出石町
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いずしちょう 出石町 | |||||
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廃止日 | 2005年4月1日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 豊岡市・城崎郡城崎町・竹野町・日高町・出石郡出石町・但東町 → 豊岡市 | ||||
現在の自治体 | 豊岡市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 近畿地方 | ||||
都道府県 | 兵庫県 | ||||
郡 | 出石郡 | ||||
市町村コード | 28561-7 | ||||
面積 | 89.13 km2 | ||||
総人口 |
10,997人 (推計人口、2005年3月1日) | ||||
隣接自治体 |
豊岡市、養父市、城崎郡日高町、出石郡但東町、朝来郡和田山町 京都府京丹後市 | ||||
町の木 | モミジ | ||||
町の花 | テッセン | ||||
出石町の日 | 6月4日 | ||||
出石町役場 | |||||
所在地 |
〒668-0214 兵庫県出石郡出石町内町1 | ||||
外部リンク | 出石町役場HP(2006年6月までに消滅) | ||||
座標 | 北緯35度27分41秒 東経134度52分30秒 / 北緯35.46139度 東経134.87503度座標: 北緯35度27分41秒 東経134度52分30秒 / 北緯35.46139度 東経134.87503度 | ||||
ウィキプロジェクト |
出石町(いずしちょう)は、かつて兵庫県の北東部、出石郡に属した町。
2005年(平成17年)4月1日に周辺5市町と合併し、豊岡市の一部となった。現在は豊岡市の6地区の1つ「出石」で[1]、出石支所が管轄する。地区内各町の町名には「出石町」の冠称がつく。
旧出石藩の城下町。現在も残る風情のある町並みは、「但馬の小京都」と呼ばれている。
地理
[編集]地形
[編集]- 河川:出石川
大字
[編集]- 荒木
- 伊木
- 伊豆
- 入佐
- 上野
- 魚屋
- 内町
- 大谷
- 奥小野
- 奥山
- 鍛冶屋
- 片間
- 上村
- 川原
- 桐野
- 口小野
- 暮坂
- 小人
- 材木
- 嶋
- 下谷
- 田結庄
- 田多地
- 谷山
- 坪井
- 坪口
- 鉄砲
- 寺坂
- 寺町
- 東條
- 鳥居
- 中野
- 中村
- 長砂
- 袴狭
- 馬場
- 日野辺
- 平田
- 弘原
- 福居
- 福住
- 福見
合併後は冠称に「出石町」がつく(出石郡出石町○○→豊岡市出石町○○)。
歴史
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、出石郡出石谷山町・出石伊木町・出石材木町・出石内町・出石八木町・出石魚屋町・出石入佐町・出石東条町・出石本町・出石宵田町・出石鉄砲町・出石田結庄町・出石川原町・出石柳町・出石小人町・出石松ヶ枝町・出石馬場町・谷山分・寺町分・出石町分および弘原町分の一部の区域をもって成立。
- 1957年(昭和32年)9月1日 - 出石郡室埴村・小坂村および神美村の一部(大字宮内・坪井・袴狭・口小野・奥小野・安良・田多地)と合併し、改めて出石町が発足。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 豊岡市、城崎郡城崎町、竹野町、日高町、但東町と合併し、改めて豊岡市が発足。同日出石町廃止。
町長
[編集]- 森本駿(1927年- )
教育
[編集]小学校
[編集]中学校
[編集]高等学校
[編集]特別支援学校
[編集]産業
[編集]特産品
[編集]交通
[編集]空港
[編集]鉄道
[編集]町内を鉄道路線は通っていない。
1929年から1944年の間は、出石鉄道が町内を通っていた。
道路
[編集]- 一般国道
- 県道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]- 出石伝統的建造物群保存地区
- 出石神社 - 但馬国の一ノ宮
- 出石磁器トリエンナーレ
出身有名人
[編集]- 加藤弘之 - 東京大学初代総長
- 齋藤富雄 - 兵庫県副知事
- 桜井勉 - 天気予報の創始者
- 斎藤隆夫 - 政治家
- 伊藤清永 - 画家・名誉町民
- 大友工 - プロ野球選手
- 能見篤史 - プロ野球選手
- 島田洋之介 - 漫才師 島田紳助の師匠。
友好都市
[編集]脚注
[編集]- ^ 豊岡市公民館一覧表 Archived 2014年2月1日, at the Wayback Machine.