Facebookが主導するデジタル通貨リブラ(Libra)は、2020年前半の運用開始を目指している。そのニュースが今年5月頃に流れてすぐに、多くの中央銀行関係者や政府関係者などが懸念や反対を表明した。個人情報や個人データの漏洩問題で信頼を失っているFacebook、そこにデジタル通貨の管理を任せていいのか?! つまり、マネーロンダリングなどのリスクを、信頼のないFacebookという会社がちゃんと管理できるのか?!、という意見が多いようだ。
「デジタル・キャッシュ」という言葉が1990年代に流行った。「デジタル・キャッシュ」とは、今のデジタル暗号通貨とほぼ同じコンセプトであり、国家から独立して、通貨を仮想空間に創り出すことを目指していた。
そのため、デジタル通貨が実現してしまうと、国家の独立性や通貨当局の金融政策、その権限などの存立基盤を脅かす。中央銀行や政府が反対するのは、本能的に、もっともなことだ。
しかしながら、どんなに中央銀行や政府が反対しようとも、リブラは、おそらく、最終的には、正式に発行されることになると私は考える。そもそも、マーク・ザッカーバーグもシェリル・サンドバーグも、そして、デビッド・マーカスも、アメリカ政府関係者に十分な根回しをして、準備を進めてきたはずだ。
そして、市場導入までのプランを練っているに違いない。社会的な反対があるのは想定内だろう。だが、反対勢力を黙らせる切り札がある。それは、中国だ。
このデジタル通貨で米国が覇権を握らなければ、中国との経済競争に勝てない。そして、リブラが連動する法定通貨から、人民元を排除して、米ドルを中心にユーロ、英ポンド、日本円などで構成し、リブラの価値を支える。この構成比率のマジョリティを米ドルが握り、世界で最も普及するデジタル通貨のポジションを確保してしまえば、米ドルの覇権は揺るがない。
EUや日本など関係国は「中国を排除しつつ、自国にも恩恵があれば、文句はないはずだ」ということになる。ビザやマスターカードなども、リブラのパートナーネットワークに入っている。
つまり、米国で主流の決済手段(クレジットカード)会社も巻き込むことで、決済ビジネスのオールドプレイヤーも賛成できる筋書きだ。
要するに、リブラと人民元は、真っ向から競争する立場になる。しかし、米ドル、ユーロ、日本円をバックボーンとするリブラ。普及さえすれば、いくら中国の人口が多いからといって、勝ち目はない。Facebookのユーザー数は30億人とも言われているのはご存知だろう。
そして、あまり語られることはないが、ネット広告業界への影響も無視できない。ポイントは大きく3つある。
まず、マネーロンダリング対策などのために、リブラでは、口座発行時に本人確認を求められることになるだろう。いま、日本の銀行でも、免許証やパスポート、住民票の提出などを、銀行口座開設時に要求される。印鑑は不要というハンコレスの銀行口座は出てきたが、本人確認不要ということにはならない。これは、マネーロンダリング対策の一つだ。
リブラが本人確認をして、そのアカウントがそれぞれのFacebookアカウントと紐付けられるとする。もちろん、GDPR的に考えると、本人の同意を得て紐付ける。そのことによって、Facebookアカウントの本人確認が取れた状態になり、Facebookのコンテンツや広告の閲覧履歴、そのほかのアクションに応じて、ポイント(リブラに換金できる)を付与するというサービスが出てくるはずだ。
ポイントがもらえるなら、普通に健全な生活をしている人は、ある程度の個人情報・データを広告配信などに使っても良いと思うのではないか。もちろん、マネーロンダリングなど後ろめたい行為をしている人は拒否したくなるかも知れない。
本人確認が取れていて閲覧履歴がわかる状態に、健全なFacebookユーザーのほとんどがなったとする。すると、事件になったマケドニアのフェイクニュース工場など、複数のアカウントを使って大量に偽情報を流すという行為はやりにくい。本人確認が取れない時点で、そもそも広告配信をできなくするという手段もあり得る。
アドフラウドなど広告詐欺も同様だ。本人確認が取れていないユーザーからの閲覧やクリックについては、課金しないという施策を考えているのではないか、とシリコン・バレーの友人からも聞いた。
そして、漫画村などの著作権違反対策。悪意を持って著作権違反コンテンツをアップロードする人間が、進んで本人確認に 応じるのか? 漫画村の犯人は結果的に逮捕されたようだが、海外のサーバーなどを使い、身元が分からないようにして、逃げ回ったらしいと聞いている。
ぜひ、リブラのWhite Paperを読んでほしいが、「It is built on a secure, scalable, and reliable blockchain」と書かれている。
つまり、いまのネット空間をより良くするために設計されているのだ。より安全性の高い、スケーラブルな、そして、信頼性の高いブロックチェーン技術を導入し、管理・運営するという目論見だ。
このプランが首尾よくいけば、Facebookは、米国のデジタル通貨の覇権を支え、かつ、より健全なネット(広告)空間を創出することができ、社会的な信用も格段に上がるだろう。
そして、日本人としては残念だが、キャッシュレスに遅れている日本企業は、そのデジタル通貨覇権の器の中の、プレーヤーの一つに甘んじていくことになる。
この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。
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