kotaの雑記帳

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小説「あのこは貴族」(山内マリコ)の感想:格差でなく、今もある日本の階級社会を描く

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「ああ、日本は格差社会なんじゃなくて、昔からずっと変わらず、階級社会だったんだ。」と時岡美紀は思った。

この小説は、上級国民の華子の成長物語です。

小説の世界観について

 最近は日本も格差や貧困が広がったと言われ、上位20%の世帯が日本全体の金融資産の57%を保有しています。また、ソフトバンクの孫正義氏の年収は94億円と非常に高額です。

 一方、保有する資産額とは別に、上級国民と下級国民という階級が日本には存在します。これは、以下のように端的に述べられています。

「”いいとこの子”には二種類ある。強欲でワガママで、お高くとまった下品な金持ちいうイメージは、一代で財を築いた成金特有のもので、慶応にいるお金持ちは、何世代も続く裕福な家に生まれたタイプが多かった。彼らはむしろおっとり育てられ、ガツガツしたところがまるでない。東京が地元で、実家から大学へのんびり通ってくる。」

 

上級国民(貴族)とは

 元首相の麻生太郎は、元首相の安倍晋三と親戚であることはご存知でしょうか?彼の高祖父母は大久保利通で、祖父は元首相の吉田茂、親戚に元首相の佐藤栄作や岸伸介がいます。さらに、妹は皇族に嫁いでおり、皇族との親戚関係でもあります。
 このような日本を動かした人物の子孫は、いまも同じ場所、東京に集積して、今の世の中も狭い人間関係で回っています。そして、これは、庶民には巧妙に隠されている場合が多い。

 このような人たちは、一族で守るべき財産やビジネスがあり、それを守るためのシステムを持っています。例えば、就くべき職業は弁護士・税理士・政治家のように決められており、子は祖父の指示に従ってその職業を目指します。結婚相手も、上流国民同志から選ばれ、一族のメリットをもたらす(最低限デメリットのない)相手である必要があります。

 

あらすじ

 上級国民の華子は、箱入り娘、親の言われるままに学校・習い事をして育ち、結婚適齢期を迎えます。30歳までには結婚するものだと信じている華子は、付き合っている彼にふられたことで婚活を始めますが、その時初めて自分が”普通”の男は生理的にダメなことに気付きます。具体的には、女性をリードできない男性はNG、大衆居酒屋に誘うような男性はNG、東京生まれ東京育ちでない男性はNGです。
 そのうち、上級国民の青木幸一郎と出会い、惹かれ、プロポーズされます。青木幸一郎は華子を愛していません(上級国民の結婚理由は愛ではない)が、自信に裏打ちされた穏やかな性格と人付き合いのうまさと財力を持つこともあり、華子は彼と結婚します。しかし、一年後、華子は離婚することを決意します。

 

感想

 小説の世界観である上級国民に関する描写が心地よい。皇族の子息が通う慶応大学幼稚舎や学習院には、こんな人がいるだろうと思わせます。例えば、帝国ホテルに関する記述が上級国民の生活をそれとなく匂わせます(私がこの前、帝国ホテルのラウンジでコーヒーを飲むと一杯3千円でした)。

 以下は、毎年行っているお正月の食事会の会場である帝国ホテルに到着したシーンです。

「逃げ込むように帝国ホテルのドアをくぐり、華子は芯からほっとする。そこかしこがチョコレート色の内装はどこか懐かしく、ラグジュアリーをうたった昨今の外資系ホテルには無い落ち着きがあった。」

このお食事会では、祖父が亡くなっているため祖母が中心となって会話が進みます。一方で、上級国民の青木幸一郎の家のお食事会は祖父(じぃじ)が中心です。

「会話の中心はじぃじであり、じぃじの言ったことに対してそれぞれが感想を述べる形でなくとなく弾んでいる」

 

 幸一郎は、弁護士として働いていますが、政治家に転身します。その理由が以下のように書かれており、上級国民は一族のビジネスを守るために役割を担う様子が良く描かれています。

「曾祖父の代から築き上げてきた家名と地位と後援会をフイにするわけにはいかず、選択の余地はなかった。」

 

 また、小説の構成も良く出来ています。上級国民の華子を主人公とし、より上級度の高い青木幸一郎との結婚を通じて、その世界での縁組とはどういうものかを描いています。さらに、地方から上京した平民の時岡美紀を通して、上級国民の生活や思考を浮かび上がらせていて、必要十分で無駄のない構成だと思います。

 

考察

 この小説に深みを与えているのは、華子の離婚です。箱入り娘で一人で生きていく力のない華子が、財力があって穏やかな幸一郎と離婚する理由は普通ありません。

 上級国民の結婚は、一族の利益になるかどうかで愛ではありません。しかし、華子は、心が通じている”普通”の夫婦を求めますが、それが叶わず離婚を決めます。つまり、華子は上級国民としての覚悟がなく弱いのです。この弱さこそが華子の魅力です

 華子の幸一郎への不満をいくつか抜き出します。

「……心が……あんまり感じられないところ……かもしれません。心がないわけじゃないけど。なんていうか。適温だから居心地はいいけど、長居するとすごっく底冷えする部屋みたいな、そんな感じで」

「幸一郎という人は決して人前では冷たい態度は取らないが、ナチュラルに薄情なところがあって、ふとした瞬間にそれが漏れ出してしまうのだ。」

「でも、華子はすでにうんざりなのだった。どんなに時間をかけて料理を作ったところで、ありがとうも美味しいもない。」

 

 そして、離婚後2年程してから、偶然再会した華子と幸一郎の会話が幸一郎の人となりを際立たせていて素晴らしいです。

「……難なく飼いならせそうだから、幸一郎さんわたしと結婚したですよね?」
華子は鋭いところを突き、幸一郎は真顔で言葉を詰まらせる。
(中略)
「あれは酷かったな、酷い結婚だった」
またしても他人事のように言うので、華子は幸一郎を睨めつけながらこう言い返した。
「その酷い結婚、半分は幸一郎さんの責任てこと忘れてません?」
「え?俺?半分も?」
幸一郎の悪げのなさに、華子は苦笑する。

 

まとめ

 山内マリコさんの小説「あのこは貴族」を読みました。金持ちではなく上級国民の話です。上級国民とはどういうものかという記述が心地良い。また、最後に華子が離婚するストーリが小説に深みを与えています。
 この小説は映画化もされているので、こちらも観たいです。

 

(冒頭の画像はAI(Microsoft Designer)にて生成)

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