ことばの疑問

「ごめんなさい」などと言わずに「おわびします」だけできちんと謝ったことになるのでしょうか

2022.05.18 杉戸清樹
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質問

人に謝るとき、よく「おわびします」とだけ言ったり書いたりしているのに出会います。「すみません」「ごめんなさい」などの言葉がないと、きちんと謝ったことにならないような気がするのですが、どのように考えたらいいのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』17号(2004、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

おわびしますだけできちんと謝ったことになるのでしょうか

回答

直接的な表現と間接的な表現

質問にあるように、「おわびします」という言葉だけで謝ることはよく見聞きします。「おわび」の手紙や文書には「…を心からおわびします」「…を深くおわび申し上げます」とだけ書いた例がよく見られます。また、「おわびします」とだけ言って、あとはただひたすら頭を下げたり両手を合わせたりしている人の姿も十分に想像できます。

つまり、「すみません」「ごめんなさい」などと言ったり書いたりしなくても、「おわびします」という言葉だけで「謝り」の言語表現が成り立っているわけです。

「すみません」「ごめんなさい」などは、謝る気持ちを直接的に表現する言葉です。これに対して「おわびします」は、もともと「自分はわびている」という意味で、謝る気持ちそのものでなく、謝るという行動を説明する言わば間接的な言葉です。

「おわびします」だけでは「きちんと謝ったことにならない」という思いは、その言葉が謝る気持ちを直接的に表現していないと受け取ることに理由があると考えられます。

「おわびします」だけでは 「きちんと謝ったことにならない」 気がするのはなぜか?の図解

言語行動の機能を説明する言葉

日常の言葉遣いの中には、「おわびします」のように、言葉を使ってそこで行っている行動(言語行動)の機能それ自体を説明する言葉がしばしば現れます。例を挙げます。(1)は「依頼」、(2)は「報告」、(3)は「謝り」の場面での言葉遣いです。それぞれのアとイを比べてください。

  1. ア 明日までに何とか仕上げてください。
    お願いします。明日までに何とか仕上げてください。
  2. ア 課長、A社から契約書が届きました。
    イ 課長、御報告します。A社から契約書が届きました。
  3. ア 約束が守れず本当にすみません。
    イ 心からおわびします。約束が守れず本当にすみません。

下線部分が、問題の「言語行動の機能を説明する言葉」に当たります。この部分は、依頼・報告・謝りの内容を直接的に表現するものでなく、言語行動の機能を説明する間接的なものです。アの言い方は、この言葉を含まず、依頼・報告・謝りの内容を直接的に表現する言葉遣いだけで成り立っています。イの言い方は、直接・間接の両方を含んでいます。

例文アとイのまとめ。例文ア. 明日までに何とか仕上げてください。アのいい方は、依頼の内容を「直接的」に表現する言葉遣いだけで成り立っている。例文イ.お願いします。明日までに何とか仕上げてください。イのいい方は「直接」「間接」の「両方を含んでいる。「お願いします」は言語行動の機能を説明する言葉であり、間接的なことばである。「ご報告します」「おわびします」も同様。

それだけで表現が成り立つ場合と成り立たない場合

注意すべきは、例(1)「依頼」や例(2)「報告」の場合だと、イのうち下線部分だけでは何について言っているのか分からず、依頼や報告が成り立たないということです。依頼や報告の内容を直接表現する言葉が不可欠です。

これに対して、例(3)「謝り」の場合は事情が違って、言語行動の機能を説明する「おわびします」という下線部分の言葉だけでも「謝り」の言語表現が成り立つ場合があります。最初に挙げたような場合です。

別の種類の言語行動でも、例えば「お祝い」「お悔やみ」など、「謝り」と同様に話し手の心情を相手に伝える種類の言語行動の中には、同じように「言語行動の機能を説明する言葉」だけでその場の言語表現が成り立つものがあります。次のような言葉遣いです。

  • 「心からお喜び申し上げます」「御祝辞を申し上げます」
    「謹んで新年のお喜びを申し上げます」「謹賀新年」など
  • 「父上の御逝去、謹んでお悔やみ申し上げます」

それぞれ、「おめでとうございます・よかったね」「御愁傷さま」といった祝いや悔やみの気持ちを直接的に表現する言葉遣いは使わなくてもそれぞれの場の言語表現が成り立っています。さらに、「おわびします」「お喜び申し上げます」「お悔やみ申し上げます」などの間接的な表現を含む言葉遣いが、上の例からも感じていただけるように、全体として丁寧で改まったものであるのも興味深いことです。

(杉戸清樹)

書いた人

杉戸清樹

杉戸清樹

SUGITO Seiju
すぎと せいじゅ●国立国語研究所名誉所員。
国立国語研究所では1975年以降、当時の言語行動研究部や日本語教育部門に在籍して、言語生活・敬語・方言・言語接触などに関する臨地調査を担当しました。発音・語・文など言語そのものだけでなく、これらを使う表現伝達の言語行動が関心の焦点でした。

参考文献・おすすめ本・サイト

※ PDFアイコンのある資料は公開されています。

  • 杉戸清樹(1985)「文書の定型表現―地方自治体職員の意識調査から」『言語生活』408号(1985年11月号) 筑摩書房、pp.62-70
  • 杉戸清樹(1989)「言語行動についてのきまりことば」 『日本語学』8巻2号(1989年2月号) 明治書院、pp.4-14
  • 杉戸清樹・塚田実知代(1991)「言語行動を説明する言語表現―専門的文章の場合」『国立国語研究所研究報告集 12』、pp.131-164
    PDFファイル 国立国語研究所学術情報リポジトリ(http://doi.org/10.15084/00001338
  • 杉戸清樹・塚田実知代(1993)「言語行動を説明する言語表現―公的なあいさつの場合」『国立国語研究所研究報告集 14』、pp.31-79
    PDFファイル 国立国語研究所学術情報リポジトリ(http://doi.org/10.15084/00001133
  • 杉戸清樹(1992)「言語行動を説明する言語表現と丁寧さ」『日本語研究 13』 東京都立大学、pp.3-13
  • 杉戸清樹(1998)「『メタ言語行動表現』の機能―対人性のメカニズム」『日本語学』17巻11号(9月臨時増刊号)  明治書院、pp.168-177