オープンイノベーションと闇イノベーション

Taka Umada
12 min readJan 30, 2017

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先日、とある人の Faccebook での投稿で「オープンイノベーションは都市伝説」という発言があって、私もそれに近い感覚を持っているので今の考えをまとめておきます。

オープンイノベーションの成功例

国内外のオープンイノベーション事例や日本国内の現状については、300 ページを超えるNEDO のオープンノベーション白書 (2016) によくまとまっています。

こうした白書や本に掲載される事例を見ていると、オープンノベーションには確かに成功例はあるものの、向き不向きがあることに気付きます。

成功事例を見てみると、「課題が明確」でかつ「課題が衆目を引くぐらい面白い」ものであり、「課題を解決するための技術」をインバウンドで求めている、といった条件を満たすと成功しやすいように見えます。

たとえばよくオープンイノベーションの事例として挙げられる P&G のプリングルスのプリントチップスの事例を見てみると、そこでは「チップスに印刷をしたい」と P&G 側に明確な課題があり、そこにマッチする技術が外部で見つかった、というふうになるかと思います。

オープンイノベーション的な取り組みで新しいアイデアを求めると失敗する?

その一方で、技術やプラットフォーム先行のアウトバウンド型で、茫漠とした「アイデア」を社外に求めて、オープンイノベーションという名のもとでアイデアソンやハッカソンに期待をかけるところもあるように見受けます。

ただこういう場合、多くは失敗しているように見えます(ここでの失敗とは、結局何も生まれなかった、という失敗です)。そうした事例から「オープンノベーションは都市伝説」と言われるのではないかと思っています。

では、なぜアイデアを外に求めると失敗するのでしょうか。失敗する理由として思いつくものは以下のとおりです。

1. オープンだと良いアイデアが出にくくなる

アイデアの探索には広いネットワークが有効と言われ、たしかにその通りな面はあるので、社内外でオープンにアイデアを探すことは重要だと思います。しかし同時にオープンだと同調圧力がかかり、良いアイデアが生み出せないことが研究で指摘されています。

2. 新しいアイデア自体を社外に求める必要はない

特定の課題を解決するために自社にない技術が欲しい場合は別ですが、そもそも新しいアイデア自体は社内に多く眠っている可能性が高そうです。

Wharton School の教授で『オリジナルズ』の著者であるアダム・グラントは、ある分析調査の例を挙げます。いわく、200 人以上の被験者が 1000 件以上の新しい企画や製品のアイデアを考えたところ、87% はほかに類を見ない独特のものだったそうです。アイデアの新規性は外に求めなくても中にあるかもしれないわけです。

3. そもそも必要なのは新しいアイデアではない?

上記の言葉に続けて、アダム・グラントは「オリジナリティを阻む最大の障害はアイデアの「創出」ではない — — アイデアの「選定」なのだ」と言います。

Pixar の Ed Catmul も「独創性はもろい。そしてでき始めのころは、見る影もない。私が初期の試作を「醜い赤ん坊」と読んでいるのはそのためだ」と述べ、その後に、

私が「新しいものを守る」と言うときの「守る」の意味は少し違う。誰かが思いついたばかりの独創的なアイデアは、まだ不格好で曖昧で、確立されていない。そこがまさしく一番ワクワクするところだ。このもろい状態のときに、秘められた可能性を見抜けない人々、進化するまで待てない批判的な人々に見せれば潰されてしまう。すごく面白いものにするためには、あまり面白くない段階が必要なことを理解できない人々から新しいものを守るのは、リーダーの役目だ。(太字は引用者)

と述べています。

生まれたてのアイデアを守る仕組み

スタートアップ的に急成長するようなアイデアの初期は、殆どの人がその価値を理解できない狂ったアイデアです。そんなアイデアをオープンな環境に置いてしまうと、多くの批判を受けてそのアイデアは死んでしまうことになります。同様に、アイデアの実行や予算獲得の前に複数の承認プロセスなどがあると、途中でアイデアは潰されてしまう可能性が高くなります。

「最高のスタートアップは、究極よりも少しマイルドなカルト」とピーター・ティールは言いますが、ほとんどの人が信じないカルト的なアイデアを実行し、実装するためには少し閉鎖的な環境が必要です。

よくよくオープンとクローズの行き来やバランス、あるいは知の探索と知の深化などとも言われますが、オープンイノベーションの文脈において重要なのは、実は新しいアイデアを社内外でオープンに求める一方で、新しいアイデアをどうやって守るか(潰さないか)、あるいはそうしたアイデアにどうやって少額投資するのか(失敗を受け入れるか)、といった仕組みなのではないでしょうか。

闇研究(闇研)とカルトなチーム

そうしたときに改めて目を向けたいのは闇研究、いわゆる闇研の事例です。かつて日本の企業では闇研究から様々な発明が生まれたと聞きます。たとえばデジカメ、VHS、液晶、CD、第三のビールなどが闇研究の事例として挙げられます(もちろん闇研究的な話は美化されがちなので、話半分に聞く必要があるかもしれません)。

まさにこの闇研究は、承認や選定といったプロセスをパスして、かつあまりオープンにしないカルトなチームで行っていた研究と言えます。そうした研究によって、就業時間外に「知の探索」が行われ、企業内で新しいアイデアを生み出していました。

こうした闇研究を振り返って今のオープンイノベーションを考えると、

  1. (社内外で)オープンにアイデアや人との繋がりを探索したあと、
  2. 闇研究的なクローズの環境での開発(闇イノベーション)でアイデアを進められる仕組み

といった、オープンイノベーションと同時に闇イノベーション(仮)を容認する流れが企業内でもう少し必要なのではないかと思います。

逆に言えば、こうした闇を受け入れる仕組みがないと、オープンイノベーションという傘の元でアイデアソンやハッカソンをやったところで、参加者内での「やった感」や「なんとなく関係者全員の合意が得られるアイデア」は得られるでしょうが、その後アイデアがきちんと実装され、デプロイまで至ることはほとんどないように感じています(前職時代ハッカソン等に関わっていて、ハッカソン等の後に長く続くものがあまり出てこないことを実感してます)。

現代の闇研究の守り方

しかし大企業にはガバナンスや効率化が求められ、さらにテーマを絞った集中投資や成果主義、目標管理や残業規制が導入されて、研究開発に余裕や遊びがなくなり、闇研的なものは実施しづらくなってきているという話を聞きます。

さらに残念なことに、Wall Street Journal によれば、日本の経営者はイノベーションへの投資意欲が低く、根性論ベースの闇研究に過剰な期待を持ちすぎているようです。「本当にやりたい研究なら上司が No と言ってもやるだろう」という態度のままで、支援体制がない状態では効果的な闇研究が生まれてくるとは思えません。

一方で、海外では闇研究的なものを社内の制度にしてしまおうという動きがあります。それが Google の20% ルールであり、Adobe の Kickbox です。

Google は 20% の時間を好きな開発に当てても良いとしていますし、3M にも同様の 15% ルールというものが存在します。また Adobe の Kickbox は希望した従業員に、上司の許可無く 10 万円程度の開発資金を与えています(プラスして発明のためのワークショップなども提供しています)。

こうして選定のプロセスや承認プロセスを不要にして試してみる、というのは、狂ったアイデアを守る(というより、潰すのを避ける)ための良い方策ではないかと思います。

そしてこのような闇研究の必要性の考え方や、その中での非対称的なペイオフを狙う賭け方をうまく言語化してくれているのが、Taleb の Antifragile ではないかと思います。あるいは、研究開発の技術戦略の中にベンチャーキャピタル的な考え方を一部採用してみる、とも言えるかもしれません。

普通の研究開発と闇研究的な研究開発(Antifragile)

スタートアップと闇イノベーション

そうした環境を鑑みるに、現代の闇研究や闇イノベーション的な、実験的な研究開発の役目を持ちつあるのは企業内の闇研究ではなく、会社の外で行われる業務外のサイドプロジェクトであったり、あるいはスタートアップであったりするように思います。

たとえばカルトといえば、私のまわりにいる面白い人、特に若手エンジニアの面白い人たちは最近、シェアハウスや作業場を借りて、就業時間外に少人数で黙々と闇研究的に物を作っています。ただ以前の闇研究とは違って、そうしたクローズドな場所には社内外の人が入り乱れてプロジェクトを勧めています。

たとえばパーソナルモビリティの WHILL のチームは、社会人になってからサニーサイドガレージという場所を作り、そこで様々な会社のエンジニアが交わって WHILL のプロトタイプを作り上げました。最近、そんな社会人向けの秘密基地的な場所の話をしばしば聞きます(たとえば何かのコンテストで受賞した人たちの話を聞いてみると、往々にしてそういう場所で集まって開発している、という話を聞きます)。

そしてそういう人たちに限って、オープンとは縁遠い人たちです。なのでそもそもオープンな場所にそういう人たちはなかなか出てきません。イベントではなく人からの紹介で出会うケースがほとんどですし、イベントなら大抵(珍しい)登壇者側で出てくる人たちです。参加者側として来て積極的にネットワーキングするような人たちではありません。

最近、企業や政府がオープンなスペースをたくさん作り、オープンな交流を促進しようとしています。あるいは共創というような、誰にとっても耳障りの良い言葉も流行っています。そして実際、それらはアイデアの探索にはある程度有効だと思います。

しかし、きっとオープンな場所から生まれたアイデアも最初醜く見えるもので、それを守ったり、それに投資するのはそこそこ怖い賭けになるはずです。

だからオープンイノベーションを単にアイデアに留まらせず実装し社会にデプロイしていくためには、少し逆説的ですが、実はクローズドで少しカルトな闇の場所や秘密基地、ひっそりとアイデアを育めてカルト的な闇を受け入れる場所や仕組みというものが必要なのではないかと思います。

今自分は学生の皆さんにそうした場所や機会の、本当に最初の方に必要なものを提供できるよう頑張っていますが(ただしマーケットや社会へのデプロイに近いアイデアのみという限定がついてしまってますが)、恐らく社会人エンジニアの方々にとってもそういう場所や投資が必要です。

幸い、資金調達環境の良くなっている昨今、スタートアップという手法は、(マーケットや顧客に近いような)闇研究を行うための一つ手段になると思います。なので、若手の研究者や開発者は、スタートアップというやり方を、社会に出せば売れると自分たちが信じる研究開発をするための一つの選択肢として見てみることも可能なのかもしれません。

また、もしこうした闇研究を企業側が受け入れられないのであれば、外部のスタートアップという「既に出来上がっている少しマイルドなカルト集団」に闇研究的な部分を任せて、うまくいきそうであればスタートアップを買収する、という手段がもう少し積極的に検討されても良いのかなと思います。そして実際、先日書いたように、IT 企業以外でのスタートアップ買収の動きは海外では徐々に広がりつつあるのではないかと感じています。

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Taka Umada
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Written by Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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