コラム:米利上げ後の「ドル高再開」握るカギ=門田真一郎氏

コラム:米利上げ後の「ドル高再開」握るカギ=門田真一郎氏
 12月17日、バークレイズ銀行・為替ストラテジストの門田真一郎氏は、ドル高再開には米経済指標の改善が次の利上げを正当化するのを待つ必要があり、なかでも個人消費支出(PCE)コア物価指数の動向が注目されると指摘。提供写真(2015年 ロイター)
門田真一郎 バークレイズ銀行 為替ストラテジスト
[東京 17日] - 15―16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標をゼロ―0.25%から0.25―0.50%に引き上げることを決めた。
10月FOMC以降、タカ派的メッセージで12月利上げが強く示唆されてきたため利上げ自体は特段サプライズではなく、市場ではハト派的な利上げペースが示されたことでドル高圧力は限定的との見通しが聞かれる。
一方、緩やかながらも利上げが開始されたことから、ドル高が続くとの見方もあるようだ。米連邦準備理事会(FRB)の利上げとドル相場は今後どういった展開が見込まれるのだろうか。
<16年と17年にそれぞれ3回ずつ利上げが濃厚>
今回の利上げの特徴として、12月FOMCでは「緩やか(gradual)」かつ「指標次第(data dependent)」の利上げとなることが強調された。
まず「緩やか」な利上げペースを把握する上では、FOMC参加者の政策金利見通しが参考になる。今回発表された最新予測をみると、短期的な物価見通しが引き下げられるなか、政策金利見通しは16―17年にかけて下方修正されている。
FFレート見通しの中央値は15年(0.4%)と16年(1.4%)が前回9月の水準に据え置かれる一方、17年は2.6%から2.4%へ。18年は3.4%から3.3%へそれぞれ下方修正された。中央値で想定される利上げペースは、16年が100ベーシスポイント(bp)、17年が100bp、18年が90bpとなっており、おおむね四半期ごとに25bpの利上げが想定されている。
次に「指標次第」という点について、声明文では「将来のFFレート誘導目標調整の時期および規模を決定する上で、委員会は最大雇用と2%のインフレ率という目標に照らした経済状況の実績と見通しを評価していく」とされている。
イエレンFRB議長は記者会見の質疑応答で、利上げは「指標次第(data dependent)」だが「機械的(mechanical)」ではないとし、必ずしも一定の期間や幅で実施されるわけではないと説明している。議長は「実際のインフレが予想通りに推移するかに注目」しており、来年は加速を見込んでいるが、「今後の指標で下振れが一時的ではないことが示された場合」、単純な反応関数はないものの、利上げの一時停止を含めて対応を検討する可能性があると述べている。
また、議長は将来的なリスクへの対応余地(のりしろ)の確保が利上げの決定に影響していた可能性も示唆した。
12月FOMCの結果を受け、市場の利上げ見通しを反映するFF金利先物市場では16年12月限が15日の0.785%に対し0.830%、17年12月限が15日の1.295%に対し1.350%へそれぞれ小幅に上昇しているが、FOMC予測をなお大幅に下回る水準にとどまっている。
筆者はFRBが16―17年にそれぞれ3回ずつの利上げ(計75bp)を実施し、17年末までにFFレート誘導目標レンジを1.75―2.00%まで引き上げると予想している。
<当面のドル円上昇加速は期待薄>
想定通りの利上げとハト派的な軌道が示されたFOMCの結果を受けて、現時点でドル高圧力は限定的にとどまっている。FRBが「緩やか」かつ「指標次第」の利上げを強調するなか、ドル高再開には米経済指標の改善が次の利上げを正当化するのを待つ必要があろう。
インフレ目標下振れに対する懸念が今回の声明文で明示されたことから、米個人消費支出(PCE)コア物価指数の動向が利上げペースを判断する上での最大の焦点となる。FOMCの同指数の予測(前年比)は16年がプラス1.6%、17年がプラス1.9%となっており、こうした予測と整合的な形で足元のプラス1.3%から加速していくかどうかが注目される。
ただ、グローバルな物価上昇圧力の弱さは利上げ先送りリスクを示唆しており、その場合ドルが伸び悩む可能性に注意したい。実際、FRBが16年3月に2度目の利上げを行った後、16年6月にはインフレ低迷を理由に利上げをいったん見送ると筆者は想定している。
ドル円については、ハト派的なFOMCを受けたリスク資産の回復を背景に持ち直しているが、過去のFRB利上げ局面で必ずしも上昇していたわけではない点に留意したい。1980年以降のFRB利上げ開始後のドル円相場をみると、利上げ当初の数カ月間は下落する傾向がみられ、最終的には上昇に転じた04年の場合でも、利上げ前の水準を上回ったのは最初の利上げから8カ月経過し、政策金利が累計125bp引き上げられた後だった。
現在はすでに円の割安感が大きく、当面は日銀追加緩和も想定しにくいなか、ドル円の上昇余地は限定的だと考えている。むしろ、今後再びリスク資産が圧迫された場合、「質への逃避」によってドル円に下押し圧力がかかる可能性にも注意したい。
筆者は来年前半にかけてドル円が120円台前半のレンジにとどまると予想している。また、他の主要通貨に対するドル高余地は当面は限定的だと考えている。特に12月3日の欧州中銀(ECB)理事会における追加緩和が市場予想を下回る結果だったことも相まって、ユーロドルが少なくとも来年初め頃まで現行水準近くで底堅く推移すると見込んでいる。
<ブラジル、南アなど個別新興国への影響に注意>
筆者の見方に反し、ドル高圧力が強まるとすれば、米PCEコア物価指数の加速や米雇用統計の改善継続に加え、海外経済情勢と金融市場の安定が続き、市場予想よりも速いペースの利上げが意識され始めた場合だろう。エルニーニョの影響による暖冬が報じられるなか、来年初めの米経済に上振れリスクが生じた場合、市場の利上げ見通しの修正がドル高につながる可能性は否定できない。
なお、市場の一部ではFRB利上げによる新興国通貨に対する悪影響を懸念する声も聞かれる。利上げが新興国通貨に与える影響をみる上では、米長期金利の動向が焦点となろう。
米金融政策見通しの修正に起因した新興国通貨売りは、13年5月のバーナンキ前FRB議長議会証言におけるテーパリング(量的緩和縮小)示唆発言を受けて米10年実質金利が2カ月間に100bp程度上昇するなか、新興国通貨が約8%下落したことが比較的記憶に新しい。その後は利上げ観測の高まりとともに米短期金利が大きく上昇するなかでも、新興国通貨は今年8月の中国ショックという独自要因で調整するまでは安定的に推移してきた。
すなわち、市場の利上げ見通しがFOMC予測に収斂(しゅうれん)する形で急激に調整し、米長期金利の上昇圧力も強まった場合は、高金利通貨を筆頭に新興国通貨に対する下落圧力が強まろう。
ただ、個別要因で下落圧力にさらされている新興国には注意が必要だ。奇しくもFRBの利上げと同日にフィッチ・レーティングスはブラジルのソブリン格付けを引き下げており、先般のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による格下げもあったことから、ブラジル国債は投資適格級を失った。また、南アフリカは財務相交代をめぐる混乱、ロシアなどの産油国は原油価格低迷といった個別要因で通貨が下落圧力にさらされてきた。こうした圧力はFRBの利上げにかかわらず一部の新興国通貨の押し下げ要因となり続けよう。
*門田真一郎氏は、バークレイズ銀行の為替ストラテジスト。2008年にバークレイズ証券株式会社に入社し、調査部で銀行戦略調査および外債ストラテジーを担当した後、2013年から現職。海外拠点の為替・金利・経済チームとのネットワークを活かし、為替市場見通しのほか海外経済・政治動向などについて幅広い情報提供を行っている。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経済学部卒。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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