焦点:賃金上昇弱く構造失業率低下を示唆、2%達成へハードル上昇

焦点:賃金上昇弱く構造失業率低下を示唆、2%達成へハードル上昇
日本国内の失業率が3.4%まで低下しているものの、賃金は「教科書通り」に明確な上昇トレンドを描いていない。都内で2014年12月撮影(2015年 ロイター/Issei Kato)
[東京 11日 ロイター] - 日本国内の失業率が3.4%まで低下しているものの、賃金は「教科書通り」に明確な上昇トレンドを描いていない。エコノミストの一部では、完全雇用の目安である「構造失業率」が従来想定の3.5%から低下しているとの分析も浮上。この問題では、日銀内でも温度差が感じられる。
仮に目立った低下が現実に存在するなら、日銀が掲げる2%の物価目標達成に時間がかかり、この先に追加緩和の議論が浮上する可能性も出てきた。
<春闘賃上げ、加速感乏しく>
日銀が物価上昇の主要な根拠としてきた賃金上昇圧力は、春闘における妥結企業が増えるにつれ、勢いが弱くなっている。
連合のまとめによると、4月発表の第4回集計では、定期昇給を含めた賃上げ率は2.24%。昨年同時期の2.18%に比べ、目立った加速感はない。
中小企業にも賃上げの動きは広がっているとはいえ、賃上げ率自体は主要企業ほどの勢いはないためだ。
賃金底上げにつながるベースアップだけを取り出すと、最終的には0.5%程度となりそうだ(内閣府試算)。昨年の0.4%程度からわずかに増加するとはいえ、サラリーマンが給与増加を実感できる数字ではない。
春闘が始まる前まで、日銀内では物価目標2%を達成するには、今年の春闘で昨年の2倍に当たる1%程度のベースアップに期待したいとの声もあった。それに比べると、春闘での賃上げ率は尻すぼみとなり、力不足は否めない。4月上旬の日銀金融政策決定会合議事要旨では、昨年以上の賃上げを評価する声の中に「勢いを欠いている」との発言があったことも明らかになった。
日本総研・山田久調査部長は「主要企業での賃上げ率はまずまずだったが、結局全体にさほど波及していない。中小企業ではまだ右肩上がりの経済に自信を持てず、固定費につながるベースアップにはやはり慎重だった」とみている。
また、失業率と賃金の関係をみても、教科書通りには進展していない。
昨年来低下の一途をたどり、今年3月時点で3.4%まで低下。雇用ミスマッチで失業している人々を除いたベースで完全雇用といわれる「構造失業率」の水準について、政府・日銀はこれまで3.5%前後としてきたことからみて、賃金上昇が起こってもおかしくない状況だ。
しかし、中小企業や非正規雇用なども含んだ勤労者の給与を網羅する毎月勤労統計では、2014年の所定内給与水準が、結局前年割れ。今年1─3月も前年比0.1%の伸びにとどまった。
この点について、SMBC日興証券・チーフエコノミストの牧野潤一氏は「労働市場で主婦層や退職者の労働参加率が上昇しており、65歳までの参加率は80年以降最高水準、65歳以上も急速に上昇している」と指摘。
さらに「労働供給が増加それば労働市場のひっ迫を緩和する。そのため構造的失業率が低下し、賃金は上がりにくくなる」と分析。日銀が予想する賃金上昇による物価上昇率の拡大というシナリオは、見えにくいとしている。
<日銀内で構造失業率の水準に食い違い>
牧野氏と同じ見解を日銀・原田泰審議委員が3月の就任会見で示している。「物価が上がっていない状況での失業率を、完全雇用であるということはできない」との見解を示した。そのうえで「2.5%くらいが完全雇用の失業率」として、従来の日銀の見方より構造失業率は低い水準にあるとしていた。
4月30日の「展望リポート」では、構造失業率が昨年10月の展望リポートでの「3%台半ば」から「3%台前半から3%台半ば」に引き下げられた。エコノミストの一部には、原田委員の意見を参考した可能性がある、との見方も出ている。
ただ、日銀は足元の失業率などに合わせて構造失業率が変動するとみており、見方を大きく変えたわけでないと説明している。
それでも、クレディ・スイス証券・チーフエコノミストの白川浩道氏は「重要なことは、日銀が今回の展望リポートにおいて、推計構造失業率の値を引き下げたこと。その結果として2%のインフレ達成予想時期が後ズレすることになったと解釈される」と指摘する。
山田氏も「日銀は、賃金全般の動きの鈍さからみて、構造失業率が従来より低下しており、賃金・物価圧力が想定していたよりも弱いとの判断に至った面もあるかもしれない」とみる。
<期待インフレ率にも影響、追加観測の根拠に>
構造失業率が原田委員の言うように従来推計より1%も低いとなれば、賃金上昇圧力に加速感が出ない現状も説明がつく。
同時に物価上昇圧力は、弱まりかねない。実際の消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)には原油安に伴うエネルギー価格下落で上昇力に大幅な下落圧力がかかっている。
さらに鈍い賃金上昇という現象が加われば、予想インフレ率を押し下げる可能性も高くなると一部のエコノミストは予想。市場での追加緩和観測は、今回の展望リポート後にさらに高まったとの声も出てきた。 
バークレイズ証券・チーフエコノミストの森田京平氏は、コアCPIの前年比が5月から半年程度、マイナス圏内にとどまると予想する。「あくまでエネルギー価格の下落に起因する部分が大きく、日本がデフレに逆戻りするわけではないが、その影響は家計や企業の予想インフレ率に及ぶ可能性がある」と予測。日銀が追加緩和に打って出る可能性が高いとみている。
白川氏も期待インフレ率が明確に下振れるかどうか、消費税増税のベース効果が消え、食料品価格のピークアウトが顕在化し始める6、7月以降のデータに注目している。

中川泉 取材協力 竹本能文 編集:田巻一彦

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