魚つき林
魚つき林(うおつきりん)は、魚介類の生息や生育に好影響をもたらす森林を指す言葉[1]。狭義には、森林法に基づいて指定された保安林を指す[1][2]。河川上流部の森林を魚つき林と呼称する場合もある[1][3]。
概要
編集古くは、海面に森林の影が映ることなどによって魚が集まる効果(魚つき)に着目し、海岸斜面に存在する森林を魚つき林と呼称した[1][4]。魚つき林に関する記述は、天暦年間の文献の記述が初見とされる[5]。江戸時代には、海岸近くの森林や山を「魚付林」「網付林」「網代山」などと呼び、藩によっては禁伐とした[1][3][4]。1897年、森林法が制定されると、これらの魚つき林を保安林の一つとして指定し、保全することとなった[1][3][4]。魚つき保安林面積は、1999年時点で29,000haだったが、魚つき林造成のための植林事業が推進されことで、2008年時点で58,000haに及ぶ[6]。
魚つき林の機能としては、(1)土砂の流出を防止して河川水の汚濁化を防ぐ、(2)清澄な淡水を供給する、(3)河川や海洋の生物に栄養やエサを提供するなどの機能があると考えられている[1][3]。ほかに、海面に影を落として直射日光を妨げ、魚介類の生育環境を安定させる効果や魚介類の繁殖を助ける効果、回遊魚を誘致して滞留させる効果が指摘されている[4]。明治時代から1980年代までは、有効な科学的研究が少なかったが[6]、それ以降の研究で、水辺林では魚類のエサとなる昆虫や魚類の住処を提供すること、海岸林では落ち葉が生態系に重要な役割を示すことや花粉の成分が魚類の健康に貢献することが明らかとなった[6]。
魚つき林を日本の伝統知として評価する研究者もいる[7]。
具体例
編集北海道では、襟裳砂漠と呼ばれるほどの海枯れ現象が見られたが、1953年からの緑化事業により海岸林が再生し、水産物の水揚げ量と品質が改善した[3]。1988年から、北海道漁協婦人部によって「お魚殖やす植樹活動」が行われており、全道で15ヶ所が「北の魚つきの森」と認定された[3]。真鶴半島では、江戸時代から魚つき林の保全が行われている[8]。
一方で、魚つき林が問題となる場合もある。1749年(寛延2年)、広島藩の金輪島では、精蝋を目的として大規模なハゼノキ、ウルシノキの植樹が地元商人の手により始まった[9]。しかし、樹木が繁茂するようになると、地域の漁民側から紅葉が海に映ることが魚族の襲来を妨げるとして藩側へ強い抗議が行われ、1770年(明和7年)までに商人側が伐採を余儀なくされた[9]。
法律上の位置づけ
編集魚つき保安林は森林法第8条に基づき指定される保安林の一つである[10]。2020年時点で、約60万haが指定されている[11]。保安林(水源かん養保安林、土砂流出防備保安林及び土砂崩壊防備保安林)及び国有林の保安林は農林水産大臣、その他の民有保安林は都道府県知事が監督する[10]。現在指定されている魚つき保安林の多くは、第二次世界大戦以前に沿岸漁業の振興を期待して指定されたものであり、海岸線付近に集中していることが特徴である[要出典]。近年、注目を浴びている河川上流部の森林(河畔林)が魚つき保安林に指定される例は、ごく少数にとどまっている[要出典]。
脚注
編集- ^ a b c d e f g “環境用語集:「魚つき林」|EICネット”. www.eic.or.jp. 一般財団法人環境イノベーション情報機構. 2021年12月16日閲覧。
- ^ “保安林制度:林野庁”. www.rinya.maff.go.jp. 2021年12月16日閲覧。
- ^ a b c d e f “「北の魚つきの森」 - 水産林務部森林環境局森林活用課”. www.pref.hokkaido.lg.jp. 2021年12月16日閲覧。
- ^ a b c d “海と森 森が育む豊かな海~森、川、海をつなぐ漁民の森づくり運動~ | 海洋政策研究所-OceanNewsletter”. 笹川平和財団 - THE SASAKAWA PEACE FOUNDATION. 2021年12月16日閲覧。
- ^ a b 若菜博「里海と魚つき林」『日本水産學會誌』第79巻第6号、日本水産学会、2013年11月、1034-1036頁、doi:10.2331/suisan.79.1034、ISSN 00215392、NAID 10031196767。
- ^ a b c 吉武孝『魚つき保安林の研究史と現状』一般社団法人 日本治山治水協会、2012年。doi:10.20820/suirikagaku.56.3_62 。2021年12月16日閲覧。
- ^ “日本の伝統と科学を対等に―農漁村の営みから見えたもの― あん・まくどなるどさん”. Science Portal - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」. 2021年12月16日閲覧。
- ^ “真鶴半島 魚つき保安林「お林」|真鶴町”. www.town.manazuru.kanagawa.jp. 2021年12月16日閲覧。
- ^ a b 「第三章 城下町と近郊農村の産業」『広島市史 第三巻 社会経済編』pp.224 昭和34年8月15日 広島市役所
- ^ a b “保安林制度:林野庁”. www.rinya.maff.go.jp. 2021年12月16日閲覧。
- ^ 保安林の種類別面積(延べ面積),林野庁
参考文献
編集- 柳沼武彦 『森は全て魚つき林』 ISBN 4894740079
- 小林達治 「根の活力と根圏微生物 (自然と科学技術シリーズ)」1986/2/25 ISBN 454085075X