バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

奇跡のリンゴのその後 ―ニセ農業からニセ医学へ―

1.はじめに

5年前に、「奇跡のリンゴ」という映画が公開されて話題になりました。モデルとなった人物は、木村秋則という農薬も肥料も使わずにリンゴを栽培することに成功したと「自称」している青森県のリンゴ農家です。
農業ルネッサンス(Facebook)
NPO法人 木村秋則自然栽培に学ぶ会

私は農業界の片隅で薄禄を食んでおります。「奇跡のリンゴ」という物語、木村氏の主張は日本農業に有害無益であると確信していたため、映画の公開当時にこのブログにて批判記事を執筆しました。木村氏の主張の問題点に関しましては過去記事をご参照ください。
「奇跡のリンゴ」という幻想 −安物の感動はいらない−
「奇跡のリンゴ」という幻想 −感動ではなく数字を−
「奇跡のリンゴ」という幻想 −印象操作−
「奇跡のリンゴ」という幻想 −印象操作(補足)−
「奇跡のリンゴ」という幻想 −無農薬のジレンマ−
「奇跡のリンゴ」という幻想 −無肥料農法は長続きしない−
「奇跡のリンゴ」という幻想 −うわっ…私の収穫、低すぎ…?−

私がこれほど激しく木村氏を批判した理由を簡潔に述べると、以下のような愚か者が現われて日本の農業が妨害される状況を阻止したかったからです。

「無農薬でも農業はできる! ソースは奇跡のリンゴ! 農家が農薬を使うのは甘え! 手抜き! 能力不足! 環境や消費者の健康なんて考えていない! 自分の利益しか考えていない! エゴ! 私はエコでロハスでナチュラルでセレブ!」

幸いにしてこんな愚か者はほとんど現れず、木村氏の人気は一過性の流行に終わり、元通り「知る人ぞ知るトンデモさん」という位置に落ち着きました。

2.ニセ農業からニセ医学へ

さてつい先日、あまりメディアで見かけなくなった木村氏は何をしているのかと思って検索したところ、呆れたことにニセ医学に進出していました。元々木村氏は著書の中でニセ医学に関心を示していました。出典は「百姓が地球を救う 安全安心な食へ“農業ルネサンス”(東邦出版)」です。冗長になりますが、木村氏のデタラメぶりを理解して頂くために、長々と引用します。

2011年8月に厚生労働省が、「日本人の2人に1人がなんらかのアレルギー性疾患を持っている」と発表しました。化学物質過敏症の人も急激に増えています。これまで変わらずに信じられてきた、農薬や肥料だらけの農業と決して無関係ではないと思います。(P15)

食べ物が大きな原因のひとつといわれる糖尿病やアレルギー、ガンなどの病気になる恐れが少なくなるでしょう。(P25)

自然栽培で育った自然治癒力を持ったリンゴや野菜、おコメが、人間の治癒力に好影響を与えることは、論理的に十分考えられます。
日本ではガンによる死者が年々増えています。これだけ医学が進歩しているにもかかわらず、です。なぜなのでしょうか。
一方、アフリカなど発展途上国にガン患者が少ないという話はよく聞きます。つくづく考えてしまいます。農薬・肥料を使わない、自然界に自生しているものを食べている国の人たちのほうが、本当は豊かな食を得ているのではないか……。(P79-80)

正確なデータがあるわけではありませんが、すぐにカッとなる、キレやすい、角のある人間が多くなったのは、そういう栽培(引用者注:肥料を用いる栽培方式)で作られた食材が大きく影響しているのではないかなぁと思っています。(P133)

生活環境の悪化とともに、日本人の体質がおかしくなってきているのは、間違いないでしょう。
環境悪化の原因のひとつとして、肥料・農薬を使う一般栽培による汚染が考えられます。
また、体調変化の原因のひとつが食べ物であることも、疑う余地がないと思います。(P172)

(引用者注:花粉を作れない雄性不稔の野菜の品種について)消費者の皆さんは、自らが品質と量と安さを求めたために、オスの能力を失った野菜を食べざるを得ないところまできているのです。これは、社会問題化している若年男性の生殖能力の低下と無関係ではないともいわれています。(P179)

1970年代以降に品種改良されたおコメは、ほとんどすべてがモチ米の遺伝子を持っています。国民病といわれる糖尿病の急激な増加は、モチ米の栄養を含んだおコメを毎日食べていることに原因があるのではないかと思っています。(P179-180)

木村氏が本格的にニセ医学に進出した契機は、胃がんを発症したことのようです。2016年の秋に手術と化学療法を受け、現在は小康状態を保っていると著書で述べています。健康法ならびにニセ医学の提唱者ががんを発症し、標準医療を受けたわけです。自説に対して誠意や責任感があるならば、自説を撤回するはずです。ところが、本人は多少気まずさを覚えてはいるものの、自説を撤回するつもりは全くないどころか、ますます自説の自信を深めたようです。まぁ誠意や責任感がないからこそトンデモさんになるわけですが。著書「自然栽培 がんは大自然が治す(東邦出版)」から引用します。タイトルだけでうんざりですね。

一方で、まさか自分ががん患者になるとは思っていませんでした。だから、いま世間に流れている「自然栽培なら、がんにならない」という雰囲気に水を差しはしないかという不安があり、きょうまで皆さんにお伝えできませんでした。
でも、考えようによっては、自然米だけを30年以上食べてきたから、がんもこの程度で済んでいるのです。酒と煙草は人並み以上ですが、毎日のご飯が自然栽培のお米だからこそ、がんのほかに全く病気がないのです。そう思っています。(P8-9)

何の根拠もありません。それにしても、農薬ががんの原因であると何の根拠もなしに強弁する人間が、発がん性が明確に認められている酒やたばこを肯定するのは本末転倒で滑稽ですね。嫌いなものは無条件に否定し、好きなものは無条件に肯定するという偏向を全く自覚していないようです。
参考:がん種別リスク要因と予防法(国立がん研究センター がん情報サービス)

3.トンデモの多角化、万能化

トンデモさんは一般的に自己顕示欲と野心が強く、自慢が大好きです。木村氏の著書も自慢にあふれています。その結果、トンデモさんは話を盛りたがります。
その典型的な事例が、EM(有用微生物群)の生みの親である琉球大学名誉教授、比嘉照夫氏です。EMは本来は農業における土壌改良用の微生物資材だったはずなのですが、いつの間にやら河川や海洋の水質を浄化したり、健康食品になったり、放射性物質を消失させたり、人類の原罪を消したりと万能の活躍を見せるようです。
比嘉照夫氏の緊急提言 甦れ!食と健康と地球環境 第100回 EM(有用微生物群)は人類の抱えるすべての問題を解決する力を持っている

話を際限なく拡大させるのは木村氏も同様で、ニセ医学以外にも、下記のようなことを述べています。出典は上記の「百姓が地球を救う 安全安心な食へ“農業ルネサンス”(東邦出版)」です。

実は、「バクテリアが放射線を食べる?」という話も昔からあるのです。(P119)

同位体研究所で福島県と宮城県の自然栽培米を分析したところ、1ベクレルも検出されなかったのです(0以上1ベクレル未満)。
特に福島県産のおコメは、1メートル離れたあぜ道で高い数値が出ていたにもかかわらず、わたしの指導する田んぼでは検出されませんでした。(P120)

次はどんなトンデモに進出するのでしょうかね。オカルト大好きの人なので「自然栽培の農産物を食べたら宇宙人に会える」くらいでしょうか。

4.歯切れの悪さ

木村氏のニセ医学に関する書籍は今のところ2冊刊行されています。これらの書籍は雑誌の体裁をとった書籍で、いわゆるガチャピンムックですぞ。木村氏が監修を務めています。ニセ農業雑誌からニセ医学雑誌に鞍替えしたようです。
自然栽培vol.12 がんは大自然が治す(東邦出版)
自然栽培vol.13 がんが消える愛し方(東邦出版)

しかし、これらの著書において、木村氏は明確に反標準医療を表明しているわけではありません。上に述べたように手術と化学療法を受けているのですから、標準医療を否定できないのです。他の著者も、「がんを発症して手術を受けたが化学療法を拒否した。だから手術を否定しないが化学療法を否定する」「がんの標準医療をすべて否定する」など様々なスタンスの著者がおり、書籍としての統一性はありません。標準医療を否定するのかしないのか、非常に歯切れの悪い内容となっております。
木村氏は本当は「がんの標準医療は百害あって一利なし! 自然栽培の農産物を食べればがんにならない! がんになっても病院に行かずに治る!」と訴えたいのでしょうけれど、自然栽培のご本尊である自分ががんを発症してしまい、しかも標準医療を受けた以上、あまりトンデモなことは言えないという苦しい立場なのでしょうね。
木村氏の執筆部分の特にトンデモな部分を引用しようと考えましたが、煮え切らない表現を連ねるだけで主張が明確ではなく、引用する意味があると思える部分はありませんでした。「気の持ちようでがんは治る」とか「体温を上げるとがんは治る」みたいなありきたりの主張が散見されるだけです。農業に関してはオリジナリティの塊のようなトンデモ理論を披露しているのに、医学に関しては意外に凡庸なので少々拍子抜けです。だったら最初からこんなトンデモ本を出さなければいいのにね。

農業においても、農薬や肥料を否定しきれないことを自覚しているが故に木村氏の主張が歯切れが悪いことは過去の記事で述べた通りです。

最もぶっ飛んだ記事は、日本プラズマ療法研究会の理事長、田丸滋氏による『「大自然のパワー・雷でがんを消す! 全米が注目する日本のプラズマ療法 緊急取材「消失率90%」の実際」』です。この研究会の理事に、あの野島尚武医師が名を連ねていたのには驚きました。恐るべきトンデモさんネットワーク。

5.おわりに

私はこんなトンデモさんの人気が一過性で終わってくれたことに安堵しています。さすがに木村氏が再度脚光を浴びることはないと思います。

上記の「がんが消える愛し方」には、『間に合うか人類!? 地球が終わる「Xデー」のこと』という記事があります。「木村氏は宇宙人に地球が滅びる日を教えてもらったが詳細は話せない」という内容です。木村氏と出版社が対象としている読者の層がうかがえますね。

それにしても、トンデモさんと結託してトンデモ本を垂れ流す出版社がのうのうと生き残り、はてなユーザーにはお馴染みの良書を多数刊行していたメタモル出版が倒産したという現実に、私は強い絶望を覚えております。

高齢のがん患者への評価としてはいささか辛辣すぎるかもしれませんが、傍迷惑なトンデモさんにかける情はありません。