コラム:あいさつは「セクハラ」か

コラム:あいさつは「セクハラ」か
 11月10日、ニューヨーク市内を1人の女性が1日中歩きまわる様子を映したビデオが、ネット上で話題となっている。写真は通勤途中の女性。同市内で10月撮影(2014年 ロイター/Brendan McDermid)
Tatyana Fazlalizadeh
[10日 ロイター] - ニューヨーク市内を1人の女性が1日中歩きまわる様子を映したビデオが、ネット上で話題となっている。その理由は、この女性が計10時間で100回以上も路上でセクハラを受けたからだ。
ビデオに登場するのは女優のショシャナ・ロバーツさん。路上でかけられた言葉の多くは「こんにちは」や「おはよう」といった類のもの。こうしたあいさつ自体は、それだけなら無害に見えるかもしれない。この境界線の曖昧さこそ、何をもってセクハラと見なすかについての議論を引き起こしている。
筆者がこうした議論で危険だと思うのは、セクハラに関する女性側の知識や定義を社会が信用しない傾向があることだ。女性がセクハラや男性による性的対象化などの経験について語るとき、なかなか信じてもらえないという例は枚挙にいとまがない。
問題のビデオは、多くの女性が日常的に経験していることを視覚的にとらえたものだ。ある調査によれば、女性の65%が路上でセクハラを受けた経験があるという。しかし、このビデオは一方で、路上セクハラの苦痛を声高に訴える女性を疑う人への証拠にもなっている。
ビデオは完璧ではない。セクハラする男性の外見的な偏見をつくり出しており、それに対しては批判も集まっている。路上セクハラの複雑さを映し出しておらず、ロバーツさんとは違うタイプの女性が経験するであろうセクハラも描かれていない。もしロバーツさんが黒人もしくは性転換者であったなら、もっとひどい言葉が投げつけられていたかもしれない。ただそれでも、路上セクハラがいかに日常的で疲れるものかは、ビデオが如実に物語っている。
女性がこの問題について公に発言しようとするとき、その女性は自分の経験を話しているだけでなく、気が付くと真ぴょう性も主張しているということがよくある。自分自身の人生について語っているのに、これは非常にいら立たしいことだろう。
女性は、外見に対する褒め言葉と下品な言葉の区別がつかないと考えられているのだろうか。もしくは、親密なあいさつと口説き文句の区別もつかないと思われているのだろうか。
「こんにちは」という言葉に女性が性的な意図を感じ取ったと言うなら、最も適切な対応は共感や理解しようとする姿勢ではないだろうか。女性がこうした口説き文句を褒め言葉やあいさつとして受け取るべきだという考えは、軽率なだけでなく、侮辱的なものだ。
女性はコンピューターを閉じてネット上のこうした議論から離れても、一歩外に出れば、ビデオにあるような世界が待っている。この現実を毎日生きなくてはならない。多くの女性は、絶え間ない色目や体に関する下品なコメント、性的ジェスチャーに耐えている。路上で男性から投げつけられる言葉や、それをはねつけた時に返ってくる侮辱にも耐えている。
こうしたセクハラに正々堂々と意見を述べる女性は、他人からの接触をすべて拒否する反社会的な人間なのだろうか。違う。彼女たちは単に、性差別の経験によって見知らぬ男性とのやりとりに慎重にならざるを得なくなっただけだ。
女性に投げかけられた言葉は男性にとって無害に見えても、当の女性にはむしろ恐怖感を抱かせることも多い。それに適切に対処しなければ、絶え間ない暴力の脅威になると考えている女性も多いからだ。
こうした恐怖感は、事実無根ではない。実際にデトロイトでは、男の誘いを拒否した女性が殺害される事件が起きた。ニューヨークでは先月、男と話すのを拒んだ女性がのどを切られた。電話番号を教えなかったという理由で男性から暴力を受けたという女性を筆者自身も何人も知っている。
これらは単発的な出来事ではない。男性が女性に誘いをかけるとき、女性がどう応じるか(もしくは応じないか)は、礼儀正しさの問題ではない。それは身の安全の問題でもあるのだ。これは誇張ではなく、曖昧さとも無関係だ。性差別のフラストレーションや危険と隣り合わせで生きている1人の女性の真実なのだ。
*筆者はビジュアルアーティストで、路上セクハラを題材にした芸術プロジェクト「Stop Telling Women to Smile」はニューヨーク・タイムズ紙などで特集された。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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