焦点:日本で相次ぐ性犯罪の無罪判決、法改正求める切実な声

焦点:日本で相次ぐ性犯罪の無罪判決、法改正求める切実な声
 日本で相次ぐ性犯罪の無罪判決、法改正求める切実な声。写真は性暴力被害の当事者団体「スプリング」の山本潤代表理事。都内で5月31日撮影(2019年 ロイター/Linda Sieg)
Linda Sieg
[東京 10日 ロイター] - 年の離れた男にレイプされたとき、白川美也子さんは19歳の大学生だった。暴行が始まったとき彼女の体はフリーズし、その瞬間の記憶が飛んだ。そして、気が付いたときには加害者が自分の上に乗っていたという。
現在は精神科医として性的虐待の被害者の治療にあたっている白川さん(54)は、この反応は「一般的で本能的な反応であり、心理的な自己防衛の一形態だ」と語る。白川さんはこの暴行の結果として妊娠したが、警察には通報せず、中絶手術を受けた。
日本の法律では、被害者がその場で抵抗しなかった場合、検察がレイプを立証することが不可能になることがある。
国会は2017年、100年以上前に制定された性犯罪に関する改正刑法を可決し、法定刑の下限引き上げを含む厳罰化などを決めた。しかしこの改正刑法は、暴行や脅迫があった、もしくは被害者が抗拒不能(抵抗が困難な状態)であったことを検察が立証しなければならないという要件を残したままだ。
ここ数カ月で性犯罪に対する無罪判決が立て続けに出ており、この要件に関する批判が再び噴出している。
白川さんらは、この刑法の基準は被害者に不当な負担を強いるもので、被害を届け出る妨げとなり、届け出たとしても裁判で加害者を有罪にできる可能性を引き下げていると指摘する。
同法の改正を求める人々は、英国、ドイツ、カナダなどといった先進国と同じように、同意のない性交全てを犯罪とするべきだと訴えている。
作家で活動家でもある北原みのりさんは、最近の無罪判決に抗議するデモを企画した一人。「世界では、被害者の視点に立って性暴力を語るということが今の潮流」と語り、それが出来ていない日本の司法や社会は、見直しをするべき時期だと述べた。
一例としては、名古屋地裁支部で3月、19歳の娘をレイプした父親が無罪となった。
判決要旨によると、裁判では性交が被害者の意に反するものであったこと、若いときから被害者が暴力を振るわれ、性的虐待を受けていたこと、そして暴行は相応の強度をもって行われたことが認められた。しかし裁判官らは、「抗拒不能」の状態に陥っていたと断定するには疑いが残る、と結論付けた。検察は控訴している。
性犯罪の裁判に関わる村田智子弁護士は、これは「心理的な抗拒不能というのを非常に厳しく認定した判決」だと語る。
こうした判決に抗議するデモが毎月開催され、参加者は抗議活動のシンボルとして花を掲げている。
性暴力被害の当事者団体「スプリング」の代表理事で、自身も被害者である山本潤さんはロイターの取材に対し、「いま、メディアは判決や抗議について取り上げ報道している」と述べ、現状が間違っていると思う人が増えれば、声があげられない人たちの力になる、と語った。
「スプリング」は5月、法務省および最高裁に法改正を求める要望書を提出した。
<声をあげることすら困難>
日本での#MeTooムーブメントは控えめなものだった。性暴力を受けたときに被害届を出す人はわずか2.8%。被害者が落ち度を責められたり、公の場でつらい思いをさせられたりするためだ。
多くの場合、被害者は被害を誰にも明かさない。2017年の内閣府男女共同参画局の調査によると、性行為を強要された女性の6割近くは、誰にも言わなかったという。
精神科医の白川さんは、「過去の判例がひどすぎて、私の患者たちはみな恐れており、自分の事件を立証するのは不可能だと感じている。抵抗したか否かではなく、性的同意がなかったということが問題にならない限り、彼らは泣き寝入りするしかない」と語った。
村田弁護士は、立て続けの無罪判決によって、司法制度を頼ろうという意欲はさらに失われるだろうと指摘する。
「被害者は警察、検察、裁判所と話をするなかで、あまりに性犯罪の要件が厳しく、有罪になりづらいため、途中でつらくなってしまう。私が相談を受けた被害者の中にも、これだけ無罪判決が出るならば、結局どれだけ訴えてもどうしようもないと思う人もいる。判決の波及効果は非常に大きい」
専門家らは、法的責任とは別に被害者の負担となるのが、貞操を守るのは女性自身の責任であるという伝統的な考え方だと指摘する。法律専門家らは、日本の性犯罪に関する刑法は女性が投票できない時代に制定されており、法の主な目的は一族の名誉と家系を守ることだったという。
村田弁護士は「ぎりぎりまで女性がセックスを拒否すべきだという考え方が根本にあるから、こういう判決が出てしまう」と語り、社会にはいまだに女性の「ノー」を「イエス」と考え、セックスの前に女性の合意があるかを軽視する風潮があると述べた。
<2017年の法改正>
2017年の改正刑法では、「強制性交」の定義に肛門性交と口腔性交が含まれ、男性も被害者に含まれるようになった。また、法定刑の下限が懲役3年から5年に引き上げられ、被害者の告訴がなくても起訴できるようになった。
また、親や監護者が18歳未満の人をレイプした場合、暴行や脅迫がなかったり、抗拒不能の状態ではなくても罰せられることになった。
被害者が成人の場合にも同様の基準を求める動きは、えん罪が増加する懸念が指摘されていることもあり、成功していない。しかし、そうした懸念には根拠がないと指摘する声もある。訴追することの社会的、心理的、そして法的な壁は極めて高いからだ。
村田弁護士は、「同意していないという証拠が必要ということは変わらないため、えん罪は増えないだろう」と語った。
刑法見直し要望について、山下貴司法相は5月、衆議院の法務委員会で「実態把握に努める」と語ったが、期日については触れなかった。
「『暴行または脅迫を用いて』(という部分)、これを全てなくすことがどういう効果をもたらすのか慎重に検討しなければならない」と、山下法相は答弁した。
2017年の改正刑法には、施行後3年の見直しが盛り込まれている。改正を訴える活動家らは、現在の世論がさらなる改正への後押しとなることを期待している。
自民党の一部議員らの関心も高く、「性暴力のない社会の実現を目指す議員連盟」も設立された。
「スプリング」のメンバーで、強姦未遂の被害者である伊藤千紘さん(29)は、「本当に信じられない、ありえないような判決だと思った」と述べたうえで、同団体にとっては良い変化もあったと語った。
「常識的に考えておかしいよねという市民感覚での考え方、まともな反応が社会に広がってきた。社会での議論が始まるきっかけになり、改革につながればいいと思う」
(翻訳:宗えりか、編集:山口香子)

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