企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、popIn代表取締役社長の程 涛(テイ トウ)さんにお話を伺います。
世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin(ポップイン アラジン)」を発売するまでは、ソフトウェアのサービスのみを提供していたpopIn。今回は代表取締役社長の程さんに、なぜ在庫リスクのあるハードウェア開発に参入したのか、何を大切にして事業に取り組んでいるのかをお聞きしました。
角氏:今ヒット商品になっているpopIn Aladdinの開発経緯を教えていただけますか。
程氏:popIn Aladdinの開発を検討した時は、だんだんと会社が安定してきて、事業としてやりたいことは全部やりつくしたと感じたタイミングでした。
家族が家にいる時間が長いと子どもがスマホやiPadを見がちですが、彼らが何をやっているのかわからないので嫌だと感じていました。そこで家の中で使えるIoTのデバイスを作って、子どもの世界観づくりに貢献する何かをやっていけたらいいなと思いました。さらにその中で日本地図とか図鑑みたいな学習ポスターが自動で切り替わるようなIoTデバイスを作ればいいと思い、それがプロジェクターだったら、これらを簡単に切り替えられるのではないかとひらめき、すぐに秋葉原のヨドバシカメラに行って「プロジェクターを、ここからここまで全部ください」と言いました。
角氏:「ここからここまで全部ください」だったんですか?
程氏:そうです。人生で初めてプロジェクターを買うので、何がいいのか分からず、「これを全部」と言いました。わりと小型のものをメインに8個ぐらい買って家のあちこちに設置しました。その結果として、「邪魔だし、子どもが覗き込んで光源が危ないし、ケーブルが多くて掃除が面倒」と妻にすごく怒られました。でも、妻の視点が正しかったです。つまり、生活の邪魔になる製品は当然受け入れられない。
また、プロジェクターに電源はどうしても必要になるので、電気があって邪魔にならないところに置く。そうすると設置が隅っこになるので、どこに置けばいいか考えた時に、たまたま天井にシーリングライトがありました。「あれは電源がきているな」と思って人生で初めて外してみたところ、出てきたのは「引掛シーリング」という仕組みでした。調べたら日本にしかない仕組みで、耐荷重が5キロとのことでした。5キロだったらいろいろできるなと思い、試しに作ったのがこちらです。
角氏:はい。……おぉ。
程氏:左にプロジェクター、右にはライト。天井なんて誰も見ないので形にはこだわりませんでした。これは妻も子どもも喜んでくれました。これだったら商品化できるのではと思って、ユカイ工学の青木社長に試作機の製作を依頼しました。
照明は邪魔にならず、かつ接触頻度が高いです。使わなかったら意味がないので、接触頻度がとても重要です。引掛シーリングは、設置しても邪魔にならず、電源供給もできて、接触頻度も高いという全部が備わっていました。
われわれはハードウェアで勝負しておらず、むしろpopIn Aladdinが提供する“魔法の体験”が重要だと思っています。子どもの世界観を作るのが当初の目的でしたが、その後、朝昼夜いつでもそこで“魔法の体験”ができるようにしたいと思い、商品名をまるで「魔法のランプ」のようなpopIn Aladdinとしました。
角氏:素晴らしいです。これ本当にすごいなと思ったのが、主婦の目線がちゃんと入っていることですね。徹底した顧客目線と、そこに立脚して新しいアイデアが出てきていることだと思います。
角氏:家電製品って基本的に設備産業だし、家電メーカーしか作れなかった時代がすごく長くありましたよね。でもpopIn Aladdinができるちょっとぐらい前から「一人家電メーカー」とか「サードウェーブ家電」みたいなことが言われ始めて、大きなメーカーでなくてもいろいろなところに生産委託をして作ることができるようになってきていました。その一方で、家電量販店に置かれるほど一般に普及した製品もそんなにはないという状態も続いていたと思うんですね。
その中でpopIn Aladdinはいわゆるサードウェーブ家電系列の中では一番売れていると思うんですよ。popIn Aladdin 2は1よりも売れてるという話も読みました。
程氏:そうですね。ちょうど今popIn Aladdin 2は初代モデルの約1.5倍の売れ行きになりました。
角氏:そういうのを見るにつけ、サードウェーブ家電でなし得なかったことをされているように思っていて。なぜそれができているのかが気になります。
程氏:僕は欲しいものがまず決まっていて、それは「情報体験」です。それをどうやって商品にするかという発想です。プロジェクターが好きだから考えたというわけではないので、何か新しい体験が作れるとしたら、プロジェクターという形でなくても問題はないです。今の多くの製品からは、本質的にお客様に何を体験していただきたいのかが伝わってこないものが多い気がしています。
もう1つはイーロン・マスク氏の考え方に近いかと思いますが、たとえば車に使うのは必ずしもガソリンでなくてよいという視点から、ガソリン車ではなくEV車に挑戦しています。何かを新しく生み出す時には、大企業の中では考えても実現できない問題が大きいのだと思います。
たとえば、popIn Aladdinのアイデアを大手電化メーカーの社員の方に話してみると、やはり彼らも同じようなアイデアは考えておられます。それでも実現に至っていないことを考えると、やはりそのアイデアをストーリーに落とし込み、実現することがとても難しいのだと思います。ある意味では、起業のような感覚に似ていて、信じない人に、いかに伝えるかがとても重要です。
角氏:なるほど、ビジョンなんですよね。日本の家電メーカーでいうと、組織はプロジェクターの事業部があって、そして照明の事業部があって、家電量販店と接続している営業部隊があって……というふうになっていることが多いと思います。プロジェクターの部門がこれを作ろうとすると、「それは照明部門の仕事だ」となるだろうし、照明部門がこれを作ろうとしたら「それはプロジェクター部門の仕事だ」となるだろうし、両方が合意したとしても営業の人たちは「それを量販店のどこに置くつもりだ」というふうになるでしょうね。だとすると、その内部調整が複雑すぎて疲弊してしまって、「それはやめておこう」となってきたのかもしれません。
程氏:そう思います。でも、popInがBaidu Japanだから、それが実現できたというわけでもなく。たとえばスマートスピーカーのブームがなかったら、おそらくBaidu Japanも許可しなかったと思います。ただ、AmazonやGoogleのようにうまくいっている会社もあるので、不可能ではないとしても、とても難しいと考えています。僕は企業と組織に課題があると思っています。
うまくいかない時のリスクが大きいですから、メーカーのトップの方が経営判断を間違えているとは思わないです。ただ、どんな理由でその製品を開発すると決めるのかは、人であり組織の考え方が大きいのかなと思います。アイリスオーヤマのように、毎週のように新しいものを提供している会社もありますが、まったくできない会社もあります。これは大変興味深いです。
角氏:投資をすることの意思決定を重く考えるのは別に悪いことではないと思いますが、それと「実際に手を動かさないと出口は見えない」という程さんの気づきのバランスなんだろうなという気がしました。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力