特別リポート:中国で反日映画が大量生産される理由

特別リポート:中国で反日映画が大量生産される理由
5月26日、中国で反日映画が大量生産されてきた背景には、中国政府の政治的な思惑があるとの見方が強い。写真は浙江省横店の撮影所。3月撮影(2013年 ロイター/Aly Song)
[横店(中国浙江省) 26日 ロイター] - シー・チョンポンさん(23)は「死ぬ」ことを生活の糧としている。中国の映画スタジオが量産する抗日の戦争映画やテレビシリーズに出演するシーさんは、月給3000元(約5万円)で日本兵の役を幾度となく演じ殺されてきた。
1日の撮影で31回死んだことがあるというシーさん。浙江省にある映画スタジオ「横店影視城」でドラマを撮り終えたばかりの同氏は、自身の役について「死に値すると視聴者の皆が思うような日本兵を演じている。最期は爆殺される」と語る。
反日映画・ドラマで大量殺りくを繰り返す日本兵は、中国人に日本の統治時代を強烈によみがえらせる。日本の外交政策の専門家らによると、中国では昨年、200本以上の反日映画が制作されたという。こうした映画やドラマで育まれた反日感情は、日本と中国が領有を争う尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題などをめぐり過熱しやすくなっている。
しかし、中国政府は過去何十年にわたって反日感情を公認してきたことで、自ら行ってきたプロパガンダのわなに陥り、日本に対して交渉もしくは譲歩する余地をほとんどなくしてしまった。一方、日本政府にとっても、国内のナショナリズムが譲歩するのを困難にしている。
国家主義的な中国新体制下では、妥協点を探ることがますます難しいとの声も聞かれる。米シートン・ホール大学で戦時の記憶が日中関係に及ぼす影響を研究するHe Yinan教授は、国民から拒絶されることを中国の指導部も分かっているため、「妥協したくても、かなり難しいだろう」との見方を示す。
また、緊張関係やプロパガンダは、現在の日中間対立にとどまらない。対立の背景には、アジアでの影響力をめぐる日中の争いだけでなく、中国国内の政治闘争もあるからだ。中国専門家の多くは、指導者らが自身の正当性を高めるため、反日感情を育成していると考えている。ただこうしたことは、官僚の汚職や環境汚染などの問題に怒りを募らせる国民から疑問視されつつある。
<政治が促進>
尖閣問題をめぐり対立が続く中、あからさまな反日感情はスクリーンの中で激しさを増している。しかし、前出のテレビドラマに主演する俳優Jing Dong氏は、「(反日は)長い間、人民が好んできたテーマ」だと語り、政治がこうした反日映画やドラマの制作を促進しているとの見方を否定した。
このドラマは2011年に公開されたアクション映画のリメークで、オリジナルでは主人公の中国人と敵の日本人スナイパーの道徳的資質の違いが鮮明に描かれていたが、監督のLi Yunliang氏は、戦時中の敵を悪者として扱わないようにしているとし、「ドラマでは日本兵も感情を持っている。戦争は中国と日本の両方に苦しみを与えた」と語った。
それでも中国の指導者らはこのドラマを気に入るに違いない。宣伝資料によると、ドラマのあらすじはオリジナルより政治性が強く、中国軍のアクションに焦点が当てられているという。
<素通りする検閲>
中国の映画評論家からは、他の多くの題材が検閲によって使用禁止となっているため、観客や広告の獲得競争が激しい映画市場では、戦争を題材にする作品が多数を占めることは当然だとの声が上がっている。
文化評論家で上海の同済大学教授のZhu Dake氏は、「制限がないのは反日テーマだけだ」と強調。「テレビ番組の制作者らは反日テーマを通してのみ、愛国的な視聴者から自分たちが称賛されると思っている」と述べた。
Zhu氏は、中国のテレビドラマの約7割が戦争がテーマの作品だと推計。当局は昨年、反日ドラマシリーズ69本、映画約100本の制作を認可し、国営メディアによると、そのうちの約40本が横店で撮影されたという。
中国では毎晩のように、国営テレビのチャンネルで日本軍と戦った八路軍や新四軍の物語が大々的に放映されている。
一方、今年1月に香港で開かれたセミナーでは、戦争ドラマは日中関係を悪化させる主な要因になるとの指摘があった。東京大学の松田康博教授はセミナーで、南京大虐殺は実際にあったとした上で、「200本以上の映画が出れば、マイナス効果は容易に想像できる」と語った。
昨年9月に日本政府が尖閣諸島を国有化した際、中国全土で反日デモが発生。反日感情の高まりを表すように日本製品の需要があらゆる分野で低下した。2012年度の対中輸出額は11兆3000億円で前年度比9.1%減少した。
<毛沢東のゲリラ戦>
反日映画は、中国共産党の創設にまつわる物語を形成するためにも利用されてきた。
中華人民共和国の建国当初、こうした映画は抗日戦争時の毛沢東によるゲリラ戦を描写。一方、蒋介石率いる国民党員は腐敗した無能者と表現され、反逆的な外国と足並みをそろえた勢力として描かれた。1970年代以前に生まれた中国人の大半は、この時期に制作された白黒映画を覚えているという。
1960年代に制作された「地道戦」は、映画スタジオの推計によると、2006年までに18億人が視聴。同作は、毛沢東のゲリラ戦法に感化された農民たちがトンネルを掘り、日本軍に攻撃を仕掛けるというストーリーだ。
ただ、当時の映画は日本軍による残虐行為の描写は必要な要素だったものの、過度な描写は避けられていた。映画のあらすじは、毛沢東の抗日戦争勝利にスポットが当てられていた。
歴史家らによると、この時代は中国政府が日本政府との関係悪化を阻止しようとしていたため、映画制作者はそういった地政学的方針に従っていたという。当時の教科書でも日本軍の占領についての詳細は控えられ、映画制作者は1937年の南京大虐殺のような事件を題材にすることは避けた。
<日本軍の残虐行為>
この傾向に変化が生じたのは、中国の映画制作者らが戦時中の日本軍の行為を容赦なく描写し始めた1980年代初めだ。中国は1972年に日本と国交を正常化し、文化大革命が終結した1976年には、トウ小平率いる共産党は従来の経済政策を捨て、市場改革による実験をスタートした。
名声を回復し、政治改革が必要だとする声を一掃する必要があった共産党にとって、日本軍の残虐行為に再び脚光を当てることは、国民の注意をそらすためには有益だったと歴史家らは指摘する。
当局は、党の基盤まで揺るがした1989年の天安門事件後、愛国心を育てる政策を強化。香港中文大学で映画と歴史を研究するクリストフ・バン・デン・トルースト氏は、「外敵によって被った過去の苦悩が国民を団結させるためにより効果的だと、指導者らは考えたのだろう」と見る。
この時代の代表的な作品が、ノーベル文学賞受賞者である莫言の作品を映画化した「紅いコーリャン」(1987年)。中国の地方を舞台にした同作品では、日本軍が村の肉屋に囚人の生皮をはがせるなどの残酷なシーンもある。
また、中国全土に戦争をテーマにした博物館や記念館が設置されるに伴い、映画制作者らは南京における日本軍の蛮行を自分たちの思うように取り上げた。
一方で最近では、上官の命令にそむく日本の軍人が登場する作品も一部制作されている。「紅いコーリャン」に主演した姜文は、監督2作目の「鬼が来た!」で、捕虜となった日本兵とその通訳を預かる小作人らの騒動をユーモアを交えて描いた。物語はラストで流血劇を迎えるが、検閲当局は日本人捕虜を同情的に描いた点や中国人を愛国的に表現しなかったとして作品を非難。2000年のカンヌ国際映画祭で審査員特別大賞を受賞したものの、中国国内ではその後、上映禁止となった。
<滑稽なストーリー>
制作会社はドラマを輩出し続ける一方で、脚本家は現在、ネタ探しに苦労しているようだ。批評家らは、ばからしくて暴力的な最近の一部作品のストーリーについて非難を強めている。
あるテレビドラマでは、中国人武闘家が日本兵を素手で真っ二つに切り裂き、ほかにも日本兵の内臓がもぎ取られるシーンが登場する。
ばからしさや嫌悪感があふれたドラマが量産されたことを受け、中国の放送監視機関である国家広播電影電視総局は今月、制作会社に「より真面目な」作品を作るよう命じる措置を取った。
日本兵を演じるシーさんでさえ、殺害される役にうんざりしているという。
「私はかっこよくないから日本兵役を演じている。本当は八路軍の兵士を演じたい」と、シーさんはつぶやいた。
(ロイター日本語サービス 原文:David Lague、Jane Lanhee Lee、翻訳・編集:伊藤典子、野村宏之、橋本俊樹)
*一部サイトに正しく表示されなかったので再送します。

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