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ディモルフォス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ディモルフォス
Dimorphos
DARTが衝突の数秒前に撮影したディモルフォスの画像
DARTが衝突の数秒前に撮影したディモルフォスの画像
仮符号・別名 S/2003 (65803) 1[1]
分類 小惑星の衛星
発見
発見日 2003年11月20日[1]
発見者 Petr Pravec など[1]
発見場所 チェコの旗 チェコ中央ボヘミア州
オンドジェヨフ天文台[1]
軌道要素と性質
元期:JD 2,455,873.0(2011年11月7.5日[2][注 1]
軌道長半径 (a) 1.19 ± 0.03 km[2]
離心率 (e) ≤ 0.03[2]
公転周期 (P) DART衝突前: 11時間55分18秒
(11.9216262 ± 0.0000027 時間[4]
DART衝突後: 11時間23 ± 2分[3]
軌道傾斜角 (i) 168.6 ± 1.8°黄道面に対する)[2]
平均近点角 (M) 89.2 ± 1.8°[4]
ディディモスの衛星
物理的性質
三軸径 208 × 160 × 133 m[5]
平均直径 171 ± 11 m[2]
164 ± 18 m[5]
質量 ~5×109 kg(仮定)[5]
自転周期 公転周期と同期?
スペクトル分類 S[2]
絶対等級 (H) 21.3 ± 0.2(ディディモスとの差)[2]
アルベド(反射能) 0.15 ± 0.04[2]
Template (ノート 解説) ■Project

ディモルフォス[6]英語: Dimorphos)またはディモーフォス[7]は、地球近傍小惑星 (NEO) として知られる小惑星 (65803) ディディモス公転している衛星である。仮符号S/2003 (65803) 1直径は約 170 m で、密度が低いラブルパイル天体であると特徴づけられている。2003年チェコ共和国オンドジェヨフ天文台での観測で発見され、2022年9月に行われたディディモスの周囲における軌道を変えるために宇宙探査機を故意に衝突させるDouble Asteroid Redirection Test (DART) 計画のターゲットに選定された。また、欧州宇宙機関 (ESA) の探査ミッションHera計画で、2026年に衝突による影響をさらに研究する為の探査が行われる予定である。

名称

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国際天文学連合 (IAU) の小天体の命名に関するワーキンググループ (WGSBN) によって、2020年6月23日に正式な固有名が命名された[8]。固有名はギリシャ語で「2つの形態を持つ」という意味を持つ言葉 Dimorphos (Δίμορφος) に由来している[9][10]。この新たな名称が選定されたのは「DARTおよびHera計画のターゲットとして、人類による介入の結果(DARTの衝突)として形態が大幅に変化した宇宙史における最初の天体となる」ことが理由となっている[11]。国際天文学連合による正式な命名の前は、「ディディムーン (Didymoon) 」や「ディディモスB (DidymosB) 」という愛称が公式コミュニティで用いられていた[12][13]

特徴

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衝突の2秒前にDARTが撮影したディモルフォスの表面の画像

ディモルフォスはディディモスのほぼ赤道上を真円に近い軌道を約11.9時間の公転周期公転している。自転と公転の同期が起きているため、常に同じ片面をディディモスに向けている。ディモルフォスの軌道は、ディディモスの黄道面に対して逆行する自転方向に合わせて、黄道面に対して逆行軌道を描いている[14]

DARTによって撮影された最後の数分間の画像から、岩石で覆われた卵状の形状をしていることが明らかになり、ディモルフォスがラブルパイル構造を有していることが明確に示された[15][16]。主星であるディディモスは、自転による遠心力が自身の形状を維持させる重力を上回ることで天体の形状が保てなくなる自転周期に近い周期で自転しており、ディモルフォスはディディモスの高速の自転によって宇宙空間へ飛散した物質が集まって形成されたとも考えられている[6]

直径が約 780 m のディディモスに対して、ディモルフォスの直径は約 170 m である[2]。ディモルフォスの質量は知られていないが、5×109 kg 程度と推定されており[5]ギザの大ピラミッドとほぼ同等の質量と大きさを持っているとみられている。2022年時点で、国際天文学連合によって正式に命名されている最も小さな天体である[11]

地形一覧

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岩塊

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ディモルフォスの岩塊の名は、各国の太鼓に由来する。

地名 由来
アタバキ岩塊 (Atabaque Saxum) アタバキ
バウロン岩塊 (Bodhran Saxum) バウロン
カッカヴェッラ岩塊 (Caccavella Saxum) プティプの別名
ドール岩塊 (Dhol Saxum) ドール
プーニウ岩塊 (Pūniu Saxum) キルの別名

クレーター

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ディモルフォスのクレーターの名は、各国の太鼓、または打楽器に由来する。

地名 由来
バラ (Bala) バラフォン
ボンゴ (Bongo) ボンゴ
マリンバ (Marimba) マリンバ
ムソンド (Msondo) ムソンド
ナッカーレ (Naqqara) ナッカーレ
タムボリル (Tamboril) タムボリル

観測

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2003年にアレシボ天文台で撮影されたディディモスとディモルフォスのレーダー画像

主星であるディディモスは、1996年アリゾナ大学などが行っているスペースウォッチ計画での観測から発見された[1]。ディモルフォスは、その約7年後である2003年11月20日に、チェコ共和国オンドジェヨフ天文台で観測を行っていた天文学者の Petr Pravec とその同僚らによる測光観測から発見された。ディモルフォスは、ディディモスとの掩蔽によるディディモスの光度曲線の周期的な落ち込みによって検出された。Pravec はその同僚らと共に、同年11月23日からアレシボ天文台でのレーダー観測を行い、ディモルフォスが実際にディディモスと連星を成していることを確認した[17][18]

探査

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ディディモスとディモルフォスに接近するDARTの想像図

2021年11月24日アメリカ航空宇宙局 (NASA) はカリフォルニア州にあるヴァンデンバーグ宇宙軍基地第4発射施設からスペースXファルコン9ロケットで探査機 Double Asteroid Redirection Test (DART) を打ち上げた[19][20]。DARTは、危険な小惑星から地球を守るための最初の実験計画であり、探査機を衝突させることでディモルフォスの位置を本来の軌道からわずかに逸らさせる試みが行われた[21]。探査機は2022年9月26日に約 6.6 km/s[21] の速度でディモルフォスに衝突した[20][22]。DARTの衝突により、ディディモスとディモルフォスは互いに近づくと予想されている[23]。これによりディモルフォスは以前よりもディディモスに近づく速い速度でディディモスを公転するようになり、公転周期を少なくとも73秒短縮することが目標とされていたが、衝突後に行われたレーダー観測から想定を大きく上回る 32 ± 2 分の公転周期の短縮に成功したと同年10月11日に公表した[3][24]

衝突後の探査

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DARTには、イタリア宇宙機関 (ASI) が提供した6Uキューブサット LICIACube英語版 が搭載されており、DARTの衝突を外から観測するために衝突の15日前にDARTから分離された[19][25]。LICIACubeに搭載された2つの光学カメラ[26]、およびハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、および小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) を含むいくつかの地上からの観測から、DARTの衝突時に発生した埃っぽい噴出物によるフィラメント上のプルームの発生が検出された[27][28][29][30]。ハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が同一の天体を同時に観測するのはこれが初めてのことである[31]。地球に送信されたいくつかの画像からは、ディモルフォスから流れる衝突時の破片の光線が示されている[32][33]。ハッブル宇宙望遠鏡での観測からは衝突後の増光は3回観測され、衝突から8時間が経過した後でも安定的に発光していた[31]。ハッブル宇宙望遠鏡やジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、探査機ルーシー、そして地上の望遠鏡を用いた天文学者らの観測で、DARTの衝突時に噴出されたプルームが三日月状に拡散するにつれて著しく増光するディディモス系の観測も行われている[34]

欧州宇宙機関は、DARTの衝突によりディモルフォスに形成された衝突クレーターとディモルフォスのディディモスの周囲における新たな軌道について研究するために、2024年に探査機Heraをディモルフォスへ向けて打ち上げる予定である[23][35][36]

脚注

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注釈

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  1. ^ DARTの衝突による公転周期の変化により、他の軌道要素についての再評価が求められている[3]

出典

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  1. ^ a b c d e Wm. Robert Johnston. “(65803) Didymos”. www.johnstonsarchive.net. 2022年10月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i Scheirich, P.; Pravec, P. (2022). “Preimpact Mutual Orbit of the DART Target Binary Asteroid (65803) Didymos Derived from Observations of Mutual Events in 2003–2021” (PDF). The Planetary Science Journal 3 (7): 12. Bibcode2022PSJ.....3..163S. doi:10.3847/PSJ/ac7233. 163. https://iopscience.iop.org/article/10.3847/PSJ/ac7233/pdf. 
  3. ^ a b c Dunbar, Brian (2022年10月11日). “NASA Confirms DART Mission Impact Changed Asteroid's Motion in Space”. NASA. 2022年11月13日閲覧。
  4. ^ a b Naidu, Shantanu P.; Chesley, Steven R.; Farnocchia, Davide; Moskovitz, Nick (2022). “Anticipating the DART impact: Orbit estimation of Dimorphos using a simplified model”. The Planetary Science Journal 3 (10): 8. arXiv:2210.05101. Bibcode2022PSJ.....3..234N. doi:10.3847/PSJ/ac91c0. 234. 
  5. ^ a b c d Nakano, Ryota; Hirabayashi, Masatoshi; Agrusa, Harrison F. et al. (2022). “NASA's Double Asteroid Redirection Test (DART): Mutual Orbital Period Change Due to Reshaping in the Near-Earth Binary Asteroid System (65803) Didymos”. The Planetary Science Journal 3 (7): 148. Bibcode2022PSJ.....3..148N. doi:10.3847/PSJ/ac7566. ISSN 2632-3338. https://iopscience.iop.org/article/10.3847/PSJ/ac7566. 
  6. ^ a b 目標天体 | 二重小惑星、ディディモスとディモルフォス”. hera.isas.jaxa.jp. 宇宙科学研究所. 宇宙航空研究開発機構 (2022年). 2022年10月10日閲覧。
  7. ^ NASA、小惑星の軌道変える宇宙船打ち上げへ 衝突から地球守る実験”. AFPBB News (2021年11月5日). 2022年10月10日閲覧。
  8. ^ Temming, Maria (2020年6月29日). “An asteroid's moon got a name so NASA can bump it off its course”. Science News. 2022年10月10日閲覧。
  9. ^ MPEC 2020-M83”. Minor Planet Electronic Circular (MPEC). Minor Planet Center (2020年6月23日). 2022年10月10日閲覧。
  10. ^ δίμορφος. Liddell, Henry George; Scott, Robert; A Greek–English Lexicon at the Perseus Project
  11. ^ a b "IAU approves name of target of first NASA and ESA planetary defence missions". iau.org (Press release). International Astronomical Union. 23 June 2020. 2022年10月10日閲覧
  12. ^ ディディムーンとは - コトバンク”. コトバンク. 2022年10月10日閲覧。
  13. ^ Target: Didymoon”. esa.int. European Space Agency (2015年3月31日). 2022年10月10日閲覧。
  14. ^ Scheirich, P.; Pravec, P.; Jacobson, S. A. et al. (2015). “The binary near-Earth asteroid (175706) 1996 FG3 – an observational constraint on its orbital evolution”. Icarus 245: 56–63. arXiv:1406.4677. Bibcode2015Icar..245...56S. doi:10.1016/j.icarus.2014.09.023. 
  15. ^ Tariq Malik (2022年9月26日). “NASA crashes DART spacecraft into asteroid in world's 1st planetary defense test”. Space.com. 2022年10月10日閲覧。
  16. ^ Savitsky, Zack (2022年9月27日). “'Holy $@*%!' Science captures behind-the-scenes reactions to asteroid-smashing mission”. Science. 2022年10月10日閲覧。
  17. ^ Pravec, P.; Benner, L. A. M.; Nolan, M. C.; et al. (2003年). (65803) 1996 GT (Report). IAU Circular. Vol. 8244. International Astronomical Union / Central Bureau for Astronomical Telegrams. p. 2. Bibcode:2003IAUC.8244....2P
  18. ^ Naidu, S. P.; Benner, L. A. M.; Brozovic, M. et al. (2020). “Radar observations and a physical model of binary near-Earth asteroid 65803 Didymos, target of the DART mission”. Icarus 348: 113777. Bibcode2020Icar..34813777N. doi:10.1016/j.icarus.2020.113777. 134777. 
  19. ^ a b Greshko, Michael (2021年11月23日). “This NASA spacecraft will smash into an asteroid – to practice saving Earth”. National Geographic. 2022年10月10日閲覧。
  20. ^ a b Potter, Sean (23 November 2021). "NASA, SpaceX Launch DART: First test mission to defend planet Earth" (Press release). NASA. 2022年10月10日閲覧
  21. ^ a b Rincon, Paul (2021年11月24日). “NASA DART asteroid spacecraft: Mission to smash into Dimorphos space rock launches”. BBC News. https://www.bbc.com/news/science-environment-59327293 2022年10月10日閲覧。 
  22. ^ Bardan, Roxana (27 September 2022). "NASA's DART Mission Hits Asteroid in First-Ever Planetary Defense Test" (Press release). NASA. 2022年10月9日閲覧
  23. ^ a b Crane, Leah (2021年11月23日). “NASA's DART mission will try to deflect an asteroid by flying into it”. New Scientist. 2022年10月10日閲覧。
  24. ^ Meghan Bartels (2022年10月12日). “NASA's DART impact changed asteroid's orbit forever in planetary defense test”. Space.com. 2022年11月13日閲覧。
  25. ^ "DART's small satellite companion tests camera prior to Dimorphos impact" (Press release). NASA. 25 September 2022. 2022年10月10日閲覧
  26. ^ LICIACube Twitter feed
  27. ^ Witze, Alexandra (2022). “Fresh images reveal fireworks when NASA spacecraft plowed into asteroid”. Nature. doi:10.1038/d41586-022-03067-y. PMID 36167993. https://www.nature.com/articles/d41586-022-03067-y. 
  28. ^ Paoletta, Rae (2022年9月26日). “See DART's final images before it smashed into an asteroid”. The Planetary Society. 2022年10月10日閲覧。
  29. ^ ATLAS twitter feed
  30. ^ George Dvorsky (2022年9月27日). “Ground Telescopes Capture Jaw-Dropping Views of DART Asteroid Impact”. Gizmodo. 2022年10月9日閲覧。 “Telescopes around the world honed in on the historic collision, revealing a surprisingly large and bright impact plume.”
  31. ^ a b Gamer, Rob (29 September 2022). "Webb, Hubble Capture Detailed Views of DART Impact" (Press release). NASA. 2022年10月10日閲覧
  32. ^ George Dvorsky (2022年9月27日). “First Asteroid Impact Images from DART’s Companion Show Tentacle-Like Debris Plume”. Gizmodo. 2022年10月10日閲覧。
  33. ^ LICIACube Impact Images”. NASA. 2022年10月10日閲覧。
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  35. ^ Witze, Alexandra (2021). “NASA spacecraft will slam into asteroid in first planetary-defence test”. Nature 600 (7887): 17–18. Bibcode2021Natur.600...17W. doi:10.1038/d41586-021-03471-w. PMID 34799719. https://www.nature.com/articles/d41586-021-03471-w. 
  36. ^ Michel, Patrick; Küppers, Michael; Bagatin, Adriano Campo et al. (2022). “The ESA Hera Mission: Detailed Characterization of the DART Impact Outcome and of the Binary Asteroid (65803) Didymos”. The Planetary Science Journal 3 (7): 160. doi:10.3847/psj/ac6f52. ISSN 2632-3338. https://iopscience.iop.org/article/10.3847/PSJ/ac6f52. 

外部リンク

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