オピニオン:ギリシャだけではない円高要因=中窪文男氏

オピニオン:ギリシャだけではない円高要因=中窪文男氏
 7月3日、UBS証券ウェルス・マネジメント本部の最高投資責任者、中窪文男氏は、ドル円について、今後半年程度は120円から125円の レンジ相場となる可能性が高いが、目先では円高方向へのオーバーシュートに特に注意が必要だと指摘。 提供写真(2015年 ロイター)
中窪文男 UBS証券ウェルス・マネジメント本部 最高投資責任者(CIO)
[東京 3日] - ドル円相場が再び狭いレンジ内取引の様相を呈している。ギリシャ問題の紛糾、中国経済の失速リスク、米国の利上げ時期、日本の経常黒字拡大など、入り乱れる変動要因をどう読み解けばよいのか。
UBS証券ウェルス・マネジメント本部のチーフ・インベストメント・オフィサー(CIO、最高投資責任者)ジャパン、中窪文男氏に目先と中長期の相場見通しを聞いた。同氏の見解は以下の通り。
<当面は120―125円のレンジ相場か>
6月初旬に13年ぶりの高値となる125円台後半まで上昇したドル円相場は、同月10日の黒田日銀総裁による円安けん制発言を受けて急落し、その後122―124円のレンジで推移している。今後3カ月先から6カ月先を見通せば、やや円安方向に戻す可能性はあるものの、基本的には引き続きレンジ相場(120―125円)となる可能性が高いだろう。
ただし目先では、円高方向へのオーバーシュート(行き過ぎた変動)には特に注意が必要だ。最大の懸念は、言わずもがな、リスクオフの円高を加速させかねないギリシャ債務問題の行方である。同国がデフォルト(債務不履行)の末に、ユーロ圏からの離脱を選ぶことにでもなれば、120円割れを引き起こす可能性も否めない。
正直なところ、ギリシャ債務問題は現時点では着地点を見通しにくい。ギリシャが事実上デフォルト状態にあることは明白だが、同国が支払いを遅延した国際通貨基金(IMF)向け債務は、文字通り公的機関に対するものであり、民間の債権者に対して即座に影響が広がるわけではない。その意味で、注目すべきは今後順次支払期限を迎える民間向け債務であり、それまでに金融支援について何らかの合意がなされるかどうかだろう。
ちなみに、民間からの債務は20%程度と金額としては小さいものであり、その約半分(10%程度)はギリシャ国内からと見られており、デフォルト自体の波紋はそれほど大きくはないと思われる。だが、仮にギリシャのユーロ圏離脱シナリオに急展開した場合、リスクオフの程度が増幅されないか、気がかりだ。
<中国資産バブル崩壊の可能性は>
もう1つ大きなリスクオフの潜在的材料と言えば、中国の経済情勢だ。米利上げの後ずれリスクも確かに円高リスクの1つだが、米経済の足腰はしっかりしており、年内の利上げ実施は固いと見ている。むしろ心配すべきは、中国の資産バブルが崩壊し、同国経済がハードランディングするシナリオだろう。
実際、中国ではこのところ、理財商品市場の混乱が進み、不動産市況も厳しさを増し、さらに株価も大きく下げている。何らかの材料をきっかけに、投資家のパニックが引き起こされ、逆資産効果で成長率が政府目標の7%前後を大きく下回るようなハードランディングのシナリオも、10%程度あり得る状況になっている。
むろん、中国はハードランディングを避けるため、昨年11月以来、政策金利と預金準備率の引き下げを繰り返しており、6月27日にも実施した。今後も緩和的な金融政策を持続するだろう。また、市場の動揺が激しくなれば、構造改革の手綱を緩めるなどして景気刺激策を優先するものと思われる。ただ、中国経済は明らかに変調をきたしており、今後の動向には細心の注意が必要だ。
そのほかにも、ロシア・ウクライナ、中東情勢など、円高を招きかねないリスクオフの芽は枚挙にいとまがない。大幅な円高を招いた2008年のリーマンショックもそうだったが、ブラックスワン(予測できない極端な出来事)は意外なところに潜んでいるものだ。
<実需は来年の円高シフトを示唆>
もっとも、上記のようなリスクオフが起こらずとも、1年程度のスパンで見れば、1ドル=120円程度への円高が進む可能性は高いと考える。最大の理由は、予想を上回る経常収支の黒字拡大ペースだ。
日本の経常黒字は4月までの累計で約5.6兆円と、すでに昨年1年間の2.6兆円 を大きく上回っている。特に注目されるのが、旅行収支の黒字拡大だ。むろん、急激な経常収支改善をもたらした最大の要因は、円安を受けた配当収入増などによる所得収支の黒字拡大や、原油安効果なども加わって進んだ貿易赤字の改善だが、ここにきて旅行収支の寄与度も大きくなっている。円安を背景に海外からの旅行客が増えて、4月の旅行収支は1334億円の黒字となり、単月で過去最大となった。
政府は、訪日外国人旅行者数について、年間2000万人の早期実現、2030年3000万人の目標(2014年実績は約1341万人)を打ち出しており、 計画通りに進めば、インバウンド消費(訪日外国人観光客による消費)がさらに盛り上がり、経常黒字増大に寄与することになろう。こうした実需面からの円買い圧力は、短期で相場を動かすものではないが、長期では確実に円高方向に効いてくるものと思われる。
<125円超は「悪い円安」の入り口>
では、逆に円安方向にオーバーシュートする可能性はないのだろうか。年内にあるとすれば、引き金は日銀の追加金融緩和だろう。
市場では現在、日銀の追加緩和は遠のいたと見られている。先述した黒田総裁発言が示すように、当局者の間で、行き過ぎた円安に対する懸念が高まっていると考えられているためだ。こうしたムードの中で追加緩和が行われれば、文字通りサプライズであり、一時的には円安方向へのオーバーシュートを引き起こす可能性があろう。
また、より長期で見た場合、「悪い円安(=悪いインフレ)」となるリスクにも引き続き注意が必要だ。労働力人口が減り続けている日本の場合、需要が大きく伸びてモノの値段が上がるインフレシナリオは、なかなか描きにくい。むしろ、マネー供給が増えることに伴って、通貨価値の低下とともに進むインフレとなる可能性が高い。
それでも企業収益増やインバウンド消費拡大をもたらす安倍政権の円安戦略は、日本経済を引き上げるのに大きな役割を果たしたのは事実ではあるが、これ以上円安方向にオーバーシュートすることも別の意味での大きなリスクをはらんでいる。今の水準は、実質実効レートで見れば、すでに約40年前に変動相場制が始まって以来の安値になっている。物価を加味した上で相当な円安であり、輸入企業や中小企業にとっては、経営上かなりきつい水準であるはずだ。
怖いのは、125円を大きく超えてくると、チャート的にもドル円の天井がない点だ。振り返れば、名目ベースで85%という急激なドル高円安が進んだ1990年代後半当時、私は為替のトレーダーだったが、2日連続で10円程度円高になったこともあった。チャート上の抵抗線がないと、勢いがついて、振り抜ける可能性がある。その意味で、125―130円近辺は危険地帯だ。
恐らく最近の円安はスピードが速すぎると、政府も日銀関係者も懸念を共有しているはずであり、今後も125円を大きく超えるようなことがあれば、けん制に入ってくるのではないか。まずは口先介入、そして実弾すなわち円買い介入もあり得るだろう。
幸いにして、日本には外貨準備が百数十兆円あり、そのほとんどが米国債で運用されているので、相当な介入余地がある。また、円買いドル売り介入は、行き過ぎたドル高による景気冷え込みリスクを懸念する米国からも賛同され、協調介入の可能性もあるだろう。
ただし、過去の経験則から言って、実弾介入は、初回こそ市場をびっくりさせて効果を発揮するが、2回目以降はあまり効かなくなる。その意味でも、長期的に最も有効な手法は、財政への懸念という「悪い円安」の芽をしっかりと摘んでいくことだ。
*中窪文男氏は、UBS証券ウェルス・マネジメント本部のチーフ・インベストメント・オフィサー(CIO、最高投資責任者)ジャパン。日本生命、ブラックロックなどを経て、2014年6月より現職。京都大学経済学博士。一橋大学金融工学・経営学修士。
*本稿は、中窪文男氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて構成されています。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
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