コラム:米EV税優遇、日本勢直撃 数年後の大幅円安招くリスク

コラム:米EV税優遇、日本勢直撃 数年後の大幅円安招くリスク
 米国が4月から変更した電気自動車(EV)の税優遇の対象に、日本車が入らないことになった。写真はカリフォルニア州サンフランシスコを走る車。2022年8月撮影(2023年 ロイター/Carlos Barria)
田巻一彦
[東京 20日 ロイター] - 米国が4月から変更した電気自動車(EV)の税優遇の対象に、日本車が入らないことになった。米市場を頼りにする日本の自動車メーカーにとって大きな障害になるだけでない。4、5年先の中期的な貿易収支が大幅な赤字になる可能性が浮上し、外為市場では大幅な円安が将来、現実化する可能性が高まってきた。
このことは輸入物価の押し上げを起点にした日本の消費者物価指数(CPI)上昇が長期化することを意味し、日本経済に多大な影響を及ぼしかねないと指摘したい。
<米の税優遇策、日本車素通り>
20日に発表された2022年度の日本の貿易収支は、21兆7285億円と過去最大の赤字を記録した。原油価格をはじめとする原材料価格の上昇と円安がダブルパンチになった結果であり、23年度は約半分の10兆円台の赤字に減少するとの見方が多い。
だが、その先に待ち受けているのは、日本経済にとってかなり深刻な事態ではないか、と筆者は予想する。そのトリガーは米国が昨年8月に成立させたEVに税優遇する歳出・歳入法(インフレ抑制法、IRA)だ。
4月18日から税優遇を受けるための新たな条件が加わり、米メーカー11車種は税優遇を受けられるが、日本、欧州、韓国のメーカーのEVは対象外となった。米国内でEVを購入する際、消費者は1台あたり最大で7500ドル(約100万円)の税額控除を受けることができるため、対象外となった車種は大幅な「ハンディ」を背負うことになる。
今年3月の段階で、日本メーカーの北米でのシェアは30%を超えているが、米国では2030年までに新車販売に占めるバッテリー式EV(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)を合わせた割合を50%超とする目標を掲げており、この分野で出遅れている日本勢はシェア低下の危機に直面している。
今のところ、北米における日本勢の販売に占めるEVのシェアは1%未満とみられており、シェアを死守するためには急速なEV化が避けて通れない。
だが、税優遇を受けるために超えるべきハードルは、日本、欧州、韓国のメーカーにとってかなり高い。
18日からの新しい条件は、大前提として北米で組み立てられた車だけが対象となる。その上で自動車に搭載する電池について、製造・組み立ての50%が北米製でないと所定の優遇を受けられない。同様に電池に使用する希少金属を米国か米国と自由貿易協定(FTA)を締結する国から50%超を調達しないと所定の優遇策が適用されないことになった。
つまり日本の自動車メーカーにとって、新たにEV生産拠点を構築して北米で販売しようとするなら事実上、米国内での設備投資以外に選択の道はなくなったに等しいと言える。
<5兆円の対米自動車輸出、風前の灯>
そこで問題になるのが、現在、日本から北米向けに輸出している自動車と自動車部品の行く末だ。2022年度の北米輸出額は18兆3070億円だが、そのうち乗用車の輸出が4兆4016億円、自動車部品が9970億円となっており、対米輸出全体の28.3%を占めている。
米国でのEVシフトのすう勢や税優遇の効果を勘案すると、5兆3986億円の輸出額のかなりの部分がこれから4─5年のうちに「消失」するリスクがあると言っていいだろう。将来的には5兆円強の輸出額のほぼ全部がなくなっているというリスクシナリオも想定しないといけない状況に直面している。
西村康稔経産相は19日、米国のタイ通商代表部(USTR)代表との会談後、米国の税優遇策について、サプライチェーン強靭(きょうじん)化を同志国のなかで進めていこうという全体的な戦略と整合的であるように、あらゆる機会を捉えて米側に働き掛けをしていきたいとの見解を述べ、日本政府としても米国への修正を働きかけていく考えを示した。
だが、過去の日米貿易摩擦における交渉経過を振り返っても、米国が簡単に自国政策を修正するとは思えない。日本にとっては、相当に重い課題を背負ったことになる。
<空洞化・円安・物価上昇>
日本経済全体への影響を考えると、日本メーカーの米国でのEV生産拠点構築は「空洞化」の促進という結果になる。特に自動車産業に関連した分野での雇用の維持に大きな問題が生じるだろう。
また、上記でも触れたように貿易収支の赤字化を止める手立てを講じないと、赤字が膨張する流れを固定化しかねない。いずれ経常黒字の大幅な圧縮や赤字転落の時期の前倒しにつながるリスクの増大につながりかねない。
マネーマーケットは事態を先取りするので、貿易赤字の垂れ流しを政府が放置しているとみれば、円安方向の流れが急速に強まる展開も予想される。特に自動車メーカーが北米にEVの生産拠点を建設する具体的な計画が出てきた段階で、巨額の直接投資に伴うドル買い・円売りの思惑が円安を加速させることになる可能性が高まる。
円安進展の思惑は、日本のCPI上昇率にも影響を及ぼすだろう。政府・日銀の想定を超えたCPI上昇のシナリオの現実味も相応に出てくるかもしれない。
このように見てくると、政府・日銀にとって米国の税優遇策の波紋は、大きなうねりとなって押し寄せかねない大きなパワーになりかねない。足元での政府・与党の対応はあまりにも無警戒ではないか、と指摘したい。
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