KONAMIの「BEMANI特許」とは何だったのか 失効から3年のいま振り返る、近代音楽ゲームの基本特許

権利範囲が誤解されがちな「BEMANI特許」について、原文の記述をもとに読解

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BEMANI特許(あるいはビートマニア特許)と俗称される特許がある。KONAMI(現・コナミアミューズメント)が1997年にリリースし、音楽ゲームブームの基礎となった「beatmania」の基本システムを請求、KONAMIがBEMANIブランドで展開する音楽ゲームビジネスの柱の一つとなっていた、日本国特許第2922509号のことだ。

この特許は1998年7月31日に出願、1999年4月に登録。日本の特許の権利期間は出願から最長で20年間と定められており、2018年7月31日をもって失効している。

 

BEMANI特許は音楽ゲーム分野の工業所有権(産業財産権とも。特許権、実用新案権、商標権、意匠権の総称)の代表格であり、これまでの約20年間にわたり、ゲームファン界隈の巷間でたびたび語り草となってきた。

しかし、本特許の権利範囲はしばしば誤解され、不十分な理解に基づいた語りが多く展開されてきた実情がある。例えば、BEMANI特許は“譜面が縦にスクロールする音ゲー”の特許である、という趣旨の記述は頻繁に見られ、これは後に述べるように誤りである。

そこで本稿では、まず原文の記述をもとにBEMANI特許の概要を読解していきたい。そして本特許にまつわるいくつかの典型的な誤解について検証を行う。

なお本稿が解説するのは、BEMANI特許の技術的側面のみである。本特許が関わった工業所有権に関わる係争、各法人の知的財産にかかる方針や、音楽ゲーム史における本特許の功罪などについては一切言及しない。その周辺を有意義に語るためにはソフトウェア特許に対する最低限の知識を必要とし、ご興味の向きには例えば以下の資料をご参照頂きたい。

BEMANI特許の請求項

いわゆる5鍵と呼ばれる初期のバージョンのコントロールパネル。User:Chardish, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons

特許を読む前提知識を簡単に説明しよう。特許で保護されるのは、特許公報の「請求の範囲」に書かれた技術だ。請求の範囲を構成する「請求項」には、単独で成立する「独立項」と、他の請求項を引用している「従属項」がある。これらのうち前者の独立項こそが、BEMANI特許の核となる技術である(従属項に着目する必要がない理由など、前提知識の詳細は付録にまとめた)。

BEMANI特許の請求の範囲を規定する請求項は40個。うち独立項は請求項1, 2, 7, 38, 39, 40の計6個。残りは全て従属項である。つまりこれら6個の独立項を理解することが、BEMANI特許の読解の肝だ。

なお6個の独立項のうち請求項38~40は、それぞれ請求項1, 2, 7とほぼ同じ内容を、別の観点で言い換えたものである。そこで本稿ではこれ以降、請求項1, 2, 7についてのみ言及し、内容を詳細に読解する。

さて、請求項1はこのように記載されている。

【請求項1】筐体と、前記筐体の前面に設けられた表示装置と、前記筐体の前面で、かつその前面と向かい合ったプレイヤーからみて手元となる位置に設置された複数の演出操作手段と、音楽およびその音楽に対する演出手順に関するデータをそれぞれ記憶する記憶手段と、前記記憶手段の記憶内容に基づいて前記音楽を演奏する演奏手段と、前記演奏手段による演奏の進行に連動して、前記演出操作手段を用いた演出操作を前記記憶手段の記憶内容に従って前記プレイヤーに前記表示装置を通じて視覚的に指示する演出操作指示手段と、前記プレイヤーによる前記演出操作に応じた演出効果を発生させる演出効果発生手段と、前記記憶手段が記憶する前記演出手順と前記プレイヤーによる前記演出操作との相関関係に基づいて当該演出操作を評価する評価手段と、前記評価手段の評価結果に対応した情報をプレイヤーに対して表示する評価表示手段と、を備え、前記演出操作指示手段は、少なくとも一部の領域が、前記複数の演出操作手段のそれぞれに対応付けられた複数かつ所定方向に延びるトラックに区分可能なインジケータを前記表示装置の画面上に表示させるとともに、前記複数のトラックのそれぞれには、各トラックに対応付けられた前記演出操作手段の操作時期を示すための指示標識を、その指示標識に対応する演出操作手段の操作時期が到来したときに当該指示標識が前記トラックの一定個所に設定された演出操作位置に到達するように、前記トラックに沿って移動させつつ表示させることを特徴とする音楽演出ゲーム機。

おそらく読み飛ばされたものと推測する。概要を記そう。請求項1によって保護される技術は、以下に挙げる限定要件の全てを備えた音楽ゲーム機である(要件の番号付けは筆者によるもの)。

  • 要件A:筐体
    ゲーム機の本体のこと。
  • 要件B:表示装置
    ディスプレイのこと。「筐体の前面に備えられた」という限定は付いているが、前面以外に画面が付いている筐体は考えにくいので、回避は難しいだろう。
  • 要件C:複数の演出操作手順
    演奏に用いるデバイス(ボタン、パッド、スクラッチ部品など)のこと。表示装置自体がタッチパネルとして演奏デバイスになる場合についても該当するかは微妙なところである。
  • 要件D:記憶手段
    データを保持するハードディスクなど記憶媒体のこと。
  • 要件E:演奏手段
    記憶媒体に収められたデータに基づいて音楽と譜面を再生する手段。ここでいう「演奏」はプレイヤーによる操作ではなく音楽ゲーム機による音楽の再生自体を指し、「詳細な説明」節ではCPU、サウンド制御装置、スピーカーからなるシステムが演奏手段の例として挙げられている。
  • 要件F:演出操作指示手段
    プレイヤー(音ゲーマー)への操作を指示する、いわゆる譜面のことである。
  • 要件G:演出効果発生手段
    プレイヤーの操作によって、何らかの演出(効果音、照明など)が発生することを示す。
  • 要件H:評価手段
    プレイヤーの操作が決められたタイミングに対して合致しているかを評価する、例えばGREAT、GOOD、BADといった「判定」の存在である。
  • 要件I:評価表示手段
    要件Hで評価された判定を、画面を通してプレイヤーに逐一示すことである。
  • 要件J:トラック
    譜面を構成するノーツ(音符、オブジェクト、ポップ君などゲームにより呼び方は異なるが、本稿では「ノーツ」で統一する)が流れてくるレーンのこと。要件Cのデバイスのそれぞれに対応する複数のレーンが存在し、それが“所定方向”に延びている必要がある。
  • 要件K:指示標識が演出操作位置に向けてトラック内を移動する
    演出操作位置とは判定ラインのこと。前述のノーツが、要件Jのトラック(レーン)内を判定ラインに向けて流れることを意味する。

以上から、独立項である請求項1で保護される技術を音ゲーマー用語でざっくり説明すると、「筐体があり」、「画面があり」、「入力デバイスが複数あり」、「音楽と譜面が入ったストレージがあり」、「音楽と譜面が再生され」、「譜面が画面で示され」、「操作で演出が発生し」、「判定があり」、「判定が示され」、「ノーツが移動するレーンが一定方向かつ複数存在し」、「レーン内をノーツが判定ラインに向けて移動する」の全てを満たす音楽ゲーム機』となる。

昨今はKONAMIはeスポーツとしてbeatmaniaシリーズを積極的に展開。音ゲーの元祖としての地位は揺らいでいない。

さて、本稿で着目する3つの独立項は、このような要件をそれぞれ異なる組み合わせで請求することで構成されている。音ゲーマー用語に翻訳した要件(あくまで概要である。原文は特許公報を参照)、そして各請求項が構成する要件のリストを下表に示そう。しつこいようだが、各列を縦方向に読んで○印の付いた全ての要件を満たすものが、BEMANI特許の各独立項でそれぞれ保護される技術である。

以上を踏まえて、BEMANI特許にまつわるよくある誤解を検証しよう。

BEMANI特許のよくある誤解

以下に挙げる誤解は、各種のSNSや個人ブログ上などでしばしば見かけるものである。誤解の情報源について個別の明記は避けるが、例えばGoogleやTwitterの検索フォームから「音ゲー 特許」でサーチすることで、サンプルをいくつも見つけることができる。

  • 上から下にノーツが流れる音楽ゲームの特許である。→×

独立項である請求項1, 2にある記述は「複数かつ所定方向に延びるトラック」であり、スクロール方向が縦か横か奥行き方向か、などは特定されていない。また請求項7は「複数かつ所定方向に伸びるトラック」すら要求していない。従って誤りである。なお請求項3には確かに「前記所定方向が前記画面の上下方法である」という記述があるが、これは請求項1, 2の従属項である。

この誤解に付随して、バンダイナムコ「太鼓の達人」の譜面が横スクロールなのはBEMANI特許の回避のため、という論説が流布しており、同様に誤りである。「太鼓の達人」がこの特許を侵害しないのは、「ドン」「カッ」の各入力に対応するノーツが同一かつ単一のレーンに流れてくる(要件Jに非該当)ことで独立項のうち請求項1および2を、また「ドン」「カッ」の各操作を行った際の演出が曲中で変化しない(要件K-3に非該当)ことで請求項7を、それぞれ回避しているためと考えられる。

  • プレイヤーの操作に対して楽曲を構成する効果音が鳴る、いわゆるキー音の特許である。→△

「キー音」はプレイヤー操作に応じて発生する演出効果、すなわち要件Gの一種である。一般的にはプレイヤーがデバイスを操作した際に鳴る音が、(1)楽曲を構成する要素である、(2)楽曲と関係ない効果音(クラップ音やタンバリン音など)である、という区別でキー音か否かは判断される。しかし(1)(2)の区別は請求項のいずれにも規定されていない。従って基本的には誤りである。

一方で楽曲を構成する音を演奏する音楽ゲームを想定した場合、多くの入力デバイスでは、キー音は楽曲の進行とともに変わってゆく必要があるだろう。これは請求項7の要件K-3に該当する。従っていわゆるキー音を実装した場合、請求項7の必要条件となっている他の要件を回避することができなければ、本特許の権利範囲に引っかかると考えられる。

まとめよう。請求項に記載の「演出効果」を効果音ととらえた場合、請求項7の必要条件は「キー音があること」ではなく、「キー音が時系列で変化すること」である。たとえキー音があっても、デバイス操作で鳴る音が楽曲を通して固定されていれば請求項7には該当しないと考えられる。そしてキー音の有無にかかわらず、請求項1および2の要件を回避できなければ、いずれにせよ本特許の権利範囲内となる。

  • この特許が存在することで、ランダム、ヒドゥン、サドゥンといった音楽ゲームに汎用的なオプションを他社は実装できない。→×

請求項32にはランダムオプション(ノーツが流れてくるレーンを乱数で変化させる)、請求項34にはヒドゥン・サドゥンオプション(レーンの特定領域でノーツを不可視にする)に対応すると読み取れる記述がなされている。請求の範囲には他にも、長押しノーツ(請求項14)、曲のプレー評価によってリザルト画面の演出を変える(請求項23)、一曲に複数の難易度の譜面(請求項28)といった記述がある。

しかしこれらの請求項は全て、前述の独立項に対する従属項である。独立項である請求項1, 2, 7を満たさない音楽ゲームであれば、ヒドゥンやランダムといったオプションを実装しても、本特許の権利範囲の外である。

ゲームの工業所有権について

本稿で取り上げた案件に限らず、ゲーム関連の工業所有権については、権利範囲の実情を無視した語りがしばしば展開される。

例えば、BEMANI特許と並んで語られるKONAMI社の特許に、「壁透過カメラ特許」と俗称される日本国特許第2902352号(2016年に存続期間満了)がある。これが実情以上に広範な特許であるかのように語る論説が的外れであることは、“ぽんぽこ”氏によるnote記事で丁寧に解説されている。

また音楽ゲーム関連では、「音ゲー」はセガ社の登録商標である(従ってセガ社製品以外の音楽ゲームは「音ゲー」とは呼べない)という説も流布しており、これも明確に誤謬である(根拠とされる商標登録第4373817号は「音ゲー」ではなく「音ゲーモグラッパー」の商標で、しかも文字商標ではなくロゴ商標である)。にもかかわらず、「音ゲー 商標」の検索結果には、誤解に基づく軽率な論調が立ち並ぶ。

弁理士など知的財産の専門家ではない一般人でも、最低限の読み方さえ知っていれば、特許公報や商標公報をもとにそれらの内容を大まかに理解する機会は得られる。ゲームの特許や商標について、与太話ではない語りを望むならば――あるいは少なくとも出鱈目な言説への加担を避ける心があるのなら、たとえ自分なりにであっても、語るべき対象を正しく理解する意思を持つべきだ。

一方で特許を読むことで、例えば「ゲームがどのような技術によって構成されているか」、「メーカー自身が考える音楽ゲーム各作品の新しさ・楽しさ」といった情報を読み取る娯楽を得ることもできる。

例えば「beatmania」や「パラッパラッパー」以前の1995年出願でありながら、リズムアクションゲームの基本システムとも取れる技術を提案したヤマハの特許第3058051号。BEMANI特許と並ぶKONAMI音ゲーの代表的特許である、「Dance Dance Revolution」(1998)の基本システムを請求した特許第3003851号。セガの音楽ゲーム「クラッキンDJ」(2000)の出願とおぼしき特許第4228495号。KONAMI「SOUND VOLTEX」(2012)の譜面回転を出願した特許の公開特許公報、特開2014-205061号。カプコン「crossbeats REV.」(2015)関連の特許第6450297号。セガ「オンゲキ」(2018)の特許第6380644号。等々。

工業所有権の公報は、広報的な情報公開では明かされないものも含め、ゲームの歴史から最新情報までを技術的側面から追うことのできる優れた一次資料だ。適切に活用し、ゲーム文化を楽しむための一助としたい。

付録:特許を読む前提知識

以下には、特許公報から特許で抑えられている技術を読み取るための前提知識を示す。なお特許公報は、特許庁の関連機関である独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営するサイトJ-PlatPatから無料で閲覧できる。例えばBEMANI特許の実際の文面を参照するには、サイトの簡易検索フォームから「2922509」で検索し、出てきた「特許2922509」のリンクをクリックするのが手っ取り早い。

(1)特許の公報には「特許公報」と「公開特許公報」がある。「公開特許公報」の内容はまだ権利として認められていない。

法人や個人が国から特許を得ようとする場合、このような特許が欲しいという文書を揃えて特許庁に対して申請する(「出願」と呼ばれる)。出願時点の文書は出願の一年半後に「公開特許公報」として一般に公開される。そして出願された文書をもとに特許庁が審査を行い、最終的に権利として認められた範囲が「特許公報」に記載される。
例えばBEMANI特許の公開特許公報を参照する番号は「特開平11-151380」である。このような「特開~」と番号付けされた公報は、特許庁の審査を経ておらず、まだ特許として権利を与えられていない段階の文書である。
本論で読解を行った特許第2922509号は、審査を経て権利となった後の、BEMANI特許の「特許公報」である。

(2)特許公報は大別して「請求の範囲」「詳細な説明」「図面」等からなる。特許で保護されるのは「請求の範囲」に書かれた技術である。

「請求の範囲」がまさに特許権者が実施を独占する権利を有する範囲であり、「請求項」と呼ばれる項目の列挙により記述されている。一方、「詳細な説明」など他の部分は、特許の審査や読解の際に参照される説明書きである。言い換えれば、「詳細な説明」部分に何が書いてあったとしても、「請求の範囲」に書かれていない事項は権利として保護されていない。

(3)「請求の範囲」を規定する請求項には「独立項」と「従属項」がある。

例えば成立した特許の「請求の範囲」に以下のように書かれていたとする。“アペポペ”は架空の発明である。

【請求項1】四角いアペポペ。
【請求項2】赤いことを特徴とする、請求項1記載のアペポペ。
【請求項3】全長1メートル以下であることを特徴とする、請求項2記載のアペポペ。

請求項1は他の請求項を引用していない。これが独立項であり、書かれた要素(ここでは「四角い」)を全て満たすアペポペが発明として保護される。

一方、請求項2は請求項1を引用している。このような請求項は従属項であり、書かれた要素(ここでは「赤い」)だけではなく、引用先の請求項に書かれた要素(ここでは請求項1に書かれた「四角い」)も全て満たすアペポペが保護される。つまり「赤く、かつ四角いアペポペ」が保護され、「赤いアペポペ」というだけでは保護の対象にならない。

同様に請求項3もまた従属項であり、引用先の引用先まで辿って、「全長1メートル以下で、赤く、かつ四角いアペポペ」が保護の対象であると読み取れる。

このような引用関係により、結局、保護される発明にはすべて独立項である請求項1の「四角いアペポペ」という要素が入り込むことになる。逆に言えば、請求項のなかから独立項を探して読めば、特許で保護されている発明の必須要素が分かる。そして強調すれば、従属項に書かれている要素を満たしても、独立項に記述された要素を一つでも満たさない発明は、保護の対象にならない。

ちなみに独立項は、1つの特許に複数存在することもある。このような場合、特許を侵害しないためには、全ての独立項をそれぞれ回避しなければならない。

(4)特許がどのような請求の範囲で成立するかは、国ごとに異なる。

出願された特許の請求範囲の審査は、EUなど一部例外を除き基本的には各国の公的な特許機関で行われ、最終的に特許として認められる部分は国ごとに異なる。本稿の趣旨は日本国内で成立した特許の読解であり、米国など他国で保護されている権利範囲については、各国の特許公報をそれぞれ調査する必要がある。

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