一般社団法人 企業年金・個人年金教育者協会という団体のwebサイトに
公的年金保険研究会というページがあり、すばらしい内容ですので1つずつご紹介しています。
前回はこちら →
課題や今後の方向性から【28】適用拡大とは「公的な保障が手厚くなる」ということ 今回の第29回目もいつも通りいくつか抜粋して紹介しコメントを書きます。
-----
■課題や今後の方向性から
29.人生100年時代に適した Work Longer 社会は、老後の生活にも有利であり、さらに年金の受給開始時期は選択できること
・社会保障制度には、税を主な財源として給付やサービスを行う「福祉的な制度」と、社会保険料を徴収し給付を行う「社会保険制度」がある。 日本の公的年金保険は、「社会保険制度」 p1
・老年医学会が明らかにしているように、高齢者の若返り、長寿化が進み「人生100年時代」となってきている今、収入の面では、60歳以降に雇用を延長する企業が増え、サラリーマンであれば再就職して働き続けることがごく普通になってきている。これからは、高齢者がこれまでよりも長く働く Work Longer 社会になる p1
・納付された厚生年金保険の保険料が受給中の年金額に反映するには一定の条件が必要であったが改善されること(中略)2022年4月以降、65歳以降の在職中の年金受給者について、年に一度、納付実績が受給中の年金額に反映されるようになる p3
-----
シラバス29はA4サイズで5ページ分です。
人類はその歴史上、今が最も長生きしている時代です。原因はさまざまにあると考えられますが、長生きにより健康で動ける時間も長くなっているはずなんです。(健康寿命という表現は個人的にあまり好きでがありません)
一部の限られたケースを除き、長く働くのが当たり前だと考えます。もちろん若い時代と同じような働き方を高齢になってから続けられる人は多くないでしょうし、その必要はない人が大半のはずです。細く長く働き続けることが自分にとっても家族にとっても社会にとっても良いことではないでしょうか。
もちろん働ける状態にない人はその限りではありませんし、早期に働かなくてもよい状態になった人はしっかりとお金を使ってもらうことで社会(経済)をまわしてくれることでしょう。
基本的に「働かざるもの食うべからず」は適切な表現だと思っています。何度も繰り返しますが、この前提は「働ける場合は」です。さまざまな事情により働けない人は働いている人が支えないといけません。働けない人は仕方のないことなんです。給付を受けることで、その給付を消費に回すことが大事な社会の循環につながります。
なお、働けない人と働かない人は意味合いが違います。ご承知おきのうえ、読み進めてください。
---
今回も1点つっこんでおきます。p3です。
65歳以降については、保険料負担をしている現役世代とのバランスの観点から、一定程度の賃金を得ており、年金と賃金でそれなりの収入があれば年金制度の支え手に回ってもらうという考え方から 年金の支給停止をしている
このシリーズを読んでくださっている方々であれば私の主張はすぐにわかってもらえると思います。「支え手」という表現は本当にやめてもらいたいです。
単に保険料を納める側にまわるだけなのであれば「支え手」にあたるのは間違いないです。でも実際には異なります。
保険料を納めることで将来受け取る老齢年金の額が増えるんです。受け取る額が増えるということは手厚く支えられると言えます。単に負担が増えているわけではないんです。今「支える側」にいる人は将来「支えられる側」になります。
<過去参照記事>
・
公的年金制度の理念・意義から【03】就労に促進的な制度・
公的年金制度の理念・意義から【05】将来の経済状況に見合った額---
次回はシラバス
30.「将来の給付水準の確保とマクロ経済スライド調整の早期化」です。
コメント