駆使していること。 
4  地政学的不確実性が深まる時代のリベラルな国際システム維持という点で、日本が発揮する新たなリーダーシップに大きな価値が生まれていること。

 

絶対的強者がいないという、、、世界の潮流がかわってきたことで、日本の「和」を重んじやり方が評価されるよういなったのか。

まさに、原書のタイトル、『JAPAN’S QUIET LEADERSHIP』が、求められる時代に、世界がかわってきたかもしれない。

 

主語がなくても成り立つ日本語、あいまいな表現、多くを語らない、などグローバルビジネスにおいて、日本人的行動を弱みと指摘する例はたくさんある。が、それらの行間をよむ共感力、対立を避けようとする文化、、、それが日本の強みとして、世界を繋げる役割を担えるのだとすれば、すごいことではないか。

 

静かなるリーダーシップ。いいんじゃない。

たしかに、希望があるかもしれない。

 

余談。

本書の中で、地経学という言葉が出てきたのだが、聞きなれないので調べてみた。

地政学(geopolitics)に、経済的視点が加わったもの。地経学は英語では、Geoeconomicsといって、冷戦終結以降の90年代から使われていた。日本で地経学として頻繁に使われるようになったのは、21世紀以降。国家や地域が経済力を通じて地政学的影響力を行使する方法を分析する学問分野、ということらしい。経済制裁が国家間紛争に使われるようになって使われるようになってきたらしい。

 

政治経済の本を読むときには、ちょっと「地経学」にアンテナを張ってみよう。

 

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