アングル:1ドル90円台で全輸出業種が採算確保、一部で国内回帰も

アングル:1ドル90円台で全輸出業種が採算確保、一部で国内回帰も
3月6日、輸出企業の平均採算レートが足元で1ドル84円程度であることが内閣府の調査で明らかとなり、現状の円相場なら全ての輸出業種が採算を確保できる水準となっている。写真は2月、都内で撮影(2013年 ロイター/Shohei Miyano)
[東京 6日 ロイター] 輸出企業の平均採算レートが足元で1ドル84円程度であることが内閣府の調査で明らかとなり、現状の円相場なら全ての輸出業種が採算を確保できる水準となっている。
こうした相場がこの先も持続するとの見方から、生産や仕入れなどを国内回帰させる動きも一部に出始めている。円高が国内事業縮小の大きな要因となってきただけに、為替環境の改善が続けば空洞化に歯止めがかかるとの期待が高まっている。ただ企業は為替以外にも様々な要因で海外シフトを進めているため、全体的な広がりが出るかはまだ不透明な状況だ。
<1年先も採算確保の円相場を想定>
「円安により海外調達が高くなってきたので資金がかかる。国内での調達に切り替えようか」──都内の中小企業からはこんな相談も商工会議所に持ち込まれ始めた。足元の円相場が1ドル90円台まで修正されたことで、国内回帰を検討する声もあちらこちらで出始めている。
商工会議所にはこのほかにも、円安進行により「自動車関連企業の(国内)設備投資の回復を期待している」(建設業)、「取引先が調達を海外から国内へ切り替えたため、受注増加を見込んでいる」(製造業)といった声も寄せられ、業況回復への期待が大きいという。
大企業でも、すでに多くの企業で輸出採算が大きく改善し、国内生産のメリットが出ている。内閣府が今月1日に公表した「12年度企業行動アンケート調査」では、上場企業815社のうち輸出企業の採算レートは平均で83.9円となった。最も採算レートが悪い繊維製品でも91円台となっており、足元の為替相場はすべての輸出業種で採算を確保できていることが明らかとなった。
さらに企業は、1年先の為替見通しとして1ドル88円台を予想、アベノミクスにより2%の物価目標が達成できるまで金融緩和の拡大が続く見通しを背景に、この先も円高に大きく振れることはないとみている。安倍政権誕生以前からエネルギー輸入大国となった日本の貿易赤字が黒字転換する見通しがなかなか立たないことや、米国で金融緩和の出口の議論が始まったことなど、円安になりやすい環境が増えていることもある。
<製造業の国内萎縮とけず、構造問題解消がカギに>
ただ、円安による国内回帰の動きはまだ始まったばかりで、広がりは見えない。
大企業は、この先も国内への回帰にはきわめて慎重だ。内閣府のアンケートでは、円相場が来年も採算レートより円安で推移する見通しでも、今後3年間の雇用者数の増加率は1%で1年前の調査と横ばい、設備投資はむしろ増加幅が縮小している。内閣府では円高是正の流れが続くにもかかわらず「企業の慎重姿勢は変わっていない」と見ている。
中小企業でも、海外進出の相談件数は足元で減っているわけではないという。東京商工会議所でも「円高だから海外へという考え方はもう古い。マーケットのあるとこへ出ていくという考え方で進出を勧めているため、すぐに国内に切り替えというのは難しいだろう」とみている。
企業が国内事業の足かせと感じている大きな要素は円高だけではない。国際協力銀行の調査では労働コストの上昇、電力供給見通しの悪化も国内事業強化・拡大のブレーキとなっている企業が多い。円高是正だけで国内回帰が進まないとすれば、こうした課題への対応も必要となる。雇用の規制緩和や新エネルギーへの取り組みなど、さらなる踏み込みが必要とされているといえそうだ。
<実需回復が何よりの処方せん>
さらにマインドの改善が実際の国内投資や雇用に結び付くには、やはり国内需要の回復が何よりの処方せんだ。それがデフレ脱却への王道にもなる。日銀内でも、新体制による大胆な金融緩和の効果として、設備投資の回復にもっとも注目している。
ただ足元ではまだ企業の投資マインドは厳しい。ロイターが1月に実施した調査では、アベノミクスの効果を踏まえても設備投資に積極的なれると回答した企業は製造業でわずかに16%。製造業では「国内需要が今後大きく成長することは見込めない」(輸送用機器)といった声が圧倒的に多かった。むしろ震災以降、好調が続く非製造業の方が国内投資に積極的な企業が32%と多くなった。「公共投資の増加により景気回復が期待できる」(不動産業)、「内需拡大に向けた積極性が必要」(小売)、「様々な緩和策に期待」(サービス)など、先行きの内需拡大を見込んでのことだ。
アベノミクスの一つの効果として「これまで円高により利益確保のために海外に出ていった企業がある中で、行き過ぎた円高の調整により、不必要なオフショア移転を避けることはできるだろう」(伊藤隆敏・東京大学大学院教授)という面は確かにある。加えて、投資や雇用の国内回帰の動きが広がるためには、持続的な内需回復への見通しや、それを後押しする規制緩和やエネルギーコスト低下などへの取り組みが必要であることが、各種調査からも浮き彫りとなっている。
(ロイターニュース 中川泉;編集 石田仁志)

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