ググっても「必要な情報」になかなか出会えないあなたへ。元国立国会図書館の司書が教える、調べ物の技術

小林昌樹さんトップ画像


今週あなたは仕事で何回「調べ物」をしましたか?

仕事においても、日常生活においても、私たちは常に何かを調べています。

そして、近年は「探す方法」も増えて、さまざまな情報にアクセスしやすくなりました。しかしその反面、得られる情報量が多く、「正しい情報かどうか」の判断は難しくなったと言えます。調べ物をしながら「これじゃない……」を繰り返した経験は誰しもあるはず。

「国会図書館にはのべ4700万点の本やその他の資料があるけれど、調べたい内容がその中に書いていないこともよくあるし、本の内容が直接検索できるようになっているのは、2024年9月時点だと体感で3割くらいなんです」。

そう語るのは、国立国会図書館のレファレンス業務に15年以上携わり、著書『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』がSNSなどで話題を集める小林昌樹さん。

レファレンス業務とは、図書館の利用者が必要な情報を得るために、必要な資料を検索・提供し、随時回答する業務であり、つまりその業務に携わる図書館員は、いわば”調べ物のプロ”。

そんなプロの技術があれば、不毛な調べ物をしなくても済むはず。そこで今回は、情報の海の泳ぎ方を誰よりも知る小林さんに「知りたい情報の調べ方」をお伺いしました。

小林昌樹さんプロフィールカット
小林昌樹さん。1967年、東京生まれ。1992年、慶應義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務に従事。2021年に退官し慶應義塾大学でレファレンスサービス論を講じる傍ら、近代出版研究所を設立して同所長。著書に『調べる技術』『もっと調べる技術』(いずれも皓星社)

調べ物は“調べる前”から始まっている。プロが実践する「あたり」のつけ方

──競合調査をはじめ、ビジネスの場にはさまざまな「調べる仕事」があります。小林さんは『調べる技術』と題した書籍を直近2冊出版されていますが、背景にはそうしたビジネスシーンにおける「調べる力」のニーズの高まりがあるのでしょうか?

小林昌樹さん(以下、小林):出版のタイミングは狙ったわけではありませんが、ビジネスの場かどうかを問わず、調べ物のニーズ自体は爆発的に増大しましたね。例えば、1990年代までの紙メディア主流の時代なら、もし疑問が生まれても「(重大事なので調べ方がかっちり決まっている)病気や財産問題などのトラブル」にまつわるものでない限り、周りの人に聞いて分からなければ調べられないことも多かったでしょう。

それが今や、検索エンジンを使えばテキストのみならず画像や音声にもアクセスできて、誰でもキーワードから簡単に文献を探せるようになった。それによって調べ物が身近になりました。

ただ、あまり知られていないのが、調べ物をする際に使うツールにも使い方があるということです。検索エンジンや調べ物の道具として使う本、データベースにも「この順番で調べたほうが効率的」とか「これはセットで使うべき」といったノウハウがあるのですが、これまであまり語られてこなかったんですよね。今回はそれを簡単にご紹介できればと思います。

──たしかに、ツールの使い方や調べ方の順番まではあまり考えたことがないですね……。

小林:難しい調べ物を依頼された場合には、先に「答えがどこに載っていそうか」考えると良いかもしれません。私はこのフェーズを「あたりをつける」と呼んでいるんですけど。

どんな資料になら答えが載っていそうか想像してみて、それが今どうやれば検索できるのかを探るんですね。意外とみなさん、どういうツールで検索しようか先に考えると思うんですけど、順序が逆なんですよ。

──自分も「どんなツールで調べるか」から考えてしまっている節があるかもしれません。

小林:この考え方を実践すると、例えば「親が経営していた小さなお店」について詳しく知りたいとき、まずはどこに情報があるか考える。すると、「専門雑誌に広告を載せていた」などの断片的な情報を思いつくだけで、昔の雑誌広告を探せるデータベースを使おうと思いつくことができる。漠然とお店のことを調べているだけだと、たどり着くのが難しいかもしれません。

簡単に答えが出る調べ物なら、いきなり検索してみてもいいんですが、難しい調べ物の場合には、答えが出る可能性を広げていく方法として、先に「あたりをつける」ようにしていますね。

グラフィック1

──「あたりをつける」にはコツがありますか?

小林:調べる事柄の「属性」を考えるのが良いんじゃないでしょうか。属性とは、調べる事柄が存在していた時代、場所、有名か無名かといった情報。その事柄の属性を一つ一つ抽出し、掛け合わせて検索しながら、答えが載っていそうな資料や文献を探っていくんです。

例えば、「古代ローマの軍人の服装をカラーで見たい!」と思ったら、「古代+ローマ+服装+軍人」と分けてそれぞれの要素ごとにずらした方向で調べるとか。 なんだか資料の内容が思い浮んできませんか?

グラフィック2
調べたいことを「属性ごと」に分けると資料を探しやすい

国会図書館で調べ物の質問に答えていた時も、聞かれていることがどの知識ジャンルで探せば見つかりそうか分かれば、すっと答えが出せていて。

特に図書館の本は、そういった知識ジャンルごとに体系化されて整理されているんですよね。どの知識ジャンルで探せば答えが見つかるか、をあらかじめ経験的に知っていれば、答えの載っている本がわりあい簡単に探せます。

──ネットで難しい調べ物をする場合はどうすればいいんでしょう。

小林:Googleは全てのサイトを横断して、分からないことを自動的に調べてくれるので、皆さん逆に昔風の調べ方が分からなくなっちゃっていますよね。

Google検索が主流になる前のインターネットの世界は、専門的なデータベースがたくさんあって、それをユーザー側が選んで利用していたんです。ディレクトリ型検索エンジン(編注:テーマやトピックごとにWebサイトを人力で分類して掲載する検索エンジン。ネット上の情報を自動収集し、アルゴリズムに基づいてデータベースに登録、順位付けをするGoogle検索はロボット型検索エンジンと呼ばれる)と聞くと思い出す人もいるんじゃないかと思うのですが、そういうGoogle検索以前の調べ方を考えてみるといいかな。

インターネットでの検索もそれ以外も、まずはどこに答えが載ってそうか「あたり」をつけて、その知識ジャンルの棚を見たり、専門のデータベースを検索してみる。調べたい事柄にはいくつか複数の属性があるはずなので、その属性に合わせてデータベースを変えながら、キーワードを投げてみる。

具体的には、私が国会図書館で扱っていた人文リンク集を使ってみると良いかもしれません。知識ジャンルごとに専門のデータベースが紹介されているサイトで、とりあえずどの知識ジャンルで答えが出そうか考えて、人文リンク集で専門的なデータベースを見つけてその中で探してみることができます。

小林昌樹さんインタビューカット

──調べるものを属性で考えるのは面白いですね。

小林:私は質問を聞くと、その事柄の属性から、どれくらいの労力で答えが出そうか感覚的に分かりますよ。

──すごい! 仕事の調べ物では、たくさんの時間と手間をかけられないことが多いので、どれくらい答えが出るのに時間がかかるか、あらかじめ把握しておくのも大切ですね。

小林:ビジネスの場で役立つかどうかは分かりませんが、調べたい事柄を時代で考えると、調べるのにかかる手間がだいたい分かります。例えば、時代を大きく「明治維新より前」「明治維新から第二次世界大戦の前」「第二次世界大戦の後」の3つに区切っちゃう。

まず、戦争中に日本の大都市はほとんど焼け野原になっているから、戦前のことって分からないことが多い。

だけど、明治維新より前——つまり江戸時代とかのことになると、また事情が違ってくる。当時の文書で使われていた、くねくねした、いわゆる「くずし字」を、現代の人はほとんど読めないので、その調べたい事柄自体、最近出た歴史関係の書籍を読んだりテレビで見たりしたことをきっかけに知ったものだったりする。そうすると、意外とちょっとした手間で分かる、と。

難しい調べ物に有効。欲しい答えに出会う可能性を広げる「ずらし」の技術

小林:調べたい事柄の属性を複数抽出しておけば、一つの属性で答えが見つからなくても、それぞれ上位語(より広い概念の言葉)や下位語(より狭い概念の言葉)、関連語にずらして探すこともできます。

──上位語や下位語にずらす、とは……?

小林:例えば「古代ローマ軍人の服装をカラーで見たい!」となった場合、私だったら国会図書館の資料を検索するNDLサーチで「服装+ローマ+図集」を探すと思います。

ただ、それで都合の良い本が見つかるとは限らない。

その場合は、抽出した属性をずらします。具体的にはローマの部分を上位語のヨーロッパにして「服装+『ヨーロッパ』+図集」とするとか。あるいは、図集に限らず普通の本なら存在するかもしれないので、「服装+古代」で検索するとか。

──小林さんの『調べる技術』を拝読して、小林さんは調べ物をする時に上手に「ずらす」ことで、調べる幅を広げられているなと感じました。競合を調べる時、プロダクトの種類だけでなく、業界だったりユーザーに提供している価値だったりと、切り口をずらしながら調べると、新たな視点が見えてくるのと似ていますね。

小林:ずらし方は色々あるかもしれませんね。私は「わらしべ長者法」と呼んでいるんですけど、探しているキーワードで情報が見つけられないときは、なるべく他のキーワードに乗り換えられないかを意識的に考えていて。

今ならChatGPTを使って「◯◯を違う言い方で言ってください」と聞いて、ずらす方向性を壁打ちしてもいいかもしれない。生成AIはアイデアの幅を広げてくれる相手として適任ですから。

小林昌樹さんインタビューカット

──なかなか答えが出せない難しい調べ物は「答えが出る可能性を広げる」のが大切なんですね。

小林:「一緒に出るもの探索法」というのもあります。例えば、「江戸時代の火打ち石の絵が見たい!」と言われたとする。当然、「火打ち石」というキーワードで画像検索するわけですけど、あんまり火打ち石だけで絵にはしないですよね。それじゃあ、絵が見つからない時どうするか。

答えは、火打ち石を使う場面をいくつも考えちゃうといいんです。

時代劇を見る人ならわかるんですけど、誰かが外出するときに無事安泰を願って火打ち石を使う場面がある。それじゃあ、誰かが出かけるのを見送る人の絵はないかって探せばいいわけですね。

──「〜といえば」みたいな感じで類推して、調べるキーワードを引き出すわけですね。

小林:「ずらし」の考え方はまだまだあります。例えば「戦時中の飛行場の地図を見たい」と言われても、そんなものは機密情報なので出版されない。なので、GHQ文書にある日本攻撃計画書や、戦争直後の国土地理院地形図で代用するとか。

──情報がある場所を探す探偵みたいで楽しいですね。

小林:調べるツールの使い方自体を「ずらす」方法もあります。ベテランの司書がどんな質問にでも答えてしまうのは、各データベースや参考図書の別の使い方を“たくさん​”​知っているからなんですよね。ある目的で作られたデータベースを別の目的で(〜として)使うことから、私は「として法」と呼んでいるんですけど。

例えば『NDL Authorities』というリストは、本のデータを作るためのリストなんですけど、人名のデータベースとしても使える。生没年くらいならおまけで調べられるので、「◯◯さんは何年生まれなのか」はそれを見ればわかります。

──会社の中にあるデータベースの成り立ちや元々の使い方を把握しておくと、思わぬ調べ方を思いつくかもしれないんだな……と思いました。

完璧な答えは出さなくてもいい。「相手が本当に必要な情報」を探るためのヒアリング術

小林:他にも「平安京の住宅地図を見たい」と言われたこともありました。平安時代に住宅地図なんて作られていませんから、形式的に正しい答えは「ありません」です。

ですが、完璧な答えを準備できないからって全く情報を提供しないよりは、少しでも情報を出した方が、相手の満足度は上がりそうですよね。なので、完璧に正しいわけではない資料でも、使えるものは出しちゃっていました。

──それはビジネスにおいても大切ですね。完璧な正解はなくても、ヒントになるような資料だけでも出す。

小林:よくよくヒアリングしてみると、質問してきた人も、別に平安京の小型模型を作りたかったわけじゃなくて、昔の資料を読んでいたときに「あの人の邸宅はどのあたりかな」と気になっただけだったんですね。

そのレベルの情報ならば、そこまで精密な地図が必要なわけじゃない。高校生が持っている国語の便覧の大型版みたいなものが図書館にあって、そこに略地図が書いてあるので、それをお見せすればいいということで、情報を提供しました。

──質問する人が欲しい情報を深く理解して調べ物をされているのが印象的です。

小林:「調べたい事柄についてどこで聞いたり見たりしたのか」という文脈をなるべく聞き出すようにしていましたね。人物調査の場合には、その人がどこでどれくらい有名な人なのかで探し方が全然違うんですよ。なので、質問者とは長めに話をするよう心がけていました。

「何を職業にされてたんですかね?」という質問をして、その人がいた場所や時代を聞いていくとか。その情報のコンテキストを探る質問ですね。世間話が得意な人の方が、難しい調べ物をするのは得意かもしれません。

小林昌樹さんインタビューカット

──他にも調べ物のコツはありますか?

小林:すぐに答えが出ない難しい質問に答えようとする場合、一度に時間をたくさんかけるんじゃなくて、少し時間をあけながら少しずつ進めたほうが答えが出やすいかもしれないですね。

調べ物は推理小説にちょっと似ていて、証拠集めをしたら、それを眺めてちょっと考える時間が必要なんです。集まった情報を眺めている間に、調べるのに役立つ、違う視点も見つけられることもありますし。

調べた内容をぼんやり眺めながら、こっちの証拠が足りてないなとか、ダメ元でもう一度調べてみるかと考えていましたね。

難しい質問への答えが出る時って大抵「だいたい調べてみたけど何も見つからなかった」「試しにこっちも調べてみよう」ってジグザグ進めながら調べているときなんですよ。

──調べるコツをうまくつかめるようになれば、調べることがより楽しくなりそうな気がします!

小林:私は趣味で8年ほど「立ち読みの歴史」について調べているし、調べることをライフワークとする「趣味人」になろうと思っているくらいですからね(笑)

私の経験としても、調べるスキルを高めると、まず、仕事が楽しくなった実感がありました。仕事の進め方という側面でも、思い込みによる間違いを防いだり、アイデア出しの幅を広げられたりとメリットが多かったです。

その先に、皆さんも視野が広がったり、業界や物事の全体観がわかるようになったりする楽しさを感じてもらえると思います。


「調べる力」はキャリアアップや仕事のレベルをもう一段階上げるためにも、欠かせない力の一つです。マイナビ転職には、キャリアアップを通じて給与アップを実現する求人が数多く掲載されています。ぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。

マイナビ転職 給与アップ応援宣言

tenshoku.mynavi.jp

取材・文:りょかち
写真:関口佳代
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職


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