コラム:南シナ海めぐる米国の「危険な賭け」

コラム:南シナ海めぐる米国の「危険な賭け」
 5月21日、南シナ海の領有権問題をめぐり、米国の防衛関係者の間では最近、対中強硬姿勢を訴える声が強まっている。写真は中国が人工島の建設を進める南沙諸島の美済礁。米海軍提供(2015年 ロイター)
William Johnson
[21日 ロイター] - 南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で人工島の建設を加速させている中国。領土拡大を目論んだ浚渫作業などは2014年から続けており、同海域で領有権を争う周辺5カ国に圧力をかけている。
これに対し、米国の防衛関係者の間では最近、対中強硬姿勢を訴える声が強まっている。
カーター国防長官は今月に入り、こうした人工島周辺12カイリ(約22キロ)以内に米軍の航空機と艦船を派遣する選択肢を要請した。また、シアー国防次官補(アジア・太平洋担当)は13日に開催された上院外交委員会公聴会で、米国は豪州に偵察機と長距離爆撃機を配備する計画があると述べた(豪州からの抵抗を受け、失言だったと後に釈明)。海軍太平洋艦隊のハリス司令官は、中国の活動に対応するため、スプラトリー諸島の周辺海域に3隻を追加配備する計画を持っている。
しかし、このやり方は間違いだ。カーター国防長官もシアー国防次官補も、そしてハリス司令官も、中国が暴力的に反応する可能性を真剣に考えているようには見えない。過去の例からも明らかなように、中国を追い詰めすぎることのリスクは大きい。
米軍当局者たちが本当に懸念しているのは、軍用機も離発着できるほどの滑走路を確実に持つであろう人工島を使い、中国が「接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略」を拡大することだ。
では、この可能性に対処する最善の策は何だろうか。米国は現在、同海域では十分なリソースを有しておらず、本格的な行動を取るには大きなリスクが伴う。同海域を巡回する米海軍の艦船は最新鋭沿岸海域戦闘艦(LCS)「フォートワース」のみだ。それ以外で最も近くにいるのは日本を拠点とする第7艦隊だが、スプラトリー諸島の周辺海域に到達するためには、中国が「A2/AD戦略」を取る範囲を通過しなくてはならない。これより遠方に配備されている艦船は、短期的な交戦には使えないだろう。軍事衝突になった場合、成功の見通しは極めて低い。
攻撃的なアプローチを正当化するためには、米国は、中国による人工島の建設が米国の利益にとって脅威であると断定しなくてはならない。人工島が航行の自由を阻害しているという主張は、目くらましにすぎない。これまでのところ、中国は南シナ海で船舶の航行を阻害してはいない。確かに中国は、領有権を争うベトナムやフィリピンなどの行動には対抗し、漁船への妨害や石油掘削リグの設置などで自国の領有権を主張している。ただ、これらの行動はどれも船舶の航行を阻害しているとまでは言えない。
地域の平和と安定を守るためという米国の主張にも無理がある。南シナ海で領有権を争う中国と5カ国との間では、今のところ本格的な軍事衝突は起きていない。ジャーナリストとオバマ大統領は、紛争に至っていないのはただ単に、軍事力に差がある弱い国が中国との衝突を恐れているからだと主張する。確かに軍事力の不均衡は存在する。しかし、それが米国の介入を正当化する理由にはならない。米国な南シナ海の領有権問題では特定の国に肩入れしておらず、当事国に対しては平和的な解決を訴えている。当事国同士が「殴り合い」にならない限り、中国の領有権主張をめぐって米国が核保有国である中国と戦うリスクを冒すのは軽率というものだ。
地域の関係国や同盟国を安心させるためという米国の主張も空虚だ。南シナ海で中国と領有権を争う国のうち、米国の同盟国はフィリピンだけだ。そのフィリピンをあらためて安心させる必要はないだろう。2001年9月11日の米同時多発攻撃以降、米軍は対テロ戦争の一環として「フィリピンにおける不朽の自由作戦」に尽力してきた。米国は常に同盟の義務を守ってきたが、南シナ海の係争地はフィリピンの領土とはみなしていないため、その防衛には取り組まないだろう。
より賢明なアプローチは、外交努力を強めることであり、6月に行われる米中戦略経済対話や、それに続く習近平国家主席の訪米を最大限に活用することだ。中国はすでに、米国のアジア重視戦略を中国囲い込みの遠回しな表現だと考えている。その考えをさらに強めるであろう軍事行動は愚かと言わざるを得ない。
*筆者は、元米空軍将校で外交にも携わっていた。米空軍士官学校では哲学教授を5年間務め、2009─2011年には米太平洋特殊作戦軍(SOCPAC)の上級政務官だった。軍を退役後は、米海軍大学院で中国政策に関する助言も行っている。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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