コラム:サマーズ氏の長期停滞論でよみがえる資本移動の逆説

コラム:サマーズ氏の長期停滞論でよみがえる資本移動の逆説
12月3日、サマーズ元米財務長官(写真)は、先進国経済が長期的な停滞に陥ったとの見解を示した。正しいとすればぞっとする見通しだ。写真は1月、香港で撮影(2013年 ロイター/Bobby Yip)
Andy Mukherjee
[シンガポール 3日 ロイター BREAKINGVIEWS] - サマーズ元米財務長官は、先進国経済が長期的な停滞に陥ったとの見解を示した。正しいとすればぞっとする見通しだ。この指摘は古くて未解決の謎をよみがえらせることにもなった。世界の資本はなぜ、それが最も必要とされる場所に向かおうとしないのか──。
サマーズ氏は最近の講演で、先進国が完全雇用を達成する実質「自然」利子率がマイナスの値になった可能性があると論じた。実際の金利はインフレ率が大幅に上昇しない限りそこまで低下できないのだから、この主張は次のように言い換えることもできる。先進国は十分な投資を行っていない、あるいは、世界の貯蓄は先進国に投入され過ぎていると。最初は消費者が、次いで政府が借り入れを大幅に増やした中で低金利が続いた10年間が指し示すのは、世界的な貯蓄過剰だ。
先進国はなぜ、貯蓄過剰に浸っていないで一部の余剰資金を新興国市場に輸出しないのか。新興国なら投資を増やすことによって資金を易々と吸収できるというのに。これはノーベル経済学賞を受賞したロバート・ルーカス氏が1990年に指摘した逆説だ。以来、謎は深まる一方だ。
新興国側は問題解決に手を貸すどころか、米国債ほかの先進国金融資産を購入することによって問題を広げてきた。つまり資本を輸入すべき時に輸出したのだ。確かにそうした資金の一部は外国直接投資や銀行融資、債券・株式投資の形で彼らの元に戻っている。しかし差し引きで見れば、新興国は資本を輸出する側だ。
1995年から2005年にかけて、世界で最も成長著しい東アジアの国々は機械、工場、設備のストックを増やした。18億人の人口に対し、インフレと通貨購買力調整後の実質ベースで1人当たり2700ドルのストックを積み増した計算になる。東アジアはこの資本蓄積を海外からの借り入れで補うのではなく、西側諸国に1人当たり平均300ドルを輸出した。
東アジアは特別なケースではない。さらに貧しい南アジアやサハラ以南のアフリカの国々でさえ、資本を輸出した。対照的に、経済協力開発機構(OECD)は1人当たり600ドルの貯蓄を世界中から吸い上げた。これは不思議だ。なぜならこれら先進国の1人当たり実質資本ストックは中国の16倍、インドの50倍にも達するのだから。
この逆説を解明することは、手作業の様相を呈する。一つ考えられるのは、新興国のリスク調整後の資本収益率が見かけほど高くない可能性だ。多くの発展途上国では生産性伸び率が低く、これが資本流入を阻んでいるのかもしれない。あるいは、非効率な金融システムと弱い財産権が理由で、これらの国々は資本を輸出した方が恩恵が大きいのかもしれない。繁栄へとつながる、より安全な道というわけだ。
しかし理由がどうあれ、貧しい国々から豊かな国々への不自然な資本の流れは通常、新興国にとって問題だと見なされてきた。彼らは現物資本をより速く蓄積することさえできれば、より速く豊かになり、他の国々も一緒に引き上げられる可能性があるのだから。
しかしサマーズ氏の陰鬱な仮説は、高いところへと向かう資本の流れが先進国側により大きな問題をもたらすことを示している。バランスシートに余剰資金を抱える企業よろしく、先進国は自由にできる余剰資本を持ちながら十分な使い道を持たない。もっと新興国につぎ込むべきだ。投資を増やせば貧しい国々を助けられるばかりでなく、先進国世界にも恩恵をもたらす。つまるところ、先進8か国が世界の機械設備の80%を生産しているのだ。
しかし発展途上国が、先進国の気まぐれな投資資金に頼ることを警戒するのも無理はない。実際、多くの国々に外貨準備蓄積の必要性を痛感させたのは、1998年のアジア金融危機だった。投資ブームのさなかに資本アクセスが断ち切られることはないと発展途上国に納得させるためには、新たな世界的金融秩序を構築する必要があるのかもしれない。
1つの選択肢は、国際通貨基金(IMF)の役割を見直し、民間資本投資の保証役を果たさせることだ。しかしそのためには、世界の大国が金融資源をプールする必要がある。サマーズ氏が警告する停滞が世界的不況へと発展するとすれば、こうした政治的意思の盛り上がりが欠けている可能性がある。
<背景となるニュース>
●サマーズ元米財務長官は11月8日、IMFの会議で講演し、金融危機後5年間の先進国経済が回復の勢いを欠いている1つの理由として、「過去10年間のある時点で、完全雇用と整合的な短期実質金利がマイナス2%ないしマイナス3%に低下し」、先進国は名目金利がゼロであっても生産能力をフル稼働しにくくなった可能性があると指摘した。「長期的停滞、という表現の下で展開されてきた一連の古い考え方は、日本の1990年代の経験を理解する上で深い意味を持たず、米国の今日の経験にも関連がないのではないか」とサマーズ氏は述べた。
*サマーズ氏の講演は以下のアドレスをクリックしてご覧ください。
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*筆者は「ReutersBreakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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