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2040年、出版の未来(第二回) 寄稿・メディアドゥ上級顧問 新名 新

こんにちは。メディカム編集部 経営企画チームです。
メディアドゥは、電子書籍取次事業者として2,200社以上の出版社、150店以上の電子書店の間に立ち、出版業界全体の発展に貢献することを目指してきました。将来にわたって必要とされる企業であり続けるためには、出版業界の成り立ちや特性を深く理解しながら、この先訪れる未来を様々な視点から想像し、出版業界の方々と共に新しい時代をつくるイノベーションを模索していくことが求められます。

そこでメディカムでは、文芸編集者を振り出しに40年以上もの間出版業界で活躍し、メディアドゥ副社長 COOを経て現在は上級顧問を務める新名新氏による連載を2024年11月より開始しました。新名氏が見る業界の成り立ちや社会の動向を踏まえた、「出版の未来」を4回に分けて掲載します。

メディアドゥ 上級顧問 新名 新(にいな・しん)

1954年生まれ。1980年(株)中央公論社入社。吉行淳之介、司馬遼太郎、筒井康隆、村上春樹、内田康夫などの編集者を担当。1996年(株)角川書店(現・KADOKAWA)入社。2007年同社常務取締役就任。電子を含む出版部門、海外版権部門を統括し、モバイルブック・ジェーピー、リブリカ、ブック・ウォーカーなど電子出版関連企業の社外取締役を務める。2014年(株)出版デジタル機構代表取締役社長就任。2018年(株)メディアドゥホールディングス(現・メディアドゥ)副社長就任。2024年より上級顧問。

<バックナンバー>
第一回 https://mediado.jp/medicome/industry/7738/


第1回は日本の出版の歴史について語ったが、今回は日本の出版が現在抱えている問題を簡単に紹介し、その原因について考察してみようと思う。未来に関する予測に関してはもう少々お待ちいただきたい。

日本の出版市場は本当に縮小しているのか?

出版科学研究所の調べでは、日本の出版売上はピークの1996年に2兆6,564億円を達成したが、2023年には電子書籍売上を含めても1兆5,963億円と、1兆円以上も市場が縮小してしまっている。この間、2004年、および2019年から2021年にかけてささやかなプラスを記録した以外は常に対前年マイナス成長という低落傾向から抜け出せずにいる。2019年から2021年の対前年プラスは、電子出版売上の驚異的な伸びによる。しかし2022年以降、成長する電子出版だけでは紙出版の縮小をカバーしきれず、再びマイナスとなってしまった。

出版市場がピークに達した1996年から2023年までの売上推移を詳しく見ると、雑誌が1兆3,474億円から3,154億円と大幅に減少し、書籍も1兆3,090億円から1兆2,809億円とわずかだが減少している。なお、この数値は雑誌扱いコミック単行本を書籍とみなし、雑誌売上ではなく書籍売上に含めている。

音楽、SNS、ゲーム、動画など様々なWebコンテンツの登場が人々の限られた可処分時間を出版物から奪うことで、本が読まれなくなってしまったのだろうか。要するに出版コンテンツがオワコンとなってしまったのか? これを検証するにあたって、同様の社会的環境にある欧米の出版売上推移を見てみようと思う。

実は欧米の出版市場は日本と異なり、ピーク時の規模を維持しているのだ。ただ比較に際して注意すべき点がある。欧米では出版業というと書籍出版業を指し、統計も書籍市場のみを対象としている。雑誌はまったく別の産業に位置づけられ、出版、取次、販売も書籍出版業とは別の企業が担っている。こうした紙の雑誌ビジネスについては、欧米と日本の間で大差はなく、どちらも大幅な退潮傾向にあるため、世界の雑誌ビジネスは、紙出版だけに頼らない新しいマネタイズ・モデルに移行しつつある。

さて、より正確を期すために、日本も書籍市場(コミック書籍を含めた紙と電子の合算)だけを抜き出して、アメリカやドイツの出版市場と比較してみよう。2010年を100とした場合、それが2023年までにどう変化したかを表したのが下記のグラフである。

グラフ:2010年を100とした場合の出版市場規模推移(紙+電子)。
日本は出版科学研究所、アメリカは米国出版協会(AAP)、ドイツはドイツ図書流通連盟(BDB)による毎年の発表数値を積み重ね、筆者が独自に算出

これを見ると、日本の書籍出版売上はこの13年間で4.6%増加している。7%成長したアメリカには及ばぬものの、0.3%減少したドイツを上回ってプラス成長となっている。書籍、コミック単行本からなる日本の書籍出版市場は、少なくとも過去13年間でささやかだが拡大しているのだ。同じ期間に1兆8,748億円(2010年)から1兆5,963億円(2023年)と14.8%も減少した日本の全出版市場と比較すると、あまりの落差に困惑してしまう。

その要因を簡単に言ってしまうと、紙の雑誌が13年間でおよそ3分の1(36.3%)に減少した一方、電子コミックが同じ期間で約9倍弱(873.4%)にまで拡大したことによる。雑誌売上を含む全出版市場は大きく縮小してしまったが、電子コミック出版が伸びたことで、日本の書籍出版(コミック書籍含む)は、海外と同様、現状を維持できているのである。下のグラフの通り、日本コミック出版(紙+電子)の成長率は米独の書籍出版と比して非常に大きい。

だが、海外には日本のように大きなコミック市場は存在しない。欧米出版市場の中心は一般書籍である。これだけを取り出して比較すると、様相はだいぶ異なってくる。一般書籍(コミック書籍除く)では、米独と異なり、明らかに日本が縮小傾向にあることが見てとれる。

とくに紙に限ると、日本の書籍出版はこの13年間だけで4分の3(74.3%)に減少してしまっている。

紙と電子を合わせた日本の出版市場では、雑誌売上が大きく縮小したものの、コミックを含めた書籍売上は欧米同様に現状を維持しており、海外と比較して単純に縮小しているとは言えない状況にある。ただ紙の一般書籍に限って言えば、欧米と異なり縮小傾向にある。

出版市場成長の原動力である電子コミックと、世界的に新しいビジネスモデルに代替しつつある雑誌ビジネスについては、別のところで語りたいと思う。ここでは、日本の一般書籍がなぜ縮小傾向にあるのかを考えてみたい。

日本の特異的な紙の出版流通構造

Webやスマホの存在など、出版を取り巻く社会的環境は日本と欧米でそう大差ないと考えられる。また、一般書籍を必要とする読者の文化的、知的レベルについても、彼我の間に大きな差があるとは思えない(そう思いたい)。となると、なぜ日本だけに紙の一般書籍市場の縮小現象が生じているのだろうか。

これを考えるために、日本と欧米で大きく異なる「紙の出版流通構造」に着目してみたい。

1.日本では雑誌と書籍が同じ流通を利用している
これまで日本の書店・取次は、返品回数が少なく返品率の小さい雑誌を主な収益源としてきた。現在はその雑誌の売上が大きく減少したにもかかわらず、もともと収益性の厳しい書籍売上はそこまで落ちなかった。よって取次・書店の収益が悪化し、その数も減ってしまった。
これに対して欧米では雑誌と書籍が別の出版産業であるため、以前から書店・取次とも書籍の流通で収益が確保できる構造となっている。

2.書店での販売に「委託制」を採用している
「委託制」とは、書店が売れ残った出版物を100%返品できる日本の出版物販売方法であり、欧米ではほとんど見られない。委託制によって、書店に不良在庫のリスクはない。一方で、過剰な注文と配本が発生しやすく高返品率の原因となる。その返品コストは書店、取次、出版社のすべてを苦しめている。また、書店の注文通りにすべて入荷するわけではないので、書店は個性的な品揃えを行うなどで差別化を実現するのが難しい。
ちなみに委託制と合わせて語られることが多い再販制は、出版社が書籍・雑誌の定価を決め、書店などで定価販売ができる制度だが、出版物の価格統制はアメリカ、イギリスなどごく一部の国を除いてほとんどの国で採用されている。ただし、時限再販など弾力的な運用をする国が多い。

*ここでは買取制に対して二項対立的に「委託制」という言葉を使っているが、日本の出版流通は厳密には完全な委託制ではない。「期間を限定して返品が自由な買取制」という言い方が正しい。日本ではこの取引条件によって、一定期間(ほとんどは6ヵ月間)は100%返品が可能である。さらに、価格の決定権が出版社にあるという再販制ともあいまって、あたかも委託制のように見える流通が成立している。一方、欧米の「買取制」でも返品は許容されるが、日本のように100%ということはない。それどころか、ドイツでは日本の平均的な書籍返品率よりも低い返品許容で買い取っていると聞いたことがある。また、統制価格を採用している欧州の国々では、この制度も時限再販や限定範囲内での値引き許容などによって、日本より弾力的に運用されている。日本と欧米の出版流通における大きな差異はここにある。本稿では差異を際立たせるために、日本の出版流通に「委託制」という言葉を使用してしまったが、正確にはこのような意味であることに留意していただきたい。

3.出版社が物流部門を持っていない
欧米では大手出版社が物流部門を有し、他の中小版元もこれを利用している。大手出版社の物流部門と、独立系取次が並存している国もある。日本では大手出版社が物流に関与することはほとんどない。昨今の物流コスト上昇なども、再販制で価格決定権を持つ出版社の理解をなかなか得られず、出版物への価格転嫁が遅れてしまった。その結果、取次事業者は苦境に追い込まれた。

4.市場規模、人口、国土面積に比して書店数が多い
2023年の日本の書店数(店舗のある書店のみ)は8,051店(日本出版インフラセンター調べ)で、2020年のデータだが、アメリカ5,733店、ドイツ3,905店、フランス2,372店(2023年10月、経産省「国内外の書店の経営環境に関する調査」より)と比較するとかなり多い。人口10万人あたりの書店数で見ても日本が6.5店舗、米1.8店舗、独4.7店舗、仏3.5店舗である。読者にとってはよいことだが、物流の観点からすると非効率につながる。

5.紙書籍の流通事業者が電子書籍流通の担い手とならなかった
日本の出版業界では電子出版を紙出版に対する脅威と考える人々が多かったため、その黎明期に電子出版と距離を置いてしまった。その結果、日本の電子書店は外資系を含めてほとんどが旧来の出版業界外の企業であり、取次も同様である。
一方ドイツでは、Amazonのkindleと市場を二分する電子書店tolinoが紙の書店・取次の企業連合によって設立されるなど、既存の流通企業が電子書籍ビジネスにしっかりと食い込んでいる。こうした傾向は欧州において顕著である。米国でも最大手書店のBarnes & Nobleが早くから電子書籍ビジネスを行ってきた。電子書籍流通最大手のAmazonも出自は紙のWeb書店であり、現在は多くのインプリントを抱える中堅出版社でもある。

以上のような点が、紙出版流通における日本と欧米の違いとしてすぐに思いつくところである。

巨大な電子コミック市場の存在

そのほか間接的に紙書籍の市場減少問題に影響を与えているのが、海外に比して巨大に成長した電子書籍市場の存在である。コミックの大きな市場が存在しない欧米では、必然的に電子書籍市場も一般書籍が中心となっている。一方日本では、紙と電子を合算した雑誌を含まない書籍市場に対して、コミック書籍のシェアが50.3%と半分を超えている。そのコミック市場の75.0%が電子であるから、日本の全書籍売上1兆2,809億円のうち電子コミック書籍の売上は5,270億円もあり、シェアは41.1%となる。

これは欧米では考えられない数字であり、電子書籍の登場以来この数字が拡大し続けてきたことによって、紙コミックの売上は減少してしまった。雑誌市場の縮小に加え、コミック市場が紙から電子へ移行したことは、紙の書店と取次に大きな打撃を与えた。欧米の書店にはもともと雑誌とコミックの売上が存在しなかったので、こうした影響は生じなかった。

日本出版業界の宿命

このような流通構造の違いから、次のような経過をたどって日本の紙の一般書籍市場が縮小してしまったと考えられる。

  • 日本では雑誌と書籍が同じ紙出版産業であったため、大幅な雑誌の売上減少により出版業界全体が打撃を受けた。
  • とくに紙の出版流通では雑誌が主たる収益源であったことから、取次・書店の収益減に直結した。
  • 結果として、取次の経営悪化、書店の減少が始まった。
  • さらにコミック市場が電子に移行したことで、書店と取次は紙コミックの売上減少に見舞われた。
  • またほとんどの書店と取次が電子出版ビジネスに参加しなかったため、その収益を取り損ねた。
  • 書店の減少や取次の経営悪化によって、委託制のメリットである一般書の市中在庫も減少してしまった。
  • 市中在庫を含めて設定されていた出版社の初版刷り部数は削減を余儀なくされた。一方で書店の廃業による返品は増加し、出版社の経営を圧迫することになった。

かくして日本の出版業界に特有の構造が、とくに紙の出版流通に困難を引き起こした結果、紙の一般書籍売上は長期的な低落傾向に陥ったのである。

ただ、独立系大資本の紙取次を軸に据え委託制と再販制を特徴とする日本独特の出版流通構造は、歴史的必然として生まれたものであった。第2次世界大戦の敗北によってすべてを失った日本の出版界が短期間に復興を遂げ、1996年まで順調に拡大を続けることができたのも、この構造がうまく機能したからであった。復興期の書店や出版社が大きな資本を必要とせず事業を始められたことにより、現在も続く独立系資本の書店と出版社が多く生まれた。日本独自の多種多様な出版文化を育んできたのである。

しかし、日本出版業界が頂点を極めた1996年に、ある象徴的な出来事が起きる。Yahoo!の日本語検索が登場したのだ。これに続くインターネットの普及はすさまじく、1996年の世帯普及率は3.3%しかなかったが、10年後の人口普及率では72.6%にまで達している人々が情報を得る手段が紙雑誌からWebへと移っていくことで、日本特有の出版流通構造が根底から揺すぶられ、出版業界全体の危機へと波及してしまったのである。

この間、私自身も含めて業界としては有効な手が打てず、欧米では起きなかった業界の危機を招いてしまった。次回は、この危機を克服するための方策を含め、15年後の未来を予測してみよう。


(第三回の掲載は2025年3月下旬頃を予定しています)

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