焦点:ダム決壊、ウクライナの反転攻勢に混乱か、長期的環境汚染も

[ロンドン 6日 ロイター] - ウクライナ南部カホフカ水力発電所の巨大ダム決壊は、同国のロシアに対する大規模反転攻勢計画に混乱をもたらしている。また、現地の住民や希少な野生動物が暮らす地域に重大な環境被害をもたらす恐れが出ている。
周辺の村や農地は洪水に見舞われ、多数の市民が避難を余儀なくされる中で、ウクライナとロシアの政府は、互いに決壊は相手方のせいだと非難をぶつけ合っている状況だ。
ウクライナのストリレツ環境相は記者会見で、ダムからは少なくとも150トンの石油がドニエプル川に流れ出し、これまでの環境被害額は5000万ユーロ(5380万ドル)と見積もられると語った。
複数の専門家は、ウクライナ側が大規模反攻作戦を開始する態勢だったものの、ダム決壊によって部隊の予定場所への進出が難しくなりかねない、と話している。
国際戦略研究所(IISS)のベン・ベリー上席研究員は「ロシアが戦略的守勢、ウクライナが戦略的攻勢という今の図式を念頭に置くと、短期的にロシアにとって有利な状況であるのは間違いない。水が引くまではロシア側にプラスとなる。なぜなら、ウクライナが渡河攻撃するのは困難になるからだ」と指摘した。
ポーランド軍の元防諜部門幹部で安全保障専門家のマチェイ・マティシアク氏は、この地域に押し寄せた洪水で少なくとも1カ月間は、戦車など重装備の運用はできなくなると予想。「ウクライナの攻勢を想定しているロシア軍にとって、非常にしっかりした守備態勢を固める機会を生み出す」と説明する。
<ウクライナの穀物輸出に打撃>
一方、ダム決壊が世界屈指の穀物輸出国であるウクライナの農業や環境に広範なダメージを与えることは明白で、昨年、黒海沿岸の港湾封鎖によって世界的なサプライチェーン(供給網)に生じた重圧が、さらに強まることになる。
実際、6日には小麦価格が3%余りも上昇した。
ストリレツ氏は「洪水の影響は数週間ないし数カ月のみならず、長い期間痛感することになる」と警告した。
英バース大学の土木技術者モハンマド・ヘイダルザデー氏は「厄介なのはダムの規模が極めて大きく、世界でも有数の貯水量という点にある。世界中で過去に起きた同じような事故の経緯を踏まえると、非常に広い地域が被害を受け、有害物質がまん延して農業の生産性に悪影響を及ぼすだろう」と述べた。
アイテム 1 の 2 6月6日、ウクライナ南部カホフカ水力発電所の巨大ダム決壊は、同国のロシアに対する大規模反転攻勢計画に混乱をもたらしている。写真は決壊したカホフカ発電所のダム。ロイターが入手した動画より(2023年 ロイター)
同氏によると、水が引いた後に残された土砂の除去には何年もかかるという。
また、英ウォーリック大学のモデュペ・ジモー教授(土木・人道工学)は、ダム決壊で産業化学物質や潤滑油が土壌と地下水に入り込み、生態系と生物多様性を損なうとみている。
ストリレツ氏は、ウクライナ固有のメクラネズミなど下流域に生息している希少生物が危険にさらされており、ウクライナ黒海生物圏保護区と2つの国立公園も、深刻な被害を受ける公算が大きいと訴えている。
ウクライナのクレバ外相は、ロシアが「生態系を破壊」していると非難し、洪水は取り返しのつかない損害をもたらすと主張。水位の上昇でノバ・カホフカ動物園ではサルやヤマアラシなどの動物が死んでしまったと明かした。
これに対してロシアは、自らの責任を否定。ウクライナが軍事的な失敗から国民の目をそらす目的でダムを破壊したと反論している。
ただ、双方とも具体的な証拠は提示していない。
英キングスカレッジのマリナ・ミロン研究員は、足元の局面を今次戦争における「転換点」と呼びつつも、ダム決壊で両国とも幾つかの有利な材料を見出せると付け加えた。
ミロン氏は「ロシア側がダムを破壊したとすれば、その理由はウクライナの反攻阻止であるのは明らかだ。また、住民の避難が必要になっているヘルソンに人道支援が必要な状況を設定し、ウクライナ軍が機械化歩兵部隊を投入できないようにぬかるみを作り出すという目的もある」と解説した。
もっとも、ウクライナにとってもダム決壊は、ロシア側がウクライナ軍の反攻に注意を向けるのを阻むカムフラージュ手段になるかもしれないという。
英王立国際問題研究所(チャタムハウス)の国際安全保障調査ディレクター、パトリシア・ルイス氏は、ウクライナの反攻がいずれ開始されるとしても、現在の状況はロシアのためになると主張。「ロシアにとってウクライナ軍が越境するためのルートを遮断する直接的なメリットが期待できる。さらにロシア側がこの地に長らくとどまるつもりがなく、何らかの理由で戦争に勝てないと考えた場合も、ウクライナにずっと後まで頭痛の種となる要素を残していくことができる」と述べた。
(Matthias Williams記者、Mark Trevelyan記者、Gloria Dickie記者)
*動画を付けて再送します。

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