コロナも「自助努力」 軽視される経済的負担

稲葉剛・立教大学大学院社会デザイン研究科客員教授
自民党総裁選に向けて、記者会見で政策を発表する岸田文雄前政調会長(当時)=衆院第1議員会館で2021年9月2日、竹内幹撮影
自民党総裁選に向けて、記者会見で政策を発表する岸田文雄前政調会長(当時)=衆院第1議員会館で2021年9月2日、竹内幹撮影

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、救急患者の搬送先がすぐ決まらない「救急搬送困難事案」が増加している。8月2日、総務省消防庁は「救急搬送困難事案」が、7月25~31日の1週間に全国で6307件あり、第6波のピークだった今年2月の6064件を上回って過去最多となったと発表した。7月末には東京都内に暮らす末期がんの患者(80代男性)がコロナに感染して重篤な症状に陥ったものの、救急搬送先が見つからず、自宅で死亡した。

 岸田文雄首相は自民党総裁選の候補者だった昨年9月2日、国会内で開いた記者会見で「新型コロナウイルス対策についての説明が十分なのか、現状認識が楽観的過ぎないかという声が多数ある。こうした声を踏まえて対応したい」と述べた上で、「医療難民ゼロ」「感染症有事対応の抜本的強化」など「コロナ対策『岸田4本柱』」と題した政策を発表した(注1)。

 この時は「有事対応」として感染症対策を進めていく必要性を説いていた岸田氏は、現在、全国各地で感染爆発が起こり、「医療難民ゼロ」どころか「医療崩壊」が現実化している現状をどう捉えているのだろうか。昨年10月に岸田政権が発足してからのコロナ対策への認識は、前政権以上に「楽観的過ぎ」だったのではないか。厳しい検証が必要だ。

貧困状況への理解が欠けている

 8月に入り、政府の対策が後手後手に回っていることに危機感を抱いている専門家からの独自の発信が相次いでいる。

 政府のコロナ対策分科会の会長を務める尾身茂氏ら専門家の有志も、2日に記者会見を開き、感染者の全数把握の見直しや診療する医療機関の拡大などの対策緩和を2段階で進める必要があるとの提言を公表した。コロナ診療の費用負担についても、ステップ1では原則公費負担を続けるものの、ステップ2では重症患者や高額治療薬は公費負担とし、それ以外は通常の保険診療で対応するとの方向性を打ち出している。

 第7波においては「自宅療養」を基本とし、自分で購入した市販薬を飲みながら健康観察をおこない、重症化のリスクのある人だけ医療機関を受診する。将来的には、公費負担を縮小し、通常の医療同様、患者にも医療費の負担を求めていく。感染症対策の専門家からは個々人の自助努力を求めるメッセージが相次いで発信されている。

 現在の感染状況や日本の医療体制の現状を踏まえるなら、専門家からこうした意見が出てくるのも理解できなくはない。…

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立教大学大学院社会デザイン研究科客員教授

 1969年生まれ。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。14年まで理事長を務める。14年、つくろい東京ファンドを設立。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『コロナ禍の東京を駆ける』(共編著、岩波書店)など。