コラム:日銀新総裁にのしかかる海外の重い期待=佐々木融氏

コラム:日銀新総裁にのしかかる海外の重い期待=佐々木融氏
2月8日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長は、新日銀総裁の下で最初に開催される金融政策決定会合後、一時的に円の買戻しが発生するのではないかと予測する。提供写真(2013年 ロイター)
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 債券為替調査部長(2013年2月8日)
外国人投資家の日本に対する関心はますます強まっている。筆者も海外の投資家や企業に対し、出張先で説明したり、Eメールで受け答えをしたりと大忙しだ。そんな中で、自分も含めた日本人と外国の投資家・企業の考え方に明確な違いがあるように感じ始めている。
もちろん、国内外の市場参加者ともに、先月日銀が導入した「2%インフレターゲット」の実現が難しいという認識では一致している。海外の市場参加者も、過去20年間で日本の消費者物価指数が前年比2%まで上昇したのは1997年の消費税率引き上げ後など特殊な時期しかないことは理解している。
しかし、両者では、会話の流れが大きく異なる。筆者を含めた日本の市場参加者同士ならば「2%のインフレはなかなか難しい」「景気が良くなれば、別にインフレ率は2%に届かなくてもいい」といった展開だが、海外の投資家、特にヘッジファンドのポートフォリオマネージャーの多くはまず「日本でインフレ率を2%に引き上げるのは難しいのに、どんな策を講じて2%にするつもりなのか」と聞いてくる。つまり、「ターゲットを導入した以上は、なんとかして、その難しいことを実現しようとしているはずだ」という考え方だ。
<海外投資家が注目する4月4日>
こうしたポートフォリオマネージャーの中には、新日銀総裁の下で最初に開催される金融政策決定会合で、かなり大胆な政策が発表されるのではないかと期待している人が多い。しかも、「もう少し国債の買い取り額を増やしたり、ETF(上場投資信託)の買い取り額を数千億円増やしたり、できてもその程度」などと筆者が冷めた回答をすると、「それはあり得ない」といった反応で返してくる。もちろん、それだけでインフレ率が2%にまで上昇するとは思えないからだ。
白川日銀総裁が任期満了を待たず、3月19日に山口・西村両副総裁とともに退任すると発表したため、総裁・副総裁の人選が順調に進めば、新体制下での最初の金融政策決定会合の結果発表は4月4日ということになる。
ただ、筆者は、海外勢のこうした期待は裏切られる可能性が高いのではないかと考えている。
日銀の外からは自分の主張を遠慮なく話すことができる人物でも、日本という世界第3位の経済大国の中央銀行総裁というポジションに就いたら、どうしても考慮しなければならない事項が増え、以前のように自由に自分の考えを述べるわけにはいかない。
日銀総裁は日本の金融システムの安定化を第一に考えなければならない。金融緩和だけが仕事ではない。金融を緩和することによって、日本の金融システムが不安定化するリスクがあれば、バランスをとった対応をせざるを得ない。そうした対応は、金融緩和がマーケットに及ぼす影響しか見ていない人には物足りなく映るだろう。
また、もっと円安にすべきだと思っていても、そもそも日本の為替政策は日銀の仕事ではないと法律に規定されている。財務大臣の権限である円売り介入を、外務大臣が実行しようと主張するようなものだ。加えて、欧米の当局者も、日銀の外にいる人の発言と日銀総裁の発言では当然対応が変わってくるだろう。
したがって、4月3―4日の日銀金融政策決定会合後、一時的に円の買戻しが発生するのではないかと予測している。しかし、調整はあまり大きくならないかもしれない。筆者は過去3カ月の急速な円安基調は、アベノミクスに対する期待も当然影響しているが、大きな流れとしては世界の市場参加者がリスクテイク嗜好を強める、いわゆるリスクオンの状況になっていることが影響しているのではないかと考え始めている。
世界の市場参加者は昨年半ば以降の欧州周辺国債券市場の落ち着きを見て、次第にリスクテイクに対する姿勢を積極化させ、9月に欧州中央銀行(ECB)が新たな債券購入プログラム(OMT)を導入したことにより、ますますそうした姿勢を強めた。米NYダウや独DAXはリーマンショック前の高値を超えて史上最高値を更新しそうな勢いである。
こうした状況下では、円は資本調達通貨として「弱い通貨」となるが、その動きがアベノミクスで助長されているのではないかと考えている。2005―07年頃に活発化した円キャリー・トレードの頃と似ている環境だ。当時と異なり、現在は他の主要国の名目金利がかなり低いため、キャリー・トレードが活発化することはないだろうが、日本の期待インフレ率が上昇し、実質金利が低下することにより、リスク性資産に投資をする時に、円が資本調達通貨として選好されやすい状況となっている可能性は十分にある。だとすれば、気をつけなければならないのは、海外発のイベント・ニュースにより、世界の投資家のリスクテイク嗜好が大きく後退することだろう。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に、「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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