2025年の視点:「金融の規制緩和」がカギになる1年に、トランプ政権で急展開も=大槻奈那氏

2025年の視点:「金融の規制緩和」がカギになる1年に、トランプ政権で急展開も=大槻奈那氏
 米国では、1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げがスキップされる可能性が高まり、金融緩和のサイクルが終盤に近付いてきた。しかし、トランプ政権の「アクセル」は、まだまだこれからかもしれない。大槻奈那氏のコラム。写真は米ニューヨークのビル群。2023年撮影(2025年 ロイター/Mike Segar)
[東京 3日] - 米国では、1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げがスキップされる可能性が高まり、金融緩和のサイクルが終盤に近付いてきた。しかし、トランプ政権の「アクセル」は、まだまだこれからかもしれない。鍵を握るのは金融規制である。
トランプ氏は、選挙期間中から金融規制緩和の可能性について言及してきた。第一次政権期中の2018年に、「経済成長、規制緩和、消費者保護法(Economic Growth, Regulatory Relief, and Consumer Protection Act)」に署名し、中堅銀行を厳格な規制の対象から外した実績もある。こうした期待から、現在、銀行業界は、規制緩和要望の長いリストを準備していると報じられている。
<トランプ2.0の「デイ・ワン」に向けた動き>
2024年12月に金融業界を驚かせたのは、金融監督機関の大胆な整理案に関する報道である。連邦預金保険公社(FDIC)を廃止し、預金保険の機能を財務省に移行するという案や、FDIC、通貨監督庁(OCC)、連邦準備理事会(FRB)の3つの規制当局を統合するか、いずれかのみが銀行規制を継続する、といった案が浮上しているという。
米国の金融監督は、日本などと比べて複雑だ。銀行持株会社の監督はFRBが管轄し、OCCは国法銀行を管轄、FDICは州当局とともに州法銀行等を監督する。また、消費者金融保護局(CFPB)も消費者保護の観点からの監督を行っている。
以前から、このような従来型の金融監督では、デジタルベースの新たな金融サービスに対する監督に適していないとの指摘がなされてきた。18年にOCCがフィンテック企業を自らの管轄である国法銀行法の対象とする特別目的銀行免許を設けたが、ニューヨーク地方裁判所はこれを越権行為とする意見を提示するなど新分野の監督は迷走気味だ。規制当局の一本化で、新たな金融業への対応の透明化と、危機時の対応決定の迅速化するなどの効果が期待される。
しかし、隠れたアジェンダとして市場が憶測を巡らせるのは別の「恩恵」だ。今回の当局の整理で、トランプ政権の規制緩和に最も強く異を唱えると予想されるFRBが金融規制政策から遠ざかり、緩和が進みやすくなるというシナリオだ。
<金融規制緩和のメニュー>
具体的にはどのような点が規制緩和の俎上(そじょう)に上るだろうか。
筆頭格が、バーゼル3の「エンドゲーム」と呼ばれる最終案の適用延期と、内容の緩和だ。バーゼル3とは、世界の銀行の規制をつかさどる国際決済銀行(BIS)による金融規制である。1988年の初合意から今日まで段階的に厳格化されてきたが、その第三弾の最終案が2017年に合意された。その適用と細目は各国に委ねられている。ちなみに、日本の大手行は24年3月に適用済みとなっている。
23年初頭のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻もあり、米当局はこれを機に大幅に厳格化する案を示唆している。そのまま適用された場合、銀行は平均で16%程度自己資本を上乗せする必要があると試算されていた。あまりにも厳しいという批判を受け、24年9月に、影響度が半減する案に修正された。
こうした流れの中、米国における適用は当初予定の25年7月からの延期が不可避と見られている。多少適用を遅らせるだけなら大した影響はないのでは、と思われるかもしれない。だが米銀も大手行となると、1年間で自己資本の10%に当たる当期利益を稼ぐため、1年でも適用延期が延期されれば大助かりである。
しかし市場が期待するのは、もう一段の緩和である。その中で最も重要な項目がトレーディング勘定の抜本的な見直し(FRTB)の柔軟化だ。FRTBには、例えば、トレーディング勘定と銀行勘定の区分の厳格化や、危機時のデータを用いた資本水準の設定などが含まれている。
銀行のロビー活動に加え、国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)等もトレーディング勘定規制の厳格化を批判している。ISDAは、例えば、米銀については、国際的に重要な銀行(G-SIB)の上乗せ資本とストレステスト、ストレス資本バッファーは、カバーするリスクが重複しているので整理すべきだとしている。銀行業界も、12月末、ストレステストの手続きが不透明であり法律に即していないとしてFRBを提訴した。
銀行業界は、その他にも、例えば「公平な貸出原則」等について緩和を求めている。これは低所得者への融資等を通じ地元に貢献することを義務付けるというルールだが、貢献すべき地元の定義を拡大するなど厳格化が規制当局から提案されていた。これに対しても銀行業界は猛反発し、地方裁判所に提訴している。
<金融規制緩和の市場への影響>
このような米国の金融規制の緩和に現実味はあるのだろうか。これまでの政権運営ならば答えはノーだっただろう。しかし、米国の銀行業界は、SVB破綻時でも総破綻件数は1桁に収まるなど、年間100行以上破綻していたリーマンショックの頃に比べて圧倒的に健全だ。さらなる規制強化に銀行業界が抵抗するのも無理はないし、緩和で景気浮揚が図られるならプラグマティック(実利的)なトランプ政権が言下に否定するとも思えない。
では、規制緩和が実現した場合、世界の金融市場にはどんな影響があるのか。
まずトレーディング・リスクについては、米国の市場は世界の調達市場の75%を占めるとされることから、米国の厳格化のレベル感は世界の様々な市場の取引量を左右する大問題だ。
また、銀行の資本要請全体の緩和は、米国の景気に直結する。今後、インフレ加速懸念から利下げが一巡するなら、景気刺激に大きな役割を果たすのは銀行の投融資である。資本要請が想定以下となれば、その分、投融資を活発化できることから、金利低下期待が後退した分を補えるだろう。
特に、米国経済の足かせといわれる商業用不動産市場は金利低下を心待ちにしているが、1月のFOMCでは、4会合ぶりに政策金利の引き下げが見送られる公算が高まっている。金利が想定外に高止まる場合に、米不動産市場の「頼みの綱」は銀行の積極的な融資スタンスだ。
25年は、久々に金融規制の動向が市場の注目を集める年になりそうだ。
*このコラムは12月26日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*大槻奈那氏は、ピクテ・ジャパンのシニア・フェロー。東京大学卒業、ロンドン・ビジネス・スクールでMBA、一橋大学ICSで博士(経営学)。スタンダード&プアーズ、UBS、メリルリンチ、マネックス証券などでアナリスト業務に従事。2022年9月より現職。名古屋商科大学大学院教授を兼務。
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