遅くなりましたが2017年の年間ベストです。25作品選び順位をつけました。記事中の「今年」は「2017年」と読み変えてください。
画像クリックで試聴できます。ではどうぞ。
25. Maciej Obara Quartet『Unloved』
耽美なジャズ。
ポーランドのサックス奏者マチェイ・オバラのECMからは初となるリーダー・アルバム。近年耳にしたECM作品でも特にこのレーベルらしさを感じさせる一枚で素晴らしかったです。特に①、③、⑦など静かでメロディアスな曲における音量を絞ったサックス、ビート感の希薄な演奏をするドラムの音色と深いリバーブが合わさったサウンドはこれぞECMと言いたくなるような美しさ。
24. Félicia Atkinson『Hand In Hand』
これに関しては好きなんだけどこの音楽のどこにどういう理由で自分が惹かれてるのかずっとよくわからなかったんですが、《永久音楽blog》のレビューにある「全編通してある虚ろな感触が、私のアシッド・フォーキーな嗜好と合致した」という箇所を読んでたしかに電子音で描かれたアシッドフォークみたいに聴ける部分もあるなあと。それなら自分が惹かれるのもまあ頷けるし…。あとこれぼーっと聴いてると声とモジュラーシンセの音ばかり印象に残るんですけど、ところどころで小物(木琴?とかトライアングルとか金属のボウル的な音とか)だったりフィールドレコーディングが使われててその塩梅がすごくいい感じ。
23. David Virelles『Gnosis』
キューバ音楽、クラシック音楽などの要素を大きく取り入れたアンサンブル/ジャズ。
キューバ出身のピアニストによるECMからは二作目となるリリース。自身の故郷であるキューバ音楽の意匠を大きくフィーチャーしたような内容という意味では前作『Mbókò』と地続きであるのですが、本作では管弦楽器の導入をはじめ器楽編成を大きく拡張し、ジャズやキューバ音楽だけでなく近現代のクラシック音楽の影響も大きく取り入れ、それらを小品的な曲も多く含んだ全18曲の繋がりの中で楽曲ごとに混ぜたり時に個別に表出させたりしながら、ひとつの組曲として聴くこともできそうな作品として纏め上げています。自らの音楽的語彙をフル活用して総合的な音楽作品を作ろうという意思が伺える渾身の一枚。異なる国や地域の音楽をジャズの言語で繋ぎ冷たい響きでパッケージングしたと捉えればエグベルト・ジスモンチやナナ・ヴァスコンセロスを大きく取り上げていた頃のECMを思い起こさせるものもありますし、そういった意味でこのレーベルらしさを強く感じる一枚でもありました。(こちらにもレビューあります)
22. Eliane Radigue『occam ocean 1』
電子音楽の大家によるアコースティックなドローン・ミュージック。
電子音楽/ドローンのリヴィング・レジェンド的存在の作曲家エリアーヌ・ラディーグの新作。彼女は近年その代名詞でもあったシンセサイザーARP2500を用いずアコーステック楽器などによって演奏される生音を中心とした作風に転換しているようで、本作でもヴィオラ、バスクラリネットなどの管楽器、そして弓弾きによるハープによって演奏された楽曲が収められています。彼女の音楽の特徴であるドローン然とした音の持続は作風が変わってからも健在ですが、やはりシンセサイザーとアコースティック楽器では大きく事情は異なり、本作ではシンセサイザーの制御された音の変化では味わえない複雑な倍音のうねりなどに焦点が当てられたような、方向性としてはGiacinto ScelsiやHarley Gaberの名前が思い浮かぶ作品が多く収められています。個人的には彼女の音というと電子的な制御から生まれる最小限の揺らぎみたいな印象が強く、そこが魅力だと思っていただけに今作から聴きとれるものは彼女の音楽に求めていたものとは違うのですが、結果的にはこれはこれで面白く聴けてしまいましたね。まあこういうアコースティック楽器による偏執的な持続音って自分はそれほど多く聴いてきたわけでもないのでかえって新鮮に聴こえたってところもあるかもしれません。特にDisc 2の2曲目、ヴィオラ、バスクラ、ハープが重なった響きはとても魅力的です。
21. Molecule Plane『SCHEMATIC』
ミュージック・コンクレートの語法なども用いた現代的な電子音響/ドローン。
京都府の電子音楽家大塚勇樹による「音色と音響の可能性の追求」をテーマにした名義Molecule Planeの2ndアルバム。昨年リリースの1stは数年に跨る作品群が収録されたいわばその時点までのベストセレクション的な内容でしたが、今作はそれ以降このアルバムのために録り溜められたもので成り立っているからかアルバムとしての統一感をグッと増した仕上がりとなっています。Molecule Planeの音楽に対してはいろんな切り取り方ができると思うのですが、そのひとつをここで挙げるならばいわゆるエレクトロニカ~IDMの技法を持った音楽家がメロディーやリズムに依らない方向へ振り切るとどうなるのか、といった見方でしょうか。エレクトロニカ~IDMはその黎明期から新たな音色の発見をその発展の駆動力としていた音楽だと思いますが、グリッチなどの手法が確立されるに従いそうして獲得された新たな音色をリズムなどの音楽的構造に当てはめるかたちで洗練されていったような印象があります。大塚さんもA.N.R.iとしての活動などそういった流れの中に身を置いている音楽家と捉えることもできると思うのですが、Molecule Planeとして鳴らされている音はそうしたエレクトロニカ~IDMの音楽的な洗練の流れに対し、あり得たかもしれない別の発展の可能性というかオルタナティブな流れの存在を示しているものと捉えることができるのではないでしょうか。新たな音色の発見という音楽家としては非常にシンプルかつ根源的な欲求の駆動や衝動性を感じさせながら、単なるその場限りの実験に終わることなくまとまりのある作品としてパッケージングされた(この部分で先述の“洗練”の流れに身を置いていることが活きているのでしょう)稀有な例だと思います。
20. Matt Mitchell『A Pouting Grimace』
コンテンポラリー/アヴァンギャルドなアンサンブル・ジャズ。
NYを拠点に活動しティム・バーンのユニットへの参加などで頭角を現している新鋭ピアニストの4作目。指揮を含め総勢13名が参加したラージアンサンブル作品ですが、全員が演奏に参加するのは④”Brim”のみで、他は5~10名の異なった編成で演奏されています。複雑な拍子からなる捻くれたリズムのコンポジションを軸に、管楽器の扇情的なブローイングや近現代クラシックの室内楽を思わせるような怪しげな楽想のパートなどが貼り合わされた作風となっており、特に切迫感のある演奏が繰り広げられる②”Plate Shapes”、④”Brim”などはインテリジェンスとヒステリーがない交ぜになったような独自の魅力を感じさせてくれます。
19. Fabian Almazan『Alcanza』
クラシック音楽や映画音楽の影響を取り入れたアンサンブル・ジャズ。
キューバ出身のジャズピアニストによる作品。前作『Rhizome』と同じくピアノトリオ+弦楽四重奏に時折ヴォーカルが加わる編成で、音楽性も地続きなものなのですが、洗練された美を感じさせた前作に対し今作は冒頭からやけに野性味溢れる演奏/アンサンブルで初めて聴いた時の印象は鮮烈でした。トータル1時間の組曲形式でピアノ、ベース、ドラムのソロパートがインタールード的な役割で配置されるなどトータルアルバムとしての表現に焦点が当てられ、構成の面での創意工夫が彼らの音楽が元々持っていたダイナミズムをよりくっきりと浮かび上がらせるように効果的に機能しているちょっと文句のつけようがないくらいの傑作。ラストでそれまでの各パートの旋律が断片的に貼り合わされ、これまでの道筋が走馬燈のようにリプライズされる演出なんかは猛烈に厨臭いんですが、好きです。
18. DJ Quik & Problem『Rosecrans』
西海岸ヒップホップ。
ツイッターでフォローしているhikaru yamadaさんのツイートで知った一枚。DJ Quikって西海岸の結構有名な人だったけ?少しくらい聴いたことあったと思うけどあんまり印象に残ってない…みたいな感じだったんですがこれがめちゃくちゃよくてかなりリピートしました。ヒップホップについて何かを書くことに馴れてないのでここでもどう紹介していいか要領を得ないんですが、ひとつひとつの音がクッキリしててきちんと圧がありながらもうるさい感じにならないトラックがいちいち気持ちいいな~と。キーボードのアドリブ?とかで音をグワングワン揺らす感じとかもいかにもな猥雑さでいいすね。
17. DJ Yazi『Pulse』
エクスペリメンタル~アンビエントからテクノまで用いたDJ MIX。
2017年という年は自分が今まであまり積極的に関わって来なかったDJカルチャーについて多少ではありますがこれまでより関心や理解を得られた年かなと思っていて、本作もそんな中で出会った一枚。ザラついたノイズ/エクスペリメンタル、空間を押し広げるようなアンビエント、そして階段を一段ずつ降りていくように徐々に徐々に深みへ誘うように鳴るビートが複雑に交錯し正に“ズブズブ”な音世界が描かれています。スピーカーに吸い寄せられるような、引力を感じる音。魔術じみた魅力があります。
16. The Necks『Unfold』
即興演奏。
活動歴30年を超えるオーストラリアのピアノトリオ編成のバンドThe Necksのアルバム。彼らの演奏は全編即興によるものですが、リズムフリーなものではなく、3者それぞれが(おそらく別々の)緩いパルスの下で演奏を行い、その重なりと持続によって同期/非同期を超えたグルーヴのようなものや音の射程がどこまでも伸びていくような感覚を味わわせてくれる独自のものです。今作ではそんな彼らの現在の姿が20分前後の演奏4編という(彼らにしては)コンパクトなかたちで捉えられています。③、④は特に繰り返し聴きました。
15. Kassel Jaeger『Aster』
電子音響/ドローン。
サウンドエンジニアやアートディレクターとしても活動しているフランスのアーティスト、フランソワ・ボネによるコンポーザー、サウンドアーティスト名義カセル・イェーガーの作品。近年コラボワークを中心に傑作を連発していただけに待望のソロ新作といった感じで、電子音響だったりドローンの界隈では今年随一の話題作だったのではないでしょうか。内容も素晴らしく、目の粗い電子ノイズやレトロな電子音など多彩なマテリアルを用いつつアートワークの月夜?にひとり佇むような孤独感だったり、その光に照らされて浮かび上がる生き物の気配だったりを感じさせるような、情景描写的なアンビエントとして聴ける音に纏め上げられててセンスあるなあと。特にノイズ的な音色以外の持続音の(ハーモニー的な面での)扱いは興味深くて、おそらく十二音の中で奏でられた和音と、そこから外れるような周波数が重なったり入れ替わり立ち代わりで表れたりで描かれる色合いが、場面場面で情緒は感じさせつつ安易にならない塩梅でなんというかとても参考になります。ノイズドローンでもなく器楽的なアンビエントでもないところを電子音響作品としての硬派さを維持しながらしっかりと突いていて、ノイズドローンが好きな人にも器楽的なアンビエントが好きな人にも今是非聴いてみてもらいたい一枚だなと強く思います。
14. Tyshawn Sorey『Verisimilitude』
現代音楽の音使いを取り入れたジャズ/インプロヴァイズド・ミュージック。
ドラマー/コンポーザーとして活動するタイショーン・ソーリーの6作目となるリーダーアルバム。これまで作品ごとに異なる編成を採用してきたソーリーですが、今作は前々作『Alloy』と同じピアノトリオ編成(メンバーも同じ)。彼の作品は即興が比重として大きな役割を果たしながらも常に全体の構成だったり演奏のテンションの変化やそれに伴う展開への気配りや視線が感じられるものが多く、本作もその点は一貫しているのですが、しかしそれと同時に本作はアルバム中のどこから再生しても不思議と充実した音楽として聴けてしまう感覚があり、構成や前後に鳴っている音の存在により生じる価値とは別に、切り離された一瞬の単位でも耳を惹く強度を持った音が鳴らされている(≒即興演奏としての絶対的な意味でのクオリティの高さをより強く感じさせる)作品となっています。(こちらにもレビューあります)
13. Vijay Iyer Setet『Far From Over』
コンテンポラリー・ジャズ。
現代のジャズシーンでも特に高い評価を受けているアメリカのピアニストが新たな編成で挑んだ意欲作。レビューはこちら。
12. Phill Niblock『Rhymes With Water』
アコースティック楽器とオーバーダビングを用いたドローン・ミュージック。
アコースティック楽器を多く用い、その音色の多層化による重奏的なドローンを長年偏執的に追及している作曲家/サウンドアーティスト、フィル・ニブロックの新作。レコードのみでリリースされた本作ではA面にフルート、B面にバス・フルートと声を用いた20分前後の楽曲を収録。彼の作品では違う音色によるユニゾンが非常に多く用いられ、それらの響きの微妙な干渉の集積から導き出される非常に複雑で高圧的、時にはヒステリックにすら感じられる音響がその最大の特徴かと思うのですが、今作ではフルートという楽器の持つノイズ成分の多さ(吹奏楽器の中では最も息の音が直接的に楽器の音色にその一部として混ざり込んでいるのではないでしょうか)が影響してか、オーバーダビングによって重奏的に重ねられた厚みのある音響にいつになく柔らかい印象を抱き、音響的な複雑さと耳当たりの滑らかさをとてもいいバランスで兼ね備えたアルバムに思えました。個人的には彼の作品で最も好きな一枚になりました。
11. Tim Berne's Snakeoil『Incidentals』
コンテンポラリー/アヴァンギャルドなジャズ。
2010年代に入ってからのティム・バーンのメインユニットと言ってもいい感のあるスネークオイルの5作目。屈折したような(ポリ?)リズムで奏でられるコンポジションとフリーキーなインプロヴィゼーションを行き来するようなティム・バーン独自のスタイルは今作でも相変わらずですが、今作ではところどころでその電子的な音色でグループの音楽にアンビエント的なニュアンスをもたらすギターの存在や、ドラムセット以外(ヴィブラフォンなど)も演奏するチェス・スミスの機動力がこれまで以上に効果的に機能している印象で、作曲と即興の行き交いだけでは説明がつかないダイナミズムが生まれています。またそのようなダイナミックな起伏や展開がありつつも収録曲は5曲中4曲が10分程度で纏められていて、このグループの作品の中でも気軽に再生ボタンを押せる一枚になっている点も個人的には大きかったです。10分程度とはいってもその中でこのグループが持つ爆発力はしっかり捉えられていると思いますし、5曲目なんて食い足りなさを感じるどころか4分辺りからラストまで続くティム・バーンのブローイングが本当にヤバくて感動してしまいました。
10. Bruno Duplant & David Vélez『Preservation』
無機質なドローン/アンビエント。
サウンドアーティスト2者による共演作。電子音の持続とそこに微かなざわめきのように加わるフィールドレコーディング。私は聴き始めた時と聴き終わった時の自分が精神的に全く1ミリも動いてないような音楽が生きていくのに必要なタイプの人間なんですが、自分のそういった嗜好に今年最も応えてくれたのがこれでした。
9. tricot『3』
変拍子を多用したロック。
2015年リリースの前作『A N D』を散々聴いてただけに今回のもめっちゃ期待してた一枚。最初こそところどころで多少とっつき難さ感じる部分あったものの2017年終わって振り返ってみればそんなん霞むくらいに聴きまくりました。前作と比べるといろんな意味でソリッドになってる印象で、こっちに慣れると過去作がちょっと重鈍にすら感じるくらいキレのいい演奏が最高。持ち前の変拍子キメまくりな楽曲ももちろんいいんですけど今作においては聴き込むほどに「よそいき」「スキマ」「エコー」「メロンソーダ」辺りのそれにあまり頼っていない楽曲の存在感が自分の中で大きくなっていく感じありました。
8. Kazuya Ishigami『A-Z-B Men』
電子音響/ドローン。
大阪の電子音楽家/サウンドアーティスト石上和也の作品。レビューはこちら。
7. 今井和雄『the seasons ill』
フリージャズの要素もある爆発的な即興演奏。
これについてはこちらやこちらでだいたい書きたいことは書いてしまってるんですが…。26分の1曲目、28分の2曲目ともにずーーーっといろんなタイプの快楽的な音が出てるといって差し支えないような内容なんですが、中でも時折出てくる(弾いて出してる時もあれば弦を擦るような奏法の合間に不意に出ているようなこともある)金属的な音なんかはフリージャズやインプロというよりはGang Of Fourのアンディ・ギルのカッティングのようなエッジーさが感じられてめちゃくちゃかっこいい。
6. Chiyoko Szlavnics『During A Lifetime』
現代音楽。
Another TimbreのCanadian Composers Seriesよりリリースされたカナダの作曲家チヨコ・スラヴニクスの作品集。作風としてはロングトーンの連なりで描かれるドローン的ともいえそうなもので、ひとつの楽器が複数の音程を行き交いするようなフレーズと呼べるような動きをすることはありません。おそらく純正律や微分音などを用いているのでしょうか、聴き慣れた和声の移り変わりから得られる進行感や、特定のイメージの想起をほとんど感じさせない音の抜き差しと移り変わりの中で、不安定さとそこから時折浮かび上がる美しさがせめぎ合うような非常に偏執的な“ハーモニーの音楽”が形作られているように思います。特にアコースティック楽器に加えサイン波を用いた①、③が素晴らしく、1曲目「During A Lifetime」において個別に鳴っている数種のサックスがそこに加わるサイン波とそれによってもたらされるうなりによって広がりや溶け合うような音響の変化を見せる場面などは、音の揺らぎが持つ底知れない豊かさを純粋なかたちで取り出したような美しさを感じさせてくれます。
5. Haptic『ten years under the earth』
サウンドアートの視点で演奏、録音、編集された電子/アコースティック/楽器/物の境界を跨ぐ音の連なり。
シカゴを拠点とするJoseph Clayton Mills、Steven Hess、Adam SonderbergによるユニットHapticによる作品。今作では新たにメンバーとしてTim Barnesが加わっているようで初の四人編成でのアルバムとなっています。本作はこれまでの作品でも感じられたインスタレーション/サウンドアート的な場や空間を活かした表現と、その視点による演奏行為の及ぶ対象の拡張がより強固に前景化した印象。楽器以外のモノによる“演奏”が本作では非常に抽象的というかまばらに配置され、音楽的に捉えればとりとめのない、しかしそこに縛られなければフィールドレコーディング的なリアルタイム性だったりある種の自然さや無常感?のようなものが感じられる音の連なりに結実しているように思います。本作の後に過去作を聴き返すと今までは音のマテリアルを編集によってかなり音楽的な構造に寄せているような印象すらあって面白いです。
4. Matthew Stevens『Preverbal』
ジャズミュージシャンが音作りや録音、編集におけるエレクトロニックな手法を大きく取り入れ制作した音楽。
アメリカのコンテンポラリージャズシーンで活躍するギタリストのセカンドアルバム。ギターのエフェクテブな音色の多用やオーバーダビング、エレクトリックベースまたはシンセベースの使用、サンプラーパッドの使用、加えておそらく録音後の加工(ポストプロダクション)なども用いギタートリオという編成でできうる限りの選択肢を活用したポストロック的とも捉えられそうな一枚。しかし方法論の面でそのような捉え方ができる一方、実際に聴こえてくる音はというと作曲の面ではなかなかロック系のミュージシャンでは到達できない和声的な複雑さと豊かさを、その展開や演奏の端々からは強いリアルタイム性を、音作りの面では電子的な音色を多く用いながらも1stと地続きなどこかアーシーさを感じさせる響きを、といった具合にジャズや彼がフェイバリットに挙げるダニエル・ラノワの作品の影響が随所に反映されていて、方法論に自らの音楽が引っ張られているような部分はなく見事に自分の音楽を鳴らし切っています。「美しく必然的なやり方で、アコースティックとエレクトリックの要素を混ぜ合わせる能力に驚かされる」とは彼がダニエル・ラノワの音楽について語った言葉ですが、本作は正にこれがそのまま当てはまるように必然的なやり方でエレクトリックの要素が取り入れられた一枚ではないでしょうか。
3. Hisato Higuchi『Kietsuzukeru Echo』
アシッドフォーク。
ヒスノイズ、とギターと歌。彼の音源には他のアシッドフォークと形容されるシンガーソングライターと比べても異質なほど実況録音性があるような気がしていたんですが、本作ではそういった感覚がさらに増している印象で、なんか朝起きてなんやかんやの身支度して出かけたりといった生活すべてを録っていてその中からふと一息ついてギターを持ち歌った部分だけを抜粋して聴かされているような感じがあります。日常とグラデーショナルに続いたようなアンビエンスからギターと声が浮かび上がり、そして消えていく様に眠りに落ちる瞬間のような沈み込む(浮かび上がる?)感覚と官能的な美しさを感じます。あとこれ、何度聴いても曲をしっかり覚えきれない感じがあって、ギターと声による弾き語りってスタイルにも関わらずとても抽象的な(アンビエント的な?)音楽として成立してしまってるところが本当に素晴らしいですね。
2. Colin Vallon『Danse』
フレーズの反復を多用したコンテンポラリー・ジャズ。
スイスのピアニスト、コリン・ヴァロン率いるトリオの現メンバーでは二作目となるアルバム。叙情的な曲調と変拍子やポリリズムなどを用いたリズム面の創意工夫を融合させた音楽性で高い評価を得ている彼らですが、本作では反復されるピアノのフレーズに非常に耳に残りやすいものを用いたメロディアスな楽曲が多く収録され、彼らの音楽に初めて触れる方には特におすすめできるような聴きやすさを持った作品となっています。前作から参加し、多彩な金物の仕様や電子的なエフェクトを模したと思われる創造的な演奏で注目を浴びたドラムのジュリアン・サルトリウスもそういったメロディアスな楽曲ではエフェクテブな音色は控えめに用い、いい意味でその存在が楽曲の持つ美しさの中に溶け込んでいるような印象です。時間としては短いものですが④、⑥、⑨などでは反復といった形式に収束しない引っかかりの多いリズムの演奏だったり、速度感のあるインプロ寄りの演奏、プリペアドピアノ的な音色の使用も行われていてこの辺りの方法論にこの後のグループの可能性を聴きとることもできるかもしれません。
1. Linda Catlin Smith『Drifter』
現代音楽。
カナダの作曲家リンダ・カトリン・スミスの2枚組作品集。印象派から無調前夜までを巧みに行き来するような和声感覚、モートン・フェルドマンのような掴みどころのない発音のタイミング(リズム)、そしてなにより特殊な奏法などを用いないオーセンティックなクラシック音楽の範疇に収まる表現方法を用いて、ここまでテクスチャーの豊かな音楽を構築することができるということに感銘を受けました。詳しくはこちら。