コラム:米経済は本格回復へ、長期停滞論争に終止符=村上尚己氏

コラム:米経済は本格回復へ、長期停滞論争に終止符=村上尚己氏
 7月28日、アライアンス・バーンスタインのマーケット・ストラテジスト兼エコノミスト、村上尚己氏は、4―6月の米GDP成長率は年率3%超に加速し、米経済の本来の実力がより正確に示されるだろうと予想。提供写真(2014年 ロイター)
村上尚己 アライアンス・バーンスタイン マーケット・ストラテジスト兼エコノミスト
[東京 28日] - 2014年初に米国経済は失速し、1―3月実質国内総生産(GDP)成長率は前期比年率マイナス2.9%の落ち込みとなった。GDP統計だけでみると景気後退期と同様の経済縮小が示されたわけだが、これは悪天候という一時的な要因に加えて、医療関連支出の計上などテクニカルな要因もかなり影響した。
この大幅減からの反動もあり、4―6月のGDP成長率(30日に速報値発表)は年率3%超に加速し、米経済の本来の実力がより正確に示されるだろう。
実際に、景気の方向性を示す企業景況感や消費者心理などのサーベイ指標は、冬場に一時的に低下したが、その後は足元まで改善が続いている。定量的な指標についても、GDP統計が極端に悪かったので、米連邦準備理事会(FRB)を含めて各予測機関が成長率見通しの下方修正を余儀なくされているが、雇用統計や企業の生産活動など供給サイドの指標は堅調である。
例えば雇用統計における非農業部門雇用者数(NFP)の伸びは、悪天候でGDPが落ち込んでいた1―3月も約20万人/月ペースで増えていた。そして、6カ月平均でNFPのトレンドを確認すると、足元で23万人/月まで加速している。11年から約3年以上続いた15―22万人のレンジを超える雇用拡大が始まりつつある。
<賃金上昇は時間の問題>
失業率の低下が続く中で、その「改善の中身」がFRBの内部で検討対象になっており、様々な議論がされているのは承知している。ただ、FRBが14年から資産購入プログラムの削減(テーパリング)を粛々と進める中で、景気回復によって雇用の伸びがさらに高まっている、というのは確かな事実である。
FRBの金融政策決定の判断において、NFPの動きをかなり重視するのは常識なはずだ。これまでFRBのアグレッシブな金融緩和が長期化していたためか、あるいはFRBからのメッセージを誤解しているのか、米債券市場では何か材料があれば金利低下要因としてとらえられ、金利上昇は抑制されてきた。常識ともいえるこのシンプルなルールが半ば忘れられてしまったようにもみえる。
米労働市場の回復は、単月の振れが大きいNFPの伸びの加速だけにとどまらない。求人労働異動調査(Job Openings and Labor Turnover Survey)をみると、求人数は今年に入って加速、13年末から14年5月で20%も増えている。特に、企業向けサービス業、教育医療、レジャーなどのセクターで求人が大きく増えている。日本でもアベノミクス発動による脱デフレで人手不足が話題になっているが、米国の中小企業も人手不足(スキルが十分な労働者が不足している面が大きく、日本のようなアルバイト不足とは異なる)を感じている。
求人数ほどは、企業による採用数は増えていないため、労働市場におけるミスマッチの問題があるのは確かである。ただ、求人ほどのペースではないが、採用数についても14年に入って着実に伸びている。つまり、労働需給バランスの改善は着実に続いている。依然として労働市場にはスラック(余剰)が残っているにしても、それが永続するはずもなく、これまでのFRBの妥当な金融緩和強化による経済安定化政策の景気刺激・雇用創出によって解消に向かっている。
労働市場の需給バランス改善は、賃金の上昇につながりインフレ率を押し上げる要因になる。失業率と賃金の長期推移を比較すれば明らかだが、失業率の改善に若干遅れて、名目賃金上昇率も上昇する。インフレが加速しない均衡失業率、いわゆるNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)がどの水準なのかは、いくつかの試算があるし、3年前よりもFRBが想定するNAIRUが下がっていると思われるが、失業率が6%に接近する状況において賃金上昇が始まるのは時間の問題だろう。
賃金の上昇率を業種別にみると、過去1年でレジャー、輸送運輸関連、建設業の労働者の賃金が加速している。これらは、循環的な国内需要の回復が賃金を押し上げているのだろう。
逆に、金融、公益、卸売業など13年まで賃金の伸びが高かったセクターの賃金上昇率が過去1年で減速している。これらの業界はもともと賃金水準が高めで、循環的な要因より、規制強化や競争激化など特有の要因で賃金が抑制された面が大きく表れた可能性がある。ただ、循環的な景気回復が影響せずに、これらのセクターで賃金が抑制され続ける可能性は低く、いずれのセクターでも、企業は人手不足を認識し賃金を上げる必要に迫られるだろう。
6月米消費者物価は、川上からのインフレが抑制されたため、前年比ベースでの伸びが止まった。トウモロコシなど穀物価格の落ち着きもあり、目先インフレ加速は抑制されるだろうが、14年末にかけて、賃金上昇がインフレ率を高めるメカニズムが少しずつ働くだろう。
こうした中で、FRBが債券市場に示していた極めてフレンドリーなスタンスも徐々に変わり、15年の利上げ開始に向けてその姿勢が変わり始めると予想する。リーマンショック後に新たな停滞時代が続くという認識を大前提とした米債券市場の価格形成は、今後大きく変わる可能性がある。
*村上尚己氏は、米大手運用会社アライアンス・バーンスタインのマーケットストラテジスト兼エコノミスト。1994年第一生命保険入社、BNPパリバ、ゴールドマン・サックス、マネックス証券などを経て、2014年5月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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