コラム:円高進行3つの要因、警戒すべき新興国市場=佐々木融氏

コラム:円高進行3つの要因、警戒すべき新興国市場=佐々木融氏
6月12日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長は、円高進行の背景には、日本の債券・株式市場の不安定化とドル安もあるが、もっとも警戒すべきは新興国市場の不安定化だと指摘。提供写真(2013年 ロイター)
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 債券為替調査部長(2013年6月12日)
ドル円相場は、昨年11月中旬の79円台半ばから、今年5月22日に103.74円をつけるまでの半年間で30%も急騰した。半年でこれだけ急騰したのは恐らく1970年以降初めてのことである。
しかし、同期間に80%上昇していた日経平均株価が5月23日に1000円以上暴落すると、ドル円相場も反落を始め、米5月雇用統計が発表された6月7日に94.98円をつけるまでの12営業日で8.4%下落した。この短期間でこれだけ大きく下落したのは、2008年12月以来4年半ぶりのことである。
その後、ドル円相場はいったん99円台まで反発したものの、今月11日には再び95円台まで反落。依然としてドルの上値は重く、さらなる円高進行もありそうな気配である。なぜ急に円高・ドル安が進み始めたのだろうか。
<日銀が飛び込んだマネーゲームの難しさ>
第1の要因は、日本の長期金利上昇とそれを受けた日経平均株価の急落である。4月4日に黒田東彦日銀総裁が示した、「イールドカーブ全体の金利低下を促すことによるポートフォリオリバランス効果」に対する期待とは裏腹に、日本の10年国債利回りは急騰した。
そして、黒田総裁が5月22日に「中央銀行は完全に長期金利をコントロールできるものではない」と発言すると、マーケットは梯子(はしご)を外された形となり、その翌日に10年国債利回りは1%に達し、日経平均株価は暴落した。黒田総裁の狙い通り、イールドカーブ全体の金利が大きく低下するのであれば、投資家が株や外債に資金を移す可能性は十分ある。しかし、金利は上昇してしまったので、株の極端な上昇が支えられなくなったと考えられる。
6月11日の決定会合では市場の予想に反して、金融政策の変更は行わず、株安・円高を誘った。マネーゲームに自ら飛び込み、債券・為替・株式市場を大きく動かそうとした日銀は今、ゲームの難しさを実感していることだろう。期待で動いた相場は、すぐに期待を織り込んでしまい、次の期待を持たせてくれることを際限なく要求してくる。実体経済に本当の変化が起きるまでこの心理戦は続くのである。
第2の要因は、エマージング市場の不安定化だ。米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和政策を縮小させるとの期待が高まる中、米国の金利が上昇し、その結果エマージング市場から資金が流出し、同市場は全体的に不安定な状態が続いている。そこにトルコ反政府デモの激化が加わったこともあって、一部のエマージング通貨・債券・株は大きく下落し、ボラティリティも上昇している。
トルコの株価指数は反政府デモが始まった5月31日から1週間で15%程度急落している。エマージング市場全体でも、5月最終週頃から不安定化し始め、同月29日以降の2週間で見ると、ブラジルやインドネシアの株価指数は11%、タイは10%、フィリピンは8%、ロシアは7%も下落している。また、通貨でも南アフリカランド、インドルピー、ブラジルレアルなどが大きく売られている。
5月半ばまでの半年間で進んだ円安は、ほとんどが海外短期筋の円売りに起因する。したがって、市場に積み上がった円ショート・ポジションは非常に大きいだろう。そして、円ショートの反対側でロングになっているのはエマージング市場の通貨・資産である場合も多いと考えられる。このままエマージング通貨・資産の売りが続くということは、ポジションが閉じられる、つまり、円が買い戻されることを意味するのである。
<円は安全資産だから買われるのではない>
第3の要因は、ほかならぬドルの下落だ。5月半ばまでの半年間のドル円相場急騰のほとんどは「円安」に拠るところが大きいが、5月9日の100円台乗せ以降は「ドル高」に支えられた部分も大きかった。量的緩和縮小に対する期待の高まりなどを背景に、ドル名目実効レートは5月9日から約2週間で3%超上昇した。そのドルが6月に入ってから反落を続けており、上昇分の半分以上をすでに失っている。
実効レートで言うと分かりづらいかもしれないが、ユーロとポンドが対ドルで6月に入って上昇しているのは、ドルが全体的に弱くなってきたからである。ドルは米長期金利が引き続き上昇トレンドにある中で下落に転じており、こうしたトレンドが続くようであれば、ドル円相場に下落圧力をかけるだろう。
このように、日本の債券・株式市場の不安定化、エマージング市場の不安定化、ドル安という3つの要因が今後も続くようだと、ドル円相場の下落トレンドはもうしばらく続くかもしれない。
ただ、第1と第3の要因はそれだけでドル円相場が80円台まで下落するほどのインパクトとはならないだろう。最も怖いのはエマージング市場の不安定化である。ここから出てくる資金の多くは円に戻ってくるはずだからである。よく「安全資産としての円に資金が向けられ」などと言われるが、円は安全資産だから買われるのではない。もともと、円を調達し、それを売って、エマージング通貨・資産を買っているのだから、そのポジションを閉じる時には、円を買い戻し、返す必要があるというだけのことだ。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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