外資系金融機関にて、リサーチアナリストとして通信セクターを担当している立場から、2011年のモバイル業界を「SIMロック解除」「スマートフォン」「LTE」の3テーマで展望する。
第2回目は、LTE(Long Term Evolution)について論じる。2010年12月24日に国内で初めてのLTEによるサービス「Xi(クロッシィ)」がNTTドコモで開始された。契約者の獲得目標は2011年3月末で5万契約、2011年度末で100万契約、2014年度では1500万を目指すという。
W-CDMAによるサービスである「FOMA」は2001年10月にサービスを開始し、2003年9月末に100万契約、2005年7月に1500万契約を達成したのだが、ほぼ同じペースだ。このXiの加入者計画について一見遠慮がちに思えるが、以下2点から筆者は必ずしもそうではないと考える。それは、(1)当時に比べ端末の買い替えサイクルは明らかに長期化しており、(2)Xiのエリアカバレッジ計画――2011年3月末のカバレッジが基地局数1000局(7%)、2012年度5000局(20%)、2013年度1万5000局(40%)という内容――は、FOMAが2001年のサービス開始から2年後には人口カバー率で96%程度まで達していたことを比べると随分スローペースである。
しかしながら、2010年末のXiのサービス開始セレモニーでNTTドコモの山田社長は「2011年度内にはスマートフォンでXiに対応したものを出す」とコメントした。従前より、「2011年度内にはポータブルWi-Fiと音声対応端末を出す」と明言していたわけだが、今回「スマートフォン」と言ったのは、社内外に向けたやや踏み込んだ発言、つまりLTEにおいても引き続きスマートフォンに力を入れていくし、FOMA以上に力を入れていくとのメッセージだったのではないか、と受け止めた。では、LTEのスマートフォンでどのような方向性へNTTドコモを始めとした通信事業者は向かうのか? NTTドコモは、現在LTEのサービス将来像として、2つのサービスイメージを提供している。
その1つが「同時通訳サービス」で、もう1つが「歴史の名所をARで見られる」というもの。いずれも、LTEの特徴である“高速”“大容量””低遅延”を生かしたものだ。いずれも実現すれば便利だろうし、筆者も不慣れな国への海外旅行時の同時翻訳や、自身が訪れる場所が過去にどのような歴史を歩んできたのかといったことを試しに使ってみたい。ただ、この2つだけなら、実際に使ってみて「あっ、そうですか、便利ですね」で終わるであろう。
実はこの2つのサービスイメージで最も重要なのが、「低遅延」を活かしたクラウドで実現するサービスであるということだ。LTEで実現されるであろうクラウドの意味するところは、当然インターネットの様々なコンテンツ、アプリケーションなど、これまでは端末ローカルに落とし込んで(インストールして)利用していたようなものを、クラウドで利用でき、「低遅延」であることから、あたかも端末ローカル上アプリケーションを利用しているかのようなUI(ユーザインターフェース)を今以上に提供しやすい環境になるということだ。
実は、NTTドコモや通信事業者自身が提供するサービスをクラウド化していくつもりでいるのではないか、と推察する。例えば、メールだ。iモードメールやauのEZメールなど、通信事業者固有のメールサービスは、在圏時であれば、自動的にプッシュ配信(厳密に言えば、ユーザーの目に見えない形で着信通知がネットワーク側から端末になされ、メールクライアントがプルでメール取得しているのであるが)され、端末のローカルストレージへメッセージ全部を書き込んでいる。
GmailやYahooメールなどいわゆるウェブメールをスマートフォン上で利用しているユーザーであれば、何もメッセージのすべてを端末ローカル上に保存しなくても、必要に応じてサーバにデータを読み込みにいき、あたかもローカル上のメールを見ているかのごとく設計されたUIで十分であると感じるユーザーは多いであろう。むしろ、端末にいちいちダウンロードしていたのでは、物理的なメモリの制限もあり、端末の限界能力に左右されてしまうことになる。
既に、いわゆる「ケータイ」(ガラケー)端末のローカルでのメール保存件数は2000件程度が平均的なスペックとなっている。また、microSDのような外部メモリに対してメールデータを移動して保存できるため、それで十分との見方もあろうが、例えば1日10件程度受信しているだけで、200日で保存容量は一杯になるのだ。加えて、端末を紛失した時のセキュリティ面でも心配だ。メールフォルダにパスワードロックすることも可能であるし、生態認証や遠隔ロックなどもあるが、ケータイを紛失するユーザーに限ってそのようなロック設定はしていないことが多い。端末ローカル内に保存されているデータは無論メールだけでなく、サイトのブックマークや、おサイフケータイ、電話帳データなど例を挙げれば枚挙に暇が無い。
LTEの低遅延により、端末ローカルとサーバ上のデータの境目がより曖昧(もしくは、ユーザーが操作上その差を感じ難い)になれば、メールの保存件数を気にせずガンガン利用することができる上、セキュリティ面でも安心、といった明らかなユーザーへの利便性の提供が可能になる。それと共に、通信事業者にとっても、預かるデータが多いほど、ユーザー囲い込みをさらにしやすくなる。つまりこれは、同時にユーザーにとっての、他事業者への乗り換え障壁を一段と高いものできるというメリットでもある。
加えて、次の最終回「スマートフォン」のテーマでも述べるが、「土管+APIプロバイダ」化を今後通信事業者が志向するのであれば、まさにデータを預かることは本望なのである。LTEに関しては、通信速度(無線区間のスループット)がFTTH並みになるとの議論に目が行きがちであるが、通信事業者にとってサービスの提供形態が大きく変わる可能性を秘めたものであり、それを成しえるのが「低遅延」であるということに注目して行きたい。
外資系金融機関にて、リサーチアナリストとして通信セクターを担当。株式上場前のNTT移動通信網(現NTTドコモ)に入社後、iモードの初期開発メンバーとしてサービス立ち上げに従事した後、海外通信事業者との資本提携業務に携わる。2007年9月より、みずほ信託銀行調査役・シニアアナリストとして通信、インターネット、電子部品のセクターアナリストとして従事した後退職。2008年11月より現職。
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