視点:消費増税の凍結と科学研究予算の倍増=若田部昌澄氏

視点:消費増税の凍結と科学研究予算の倍増=若田部昌澄氏
 12月21日、早稲田大学の若田部昌澄教授は、2016年の日本に必要な決断を3つ挙げるとすれば、消費増税の凍結と科学研究予算の倍増、そして政府の名目国内総生産(GDP)600兆円目標と合致する金融政策運営だと指摘。提供写真(2015年 ロイター)
若田部昌澄 早稲田大学教授
[東京 21日] - 2016年の日本に必要な決断を3つ挙げるとすれば、消費増税の凍結と科学研究予算の倍増、そして政府の名目国内総生産(GDP)600兆円目標と合致する金融政策運営だと、早稲田大学の若田部昌澄教授は指摘する。
同氏の見解は以下の通り。
<消費増税の凍結と財政再建戦略見直しが必要>
2017年4月に、消費税の再増税(8%から10%への税率引き上げ)が予定されている。これを回避するためには、16年10月までには決断が必要となる。
14年4月の増税後、経済の回復はまだまだ弱く、17年の再増税は日本経済に大きな打撃を与えるだろう。増税にこだわるあまり経済再生を腰折れさせるようでは元も子もない。増税の暁には首相が唱える20年までに名目国内総生産(GDP)600兆円を目指すという宣言は画餅に帰すだろう。
増税は国際公約ではなく、実際に15年10月の増税は回避された。その後、長期金利はさらに低下し、国債の信用リスクを示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)スプレッドも低位安定している。一部のエコノミストが予測したような、消費税先送りによる株価の下落も起きなかった。
なお、一部の財政学者は経済停滞の理由を人手不足などの供給制約に求めているが、現状で失業率は下がり続けていながら名目賃金の急上昇は実現していない。需給ギャップが存在することからも日本経済の問題が需要不足であるのは明らかだ。
増税の凍結に合わせて、財政再建戦略を見直し、本当に信頼するに足る戦略を策定することが必要である。第1に、何よりも必要なのは、増税のみによる財政再建は不可能であることを率直に認め、経済成長を優先する財政再建戦略に切り替えることだろう。名目GDP600兆円を目指すという首相の掲げた目標はその中心になり得る。
第2に、補正予算から本予算にかけて、緊縮的ではない予算措置が必要だ。無駄は許容してはいけないが、緊縮では財政再建はできない。
第3に、消費税を社会保障目的税とすることをやめるべきだ。逆進性の強い消費税は、そもそも社会保障の財源としてなじまない。社会保障費が消費税増税の人質となっている現状をやめるべきだ。そのためには社会保障と税の一体改革に関して野田民主党政権当時の12年6月に交わされた民主、自民、公明の「3党合意」の破棄が必要だろう。
<ノーベル賞連続受賞でも安心は禁物、科学研究予算の倍増検討を>
15年もノーベル賞受賞者を輩出して、日本の科学界の水準の高さが示された。しかし、これで安心してはいけない。いってみればノーベル賞は過去の栄光をバックミラーでみているようなもので、今後については暗雲が立ち込めているからだ。
研究に必要なのはお金と自由な思索にふける時間。お金については国の研究予算が減少している。また、04年の国立大学の独立行政法人化で、研究者にとって貴重な思索にふける時間も減っている。
この問題については、豊田長康氏(鈴鹿医療科学大学学長)の研究報告書が詳しい(「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究 ~国際学術論文データベースによる論文数分析を中心として~」)。
これは渾身の力作というべきで、「日本の研究力(学術論文)の国際競争力は質・量ともに低下した」こと、「学術分野の違いにより論文数の動態は異なるが、国際競争力の高かった分野ほど論文数が大きく減少した」こと、そしてその要因として、1)「高等教育機関への公的研究資金が先進国中最も少なく、かつ増加していないこと」、2)「高等教育機関のFTE(注:フルタイムの研究時間数で測った)研究従事者数が先進国中最も少なく、かつ増加していない」こと、3)「博士課程修了者数が先進国中最も少なく、増加していない」こと、4)「論文数に反映され難い政府研究機関への公的研究資金の注入比率が高く、大学研究費の施設・設備費比率が高い」ことなどが指摘されている。
豊田氏は、日本のピーク時を取り戻すには、「各大学の基盤的研究資金、FTE研究者数(研究者の頭数×研究時間)、および幅広く配分される研究資金(狭義)」を現状から25%増加、韓国に追いつくには50%増、主要7カ国(G7)諸国や台湾に追いつくには倍増する必要があると指摘している。
もっとも、科学研究費で幅広く配分される「基盤研究(C)、挑戦的萌芽研究、若手研究(B)」の研究資金は、15年度予算で323億円。倍増しても646億円である。折しも、政府の総合科学技術・イノベーション会議専門調査会は15年12月10日、「第5期科学技術基本計画」の最終答申案において、政府の研究開発予算を国内総生産(GDP)の1%程度を5年間続ける26兆円の構想を示した。成長戦略を言うならば、政府は本気で科学技術振興にテコ入れすることが望ましい。
<名目GDP600兆円達成と整合的な金融政策運営>
政府の目標と日銀の物価上昇率目標は整合的に運営される必要がある。現時点で、日銀は2%の物価上昇率を目指しているものの、その到達時期は16年の後半にずれ込んでいる。
第1に、日銀は目標値が生鮮食品とエネルギーを除く総合指数(日銀版コアコアCPI)なのか、食料(酒類を除く)とエネルギーを除く総合指数(コアコアCPI)なのか、それとも生鮮食品を除く総合指数(コアCPI)なのかを再度明確にすべきである。現状で、原油価格が最安値を更新しており、コアCPIでの2%達成はかなり難しい。他方、コアコアCPIは現状で上昇傾向を示している。
第2に、予想インフレ率をどこまで重視するかを明確にすべきだ。予想インフレ率は上昇傾向を示しておらず、今後は物価上昇のスピードが鈍化する可能性がある。以上が示唆するのは日銀による追加緩和であるが、そのための論理の整備が必要である。
第3に、政府が掲げる名目GDP600兆円達成について日銀はどう関与するのかを明確にすべきだ。短期的には財政政策の役割が大きく、名目GDPには実質成長率が関わるため、日銀だけの責任にはならないとはいえ、名目値に影響を及ぼすのは中長期的には金融政策である。金融政策論では名目GDP水準目標の望ましさも取りざたされている。政府と日銀の間での目標共有について、改めて確認することが望ましい。
なお、12月18日の金融政策決定会合で、日銀は「補完措置」を導入した。これは日銀の言うとおり、あくまで現行の金融緩和を継続するための「補完措置」であって、14年10月31日のような追加緩和ではなく、一部の報道でいう「バズーカ3」などというのは全く当たらない。
ただし、「補完措置」は追加緩和ではないが、今後の追加緩和を否定するものでもない。16年中のどこかで追加緩和が必要になると私は考えるが、今回はまだ追加緩和と呼ぶべきではない。日銀も必要とあれば躊躇(ちゅうちょ)なく緩和をすると言っており、その可能性はある。
*若田部昌澄氏は、早稲田大学政治経済学術院教授。1987年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院に学ぶ。ケンブリッジ大学、ジョージ・メイソン大学、コロンビア大学客員研究員を歴任。専攻は経済学、経済学史。「経済学者たちの闘い」「改革の経済学」「危機の経済政策」「ネオアベノミクスの論点」など著書多数。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2016年の視点」に掲載されたものです。
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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