1904年の相撲
本場所など
編集その他相撲披露
編集この年は1月、5月ともに、場所後東京・大阪両相撲の力士が合同で巡業を行った[5]。
誕生
編集- 1月1日 - 土州山好一郎(最高位:前頭4枚目、所属:二子山部屋→中立部屋→二子山部屋、+ 1977年【昭和52年】)[6]
- 1月4日 - 鷹城山多作(最高位:前頭5枚目、所属:振分部屋、+ 1962年【昭和37年】)[7]
- 1月13日 - 愛ノ花初義(最高位:十両2枚目、所属:押尾川部屋、+ 1944年【昭和19年】)
- 2月9日 - 新海幸藏(最高位:関脇、所属:入間川部屋→出羽海部屋、+ 1976年【昭和51年】)[8]
- 3月30日 - 上宮山勇市(最高位:十両11枚目、所属:井筒部屋、+ 没年不明)
- 4月26日 - 生汐左衛門(最高位:十両6枚目、所属:陸奥部屋、+ 没年不明)
- 6月26日 - 羽後響助枩(最高位:十両筆頭、所属:出羽海部屋、+ 没年不明)
- 8月27日 - 石山源治郎(最高位:十両6枚目、所属:春日野部屋、+ 没年不明)
- 10月3日 - 古賀ノ浦茂(最高位:前頭筆頭、所属:宮城野部屋、+ 1971年【昭和46年】)[9]
死去
編集脚注
編集注釈
編集出典
編集参考文献
編集- 酒井忠正『日本相撲史 中巻』ベースボール・マガジン社、1964年6月1日。